第2話

 家についてすぐ、佑月たちは真面目に課題の消化を始めた。

 苦手な分野を教え合いながら課題を進めていく。


「佑月ちゃんのおかげで世界史のは終わったから~、あ、分かんないところあったら何でも聞いてね!」


 意外なことに、一番に課題を進めていっていたのは由夏だった。佑月は自分の課題を進めつつも、壮太に教えながらなので少し進みが遅い。ただそれだけで、苦手科目以外は教えている時間を考慮すれば由夏と進行速度は大差ない。


「だからここはね――」


 隣に座って、肩と肩を近づけ教える。

 男子は苦手だが、彼に限っては何度か話しているのであまり嫌悪感はない。


「あー、あんときの授業のか。わかり辛かったんだよなー、あの先生の話」

「わかるよ。だから予習するようにしてる」

「元気あんのか?」

「最近は比較的ね」

「そういえば、最近佑月ちゃん授業中寝なくなってきたね」

「高校に通い出して割と体力がついてきたからかな」

「その調子で体育の授業も出られるようになったらいいねー」

「うん。久々にテニスとかやりたいな」

「元気になったらサッカー部のマネージャーになってくれてもいいんだぞ?」

「アレは大変そうだから嫌かなー。付き合ってるってだけで大変なのに」

「あはは、まあそりゃそうだな」


 佑月もそうだが、壮太もあの姫様と付き合っているのが羨ましいと、男子からたまにイジられるらしい。


「なんたって、王子様と姫様だもんねぇ」

「その呼び方やめて」「その呼び方やめてくれ」

「息ぴったり~」

「そんな恥ずかしいあだな速攻でやめさすわ」


 佑月もその言葉に頷く。日朝や御伽噺に憧れる年頃ならともかく、高校生にもなって姫様は恥ずかしすぎる。


「昔から人を揶揄うのが好きだよな、不良王子」

「なに、あたしそんな呼ばれ方してたの?」

「ちっ、そもそも知らなかったか」

「だって由夏ちゃん、あんまり教室にいないし、人とも関わらないし」

「そうだねー。基本屋上にいるし、あたし自身の噂とか全然知らないや。にしても王子かー」

「お前、女子にばっか優しくするからだろ」

「そうなの?」

「ああ。こいつ中学ん時から基本一人の癖に女子が困ってたら颯爽と助ける王子様だったんだよ。地味に喧嘩も強いからな、高校でも何回かやらかして、無事不良王子だ」

「みんな、変なあだな付けられて嫌だねぇ」


 教えつつ自分の課題を一つ終わらせた佑月は、ぐっと背を伸ばし、そのまま机に突っ伏す。


「血が下がった……」

「大丈夫か佑月? あっちのソファー行くか?」

「いや、ちょっと休んだら再開する。明日提出のやつまだだし」

「あんま無理すんなよ」


 こういうところは、優しいのだ。


(あんまり無防備にはなれないなぁ)


 直感がそう告げて、これ以上気を許せない。


「――よし、再開しよ」

「佑月、教えるの交代するよ」

「お願い。わたしも明日提出の分やりたいし」


 由夏と席を交代し、佑月は一人で課題を進める。たまにペンを顎に当てて考えつつも、佑月はスラスラと問題を解いていく。ちらりと壮太の進捗を見てみると、進んでいるようだがあまり集中できていない様子だった。たまに視線が合う。佑月を気にして、なかなか進まないのだろう。


「ほーら、佑月の事見てないでプリントを見る!」

「バレてたか」

「わかりやすすぎるから」


 向こうは本気で好きでいてくれているんだろうと、お試しとはいえ付き合っているのに未だ少し警戒している自分の胸が少し痛くなった。



 課題を終え、夕飯を食べ終えた頃には外も暗くなっていた。


「じゃ、洗い物はやっとくから。佑月、帰り気を付けろよ。まあ、柏木がいるんなら大丈夫だと思うけど」

「うん、ありがとう。じゃあね、お邪魔しました」

「お邪魔しました~」

「次は邪魔すんなよ!」


 そんな切実な声は聞かなかった事にして、佑月は由夏と共に家を出る。


「佑月、家どっち? 送るよ」

「ありがとう。家はあっちの方」

「へぇ、方向同じだ、じゃあちょうどいいや。ところでさ、壮太のことどう思う?」

「うーん、色々気にかけてくれて優しいけど、なんか油断ならない気がする」

「あはは、まあ合ってるね。でも別れようとは思わないんだ」

「正直、付き合う理由も別れる理由もないから現状維持でいいかなーって」

「不健全な関係だなー。ガチ不健全にならない様にね?」

「というと?」

「セフレとか」

「なっ、ならないし!」


 佑月は顔を真っ赤にして返す。手を繋ぐと考えただけでもまだドキドキするのに、そんな何歩も先まで進めるわけがない。しかし、想像できる程度の知識はあるので、羞恥心が溢れ出した。壮太と――想像出来てしまう。きっと、向こうから誘ってくるんだろう。そして断り切れずに流れで――なんて考えれば考えるほど顔が熱くなる。


「むっつりさんだねぇ。冗談だよ」

「変な冗談、やめてよ……」


 それから佑月は何も話すことなく、住んでいるマンションに着いた。


「あれ、ここ……」

「ん、知ってる?」

「知ってるも何も、あたしもここ住んでるから」

「そうなの⁉ 何階?」

「504」

「真下じゃん!」

「そうなんだ! 初めて知ったー。もし元気があればでいいんだけど、家で遊んでいかない? 課題も終わったことだしさ」

「うん、いいよ。今日は大丈夫」

「じゃ、そういう事で。色々あるけど、なんかやりたいこととかある?」

「んー、わたしは普段一人だと大体ゲームとかしてるけど……由夏ちゃんもやるの?」

「今は離れてるけどお兄ちゃんいるし、割とするよ」

「じゃあ、一緒にやろ!」

「お、ノリノリだねぇ」

「……友達と一緒に遊ぶの、夢だったから」

「いなかったの?」

「まあ、いなかったかな」

「こんな可愛いのに~」


 由夏は意外そうな顔をしながらも、佑月を抱きしめる。


「むあっ、なになに」

「お友達になれてうれしいよ~。これからいっぱい遊ぼうね!」

「……恥ずかしいから離れて。後なんかタバコ臭い」

「おっと、バレたか。秘密にしてね?」

「言わないけど、健康には気を付けてね」

「ま、一日に何本も何本も吸うわけじゃないから」

「だとしてもだよ」


 高校に入って初めてできた女子の友達、それが喫煙者だという秘密を知ってしまったが、わざわざそれを口外する理由もないので、内に秘めておくことにした。

 抱きしめられたついでと言わんばかりに手を繋いで家に入ると、案の定そこはタバコ臭かった。しかも、覚えのある匂いだ。

「セッター?」

「よくわかるね」

「お姉ちゃんが吸ってるから……。臭いけど、嫌いな匂いじゃないよ」


 昔から面倒を見てくれている従姉と同じ香りがするというだけで、妙な安心感がある。

 家に上がると、そこは不良の住んでいる部屋とは思えないほどお洒落で可愛らしい部屋だった。しっかりと考えられた配置に同系統の色で統一された家具。そこそこ値が張るであろうテレビに、その下にはゲーム機やコントローラー、果てにはアーケードコントローラーまで置いてある。

 そして、やはりタバコ臭い。だが、それが落ち着く。


「佑月ってどんなゲームするの?」

「んー、色々触ってるよ。専らFPSだけど、格ゲーもやったことあるし、レース系とかも」

「割とゲーマーなんだね、意外かも」

「一人でいることが多かったから、自然とね。そういう由夏ちゃんも、色々あるね」

「お兄ちゃんが家に様子見に来るたびに新作持ってくるからねー」

「じゃあ、格ゲーしようよ。アケコン見たら久々にやりたくなっちゃった」

「いいよー。何種類かあるけど」

「コンボが簡単な奴でお願い」

「なら、あれかなー」


 由夏はゲーム機のディスクを入れ替え、ゲームを起動する。ついでに二人分のアケコンを用意して、佑月の隣に座った。佑月もやったことのあるゲームだったので、操作は分かるしすぐ対戦画面に移り、キャラも迷うことなく決まった。


『ラウンドワン、開始!』


 その合図とともに、二人とも様子見でガードをする。


「おぉ、慣れてるね」

「ランクマッチやってたからね。そういう由夏ちゃんも――よく今の反応出来たね」

「お兄ちゃんに教え込まれたからねー」

「……タバコも、お兄ちゃんの影響なの?」

「まあ、そうだね。勝手に盗んで吸い始めて、バレたけど案外乗り気で買ってくれるから」

「悪いお兄ちゃんだ――あ、そのコンボ痛いけど、それに繋げたら奥義挟めちゃうんだよね」

「んなー! 嫌でもHP的にはこっちが有利!」

「一回攻めたらこっちのものだよ!」


 そうして何試合か白熱した試合を繰り広げ、話ながらゲームに神経を使いながらで、九時半を回った頃には佑月は疲れ果てていた。

 コントローラーから手を離し、由夏の肩に頭を預ける。すると自然に「ふあぁ~」とあくびが出た。匂いのせいだろうか、由夏の隣にいると安心感があって、無防備になってしまう。

 あくびをしてそのままうとうとし始めると、由夏は少し横にずれて、佑月の頭を膝に乗せた。


「帰る前に、ちょっと休みな」

「そうする……」


 疲れに加えて今日は学校でも寝なかったせいか、佑月はそのまま、ぐっすりと眠ってしまった。

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