図書室の眠り姫が不良に落とされるまで
超越さくまる
後悔
第1話
「おーひーめーさーまー」
県内でもそれなりの進学校である星森高等学校、図書室にいつもいる通称眠り姫、宮野佑月が今日もうとうとしながら本を読んでいると、珍しく絡んでくる生徒がいた。
校内ではでは珍しい――というかほぼいない、校則を無視したアッシュグレーに染めたゆるふわウェーブの髪にピアス、スクールメイクもばっちりで、不穏な噂がある不良と名高い柏木柏木由夏だ。
由夏は授業をサボりがちで実は裏でタバコを吸っている、なんて噂もあるような生徒だがなぜだか成績はトップクラスで、あの素行でなければ、なんて言われる美少女だ。しかし人と親しくしている姿は見られないのだが、なぜだか佑月に絡んできた。
「なに……?」
「今日も彼氏待ち?」
「うん……」
うとうとしながら、そう答える。
佑月には最近、彼氏ができたのだ。名前は今川壮太。別に特別仲のいい男子だったわけではない。ただ、あまりの押しの強さに負けて、まずは一ヶ月おためしで付き合うことになったのだ。
彼は同じクラスのイケメン、一軍に位置する男子で、周りからは王子と姫が、なんてこれまた恥ずかしい事を言われている。
付き合って二週間、ようやく壮太に対して少しの好意を抱き始めて、最近はこうして部活が終わるのを待っているのだ。別に部活を見に行ってもいいのだが、彼氏はサッカー部。夏のサッカー部は見学するだけでも体の弱い佑月には体力的にキツい。故にここで待っている。
「それで、えっと、柏木さん。何か用?」
「由夏でいいよ。いやー、あたしも暇でさ。よかったら付き合ってくれない?」
「部活終わるまでならいいよ。今日は家に行く約束してるから」
「へぇ、家に。二人きり?」
「うん。課題がいっぱい出たから一緒にやろうって」
「課題ねぇ……」
何か含みのある言い方をされ、佑月は彼女の考えていることを察する。
課題なんて言い訳、とでも言いたいのだろう。実際、経験はある。その言い訳の先は逃げたので知らないが。
「でー、覚悟は決まってる感じ?」
「な、なんでそんな事聞くの……?」
「だって、人の、ましてやクラスメイトの恋バナなんて気になるじゃん?」
「なら警戒しなよー。あいつの噂も大概だからね」
「噂?」
「中学一緒だったんだけど、まあ女好きって言うか女体好きって言うか、そんな感じでね」
「そうなんだ……。壮太くん、そういう感じなんだね。まあ確かに、たまに視線がいやらしいけど、男の子ってそういうものじゃないの?」
「まあそういうものって言えばそうだけど……今カノに言うのもなんだけど、あたしも一時期付き合っててね~。すぐ別れたけど」
「そうなんだ。どうだった?」
まだほんのり好意が湧いてきた程度の佑月は、実は由夏が元カノだった、と聞いてもこれといって嫉妬心は沸かなかった。むしろ、どういう人なのかに興味が湧く。
「まあめんどくさかったね。今はなんか学んでるみたいだけど、ことごとく誘ってきてさ」
「そうなんだ。確かにめんどくさそう。でも、今はそんなことないよ。むしろ、わたしの体調とか結構気を使ってくれるし……」
佑月は眠り姫なんて呼ばれるだけあって、男子からは敬遠されているところがある。なので、そういうのを無しに接してくれる壮太は他の男子と比べ必然的に好感度が上がっていたのだ。
「まあその辺はいいやつだからね、あいつ。ま、それは置いといてさ、あたしも課題手伝ってよ。世界史マジ苦手でさー」
「いいよ。じゃあ、代わりに数学教えて?」
「任せて。数学は得意分野だから」
佑月は本を閉じて、課題のプリントを取り出す。どれも提出期限が近いのだが、佑月は家に居るときは基本ベッドに居るので、ほとんど手を付けていない。
「わ、壊滅的だ……」
「やればわかるんだけどね、元気がなくて……」
「じゃ、今のうちに勧めちゃお。苦手なところだけでもね」
そうして、佑月と由夏は壮太の部活が終わるまで、課題をして待った。
課題を始めて二時間ほど、ようやく部活が終わり、壮太が図書室まで迎えに来てくれた。
「佑月、終わったぞ~」
壮太が図書室に入ると、女子がざわつく。それだけ壮太も人気なのだ。
「よっ。って、なんで柏木もいるんだよ」
「隣の席のよしみで課題やってたの。佑月ったらなーんにも進んでないんだから」
「仕方ないだろ、佑月にも色々あるんだし」
まあ、色々――主に体力やメンタル的に色々あるとは言ってもやろうと思えば出来るのだが。そこは、ただの怠惰だ。
「んでお前、ついてくるとか言わないよな?」
「そのつもりだけど」
「はぁぁぁぁぁ……」
「わたし的には構わないけど、壮太くんは嫌?」
別に彼氏と二人きりで居たい、なんて願望はまだないし、むしろ苦手な数学を教えてくれるので、いてくれた方がありがたい。壮太も数学は苦手分野らしいので、由夏がいるとちょうどいいのだ。
「まぁ、佑月が言うなら……」
「よろし。あんた前科持ちなんだから、当分は二人きりになれると思わない事ね~」
「だってさ、壮太くん」
「はぁ、まあ仕方ないか。ゆーても、まだ二週間だしな」
二週間、デートは一度した。手は繋いでいないが、それなりに楽しかった。だが、それだけだ。
「んじゃ、家行くか。今日親いないし夕飯食べてくか?」
「そうする。わたしも今日はお姉ちゃんいないから……」
「ほっほ~う、それならあたしが作ってあげよう」
「お前な……まあいいわ。お前一人暮らしで料理得意って言ってたもんな」
壮太は呆れながらも、もう仕方ないと割り切っているのか由夏を受け入れた。
結果その日は三人で家に帰ることになった。壮太の家は学校終わりの集合場所にはちょうどいい、徒歩五分程の場所にある。佑月も由夏も徒歩圏内だが、二人の家はまだ少し離れているので、あまり集まることはない。
「悪いな佑月」
「ううん、わたしは賑やかなのも嫌いじゃないから」
「ありがとね~、佑月」
嬉しそうに由夏は佑月の頭を撫でる。優しくなでるその姉のような姿に、壮太は一瞬ちらりと嫉妬心を含んだような視線を向けた。
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