第11話 ドラゴンクロー
「あれ、シオンちゃん?」
「
ふと窓の方に視線をやると
念話終了後急いで追いかけてきたらしい。
「なぁ、ゴスロリの可愛い女の子見なかったか?」
「いいえ。
「違うって! 少し話したじゃねーか。浮遊霊の子の心残り解消に付き合ってたんだ」
糾弾の眼で威圧された
これまでの経緯を話していると、少し離れた教室から男の叫び声が木霊した。
会話を中断して急いで現場へと駆け付ける。一人の男性が複数の怨霊に囲まれているようだ。
「ふー、助かったぜ、流石にあの数相手じゃソロはきつかったし」
襲われていた男はツーブロックヘアで複数のピアスをつけた容姿に黒い革のジャンパーを纏った現代版不良とでも呼称すべき恰好だった。普通の人間や浮遊霊ではないようで彼の手にはソウルブレイカーが握られていた。ただ農耕道具の草刈り鎌程度の小ささだった。
「相変わらず小さいソウルブレイカーと同じくらい小心者ですね、
「知り合いか?」
「ええ。この【泡沫】担当の死神、
初対面の男の横に見知った顔があったので
「なぁんだ
「違・い・ま・す。新しい後輩ですよ」
乱雑な扱いから
「ソウルブレイカーの刃が三枚!? アンタ、まさか【逆見ヶ原】のドラゴンクローか!?」
「ドラゴンクロー?
「俺じゃねー! 初耳だよ!」
知らない内に広がっていた異名に揃って首を傾げる死神達。二人が本当に認識していないと悟った
「【逆見ヶ原】で悪霊や怨霊を討滅する凄腕のルーキーが現れたって浮遊霊たちが噂してたんスよ。頗る強くてその死神がソウルブレイカーを振るった後には龍の爪痕が残るって」
誰が流したか知らないが凄腕とか強いと言われて悪い気はしない。
「ドラゴンクローを語りだした人も気になりますが、今は他に優先事項があります。この学校に湧いた怨霊達。そしてこの悍ましい気配。もしや『スクールアベンジャーズ』が復活したのですか?」
「やっぱわかりますか、姉さん」
「『スクールアベンジャーズ』ってなんだ?」
「かつて
「
「此処に来る前、彼が浄化したはずの怨霊と交戦しました。考えたくはないですが……『スクールアベンジャーズ』の復活にも
「本気で言ってんのか姉サン!? アニキが人の道に外れたことをするはずがねぇだろ! アンタが一番よく分かってるはずだ!」
「分かってますよ!
――遡ること数年前。
「私が死神になった当初は仕事を覚えるのに時間がかかっていましたが……
「先輩の教え方が上手いんですよー」
類稀なる才能を有していながら驕り偉ぶることもなく、謙遜する態度も好感触だった。そして何より仕事熱心だった。死神の中には才能を必要分得られるだけの最低限度の仕事をこなしたら早々に転生の道を選ぶ者も多い。命懸けで怨霊と闘うよりも適当にノルマをこなして成功が約束された人生をやり直したいというのは人として当然の損得勘定だろう。
だが
今日も仕事終わりの帰り道で泣き喚く少女の霊を見逃さなかった。「わーん!」と号泣する女の子の霊魂は少し濁っているようにも見える。
「あ、先輩! あそこに彷徨う浮遊霊がいますよー。魂を導いてあげないと!」
「待ってください、
「何言ってるんですか! あの子を放ってはおけない!」
「人道的には貴方が正しいですが、他の管轄で勝手すれば思わぬトラブルを招きますよ」
死神は浮遊霊をどれだけ導いたかをノルマとし、必要人数〈天葬〉をこなせば才能付きで優先的に転生できる。しかし現世に漂う浮遊霊の数は無限にあるわけではないので魂の争奪戦ともいえる同士討ちが起きる可能性があるのだ。
死神ごとに担当地域を振り分けているのも無用な争いを避ける措置であった。その町の幽霊は担当者に任せるのが鉄則だった。
「あの子の魂は穢れてきています! 遠くからでも視認できるくらい濁ってるの分かりますよね!? 他の死神が手を差し伸べるまで待っていたら確実に悪霊化しますよ!」
「それは――」
「何かあった時の責任は僕が取りますから行ってきます! 先輩は手を貸さなくてもいいのでボクがこれからすることを見逃してください!」
制止する前に
「うわぁああん! お母サァアアーン!! ドウシテワタシヲ置イテクノォォオ!!」
近くで視認してはっきり分かったが、少女の魂はかなり悪霊に近づいていた。魂の変質が始まっており、ギリギリで正気を保っている状態だったのだ。
「お嬢ちゃん、泣かないで~。迷子の魂はボク達死神が導いてあげるからね」
「死神怖いぃぃぃ!!」
「あららら」
「大丈夫だから。ボク達はキミを一人にしないよ。お名前教えてくれるかな?」
「……ぐすっ、
「
その間に
「
「死神手帳を見れば親子で死んでることは分かるはずなのに……この町の死神は酷なことをするね。親子を何だと思っている……!」
才能と優先転生権目当ての死神の仕業に違いなかった静かに拳を握って怒りを鎮めた
「優子ちゃん、お母さんに会いたいかな?」
「お母さんに会えるの? うん、今すぐ会いたい!」
「お母さんは一足先に天国に行ってるみたいなんだ。だからキミも天国に行けばきっと会えるよ」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん! 私も天国に行けるかな? 一人でお留守番できない、泣き虫な私でも天国に行けるかな?」
「きっといけるよ。ボク達死神は天国に連れて行くのがお仕事だからね。さぁ目を瞑って」
「……うん!」
シンデレラの魔法でも待っているような純粋な少女の魂を送るべく、
『申請受諾:〈天葬〉ヲ許可』
勿論門前払いされることはなく、少女の魂の通行は許可された。
「ありがとう、バイバイ」
そう告げ天へと還る少女の魂を見送った。「いってらっしゃい」の言葉は彼女には届いたかも分からないが、心が温かくなった二人の死神は自然と笑みが零れていた。
――しかし、それで一件落着とはいかなかった。
「オイオイオ~イ、何勝手なコトしてくれてんだ、あァ!?」
怒声に振り返ると、この町の担当らしきツーブロックヘアの死神がメンチ切っていた。【泡沫】の担当死神・
「【泡沫】は俺の縄張りだぜ! 勝手に侵入して勝手に魂持ってかれたら困るんだよォ! どう落とし前付けてくれるつもりじゃ我ェ!!」
「キミ、〈天葬〉終えた瞬間に因縁つけてきたところから察するにあの子の母親を勝手に成仏させたね? 記憶喪失なのをいいことに娘に会わせることもせず!」
「……そういうことですか。悪霊化しかけてる娘の霊魂をどう対処するか分からず放置して私達のような外の死神が手を出すのを待っていたんですね。責任問題をうやむやにするために!」
「う、うるせぇ! あのガキが悪いんだよ! 死んだ場所から離れてフラフラしやがるから見失ったんだ! 大体死神の仕事は死人を〈天葬〉することだろうが! やりやすい魂を先に成仏させて何が悪い!? 親子はセットで成仏させるなんてルールはねぇんだよ!」
「ルールになくとも最低限の道徳観があれば自然に考えることだろう!?」
自身の得物と比較するとより大きく見えたのだろう。ソウルブレイカーの異質さと彼の放つ霊力の大きさに気圧された
「ソ、ソソソソ、ソウルブレイカーでビビらせようとしても無駄だぜ! 『管轄外に手を出すべからず!』死神のルールを破ったのはお前達の方だぁ!!」
残念ながら彼の指摘は正しかった。倫理規範は犯していても公のルールを破ったのは
「キミの言う通り縄張りに入ったのはボク達の方だ。だから埋め合わせをしよう」
「う、埋め合わせだと!?」
「ああ。ソウルブレイカーも人としても小さいキミのことだ。手を焼いている怨霊の一体や二体、この町にいるだろう? キミが活動しやすいようにボクが消してあげるよ」
「……怨霊を消すだと!? 随分簡単に言ってくれるな。テメェらの【逆見ヶ原】はどうか知れねーが、【
「それほど豪語するからにはかなり強力なんだろうねー。いいよ、命懸けで浄化しよう。仮にボクが敗北することがあっても敵を瀕死にまでは追い込むことを約束する。キミのチンケなソウルブレイカーでもトドメをさせるくらいには弱らせてあげよう」
「けっ、命知らずの大馬鹿野郎が! いいぜ、テメェが無事討伐できたら舎弟にでもなってやるよ! 百回リベンジしても無理だろうがなッ!」
不良死神はそう言って隣町【泡沫】の超危険心霊スポットの道案内をしてくれた。彼の後をついていく
ソウルブレイカー @Murakumo_Ame
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