第11話 ドラゴンクロー


「あれ、シオンちゃん?」


叶夜きょうやさん! ここに居ましたか!」


 ふと窓の方に視線をやると来世らいせがソウルブレイカーに跨って空から降りてきた。

 念話終了後急いで追いかけてきたらしい。


「なぁ、ゴスロリの可愛い女の子見なかったか?」


「いいえ。叶夜きょうやさん、仕事サボって女の子ナンパしてたんですか?」


「違うって! 少し話したじゃねーか。浮遊霊の子の心残り解消に付き合ってたんだ」


 糾弾の眼で威圧された叶夜きょうやは慌てて弁明した。

 これまでの経緯を話していると、少し離れた教室から男の叫び声が木霊した。

 会話を中断して急いで現場へと駆け付ける。一人の男性が複数の怨霊に囲まれているようだ。叶夜きょうや来世らいせは一も二もなくソウルブレイカーで一網打尽にする。元々耐久力がない怨霊だったのか一撃だけで彼らは跡形もなく消し飛んだ。


「ふー、助かったぜ、流石にあの数相手じゃソロはきつかったし」


 襲われていた男はツーブロックヘアで複数のピアスをつけた容姿に黒い革のジャンパーを纏った現代版不良とでも呼称すべき恰好だった。普通の人間や浮遊霊ではないようで彼の手にはソウルブレイカーが握られていた。ただ農耕道具の草刈り鎌程度の小ささだった。


「相変わらず小さいソウルブレイカーと同じくらい小心者ですね、御手洗みたらしさん」


「知り合いか?」


「ええ。この【泡沫】担当の死神、御手洗みたらしりつさんですよ」


 初対面の男の横に見知った顔があったので御手洗みたらしりつは正気に戻ったようだ。腹を擦りながら立ち上がった。


「なぁんだ来世らいせ姉サンか。隣の新顔は姉サンの新しい男ってワケッスね」


「違・い・ま・す。新しい後輩ですよ」


 乱雑な扱いから御手洗みたらし来世らいせの力関係も伺える。しばらく腹を擦っていた彼は叶夜きょうやのソウルブレイカーを一目見て驚愕する。


「ソウルブレイカーの刃が三枚!? アンタ、まさか【逆見ヶ原】のドラゴンクローか!?」


「ドラゴンクロー? 叶夜きょうやさん、いつの間にそんな中二臭い異名を名乗ったんです?」


「俺じゃねー! 初耳だよ!」


 知らない内に広がっていた異名に揃って首を傾げる死神達。二人が本当に認識していないと悟った御手洗みたらしりつは自分が聴いた情報をペラペラ話し始めた。


「【逆見ヶ原】で悪霊や怨霊を討滅する凄腕のルーキーが現れたって浮遊霊たちが噂してたんスよ。頗る強くてその死神がソウルブレイカーを振るった後には龍の爪痕が残るって」


 誰が流したか知らないが凄腕とか強いと言われて悪い気はしない。叶夜きょうやは照れ笑いを隠せなかった。ドラゴンクローと言う異名も自身を畏敬して名付けられたと考えるとすごく格好良く見えてくるのも不思議だ。株を奪われて面白くない来世らいせは強引に話題を反らした。


「ドラゴンクローを語りだした人も気になりますが、今は他に優先事項があります。この学校に湧いた怨霊達。そしてこの悍ましい気配。もしや『スクールアベンジャーズ』が復活したのですか?」


「やっぱわかりますか、姉さん」


「『スクールアベンジャーズ』ってなんだ?」


「かつて優吾ゆうごさんが浄化した怨霊集合体です」


優吾ゆうごって俺の前任者か? なんでソイツが浄化した怨霊が今更出てくるんだよ?」


「此処に来る前、彼が浄化したはずの怨霊と交戦しました。考えたくはないですが……『スクールアベンジャーズ』の復活にも優吾ゆうごさんが関わっている可能性が……」


「本気で言ってんのか姉サン!? アニキが人の道に外れたことをするはずがねぇだろ! アンタが一番よく分かってるはずだ!」


「分かってますよ! 優吾ゆうごさんが素晴らしい人だってことくらい! あの時だって――」


 ――遡ること数年前。

 来世らいせ優吾ゆうごと共に【逆見ヶ原】の死神として職務に尽力していた。彼は死神に勧誘してからたった一日で業務の全てを理解して怨霊さえも単騎撃破してしまったのだ。必然的に教えることはなくなり後輩としてではなく同僚に近い立ち位置で仕事の手伝いをしてもらっていた。


「私が死神になった当初は仕事を覚えるのに時間がかかっていましたが……優吾ゆうごさんは筋が良いですね」


「先輩の教え方が上手いんですよー」


 類稀なる才能を有していながら驕り偉ぶることもなく、謙遜する態度も好感触だった。そして何より仕事熱心だった。死神の中には才能を必要分得られるだけの最低限度の仕事をこなしたら早々に転生の道を選ぶ者も多い。命懸けで怨霊と闘うよりも適当にノルマをこなして成功が約束された人生をやり直したいというのは人として当然の損得勘定だろう。


 だが優吾ゆうごはとにかく真面目に業務をこなしていた。

今日も仕事終わりの帰り道で泣き喚く少女の霊を見逃さなかった。「わーん!」と号泣する女の子の霊魂は少し濁っているようにも見える。


「あ、先輩! あそこに彷徨う浮遊霊がいますよー。魂を導いてあげないと!」


「待ってください、優吾ゆうごさん。あそこは【逆見ヶ原】ではありません。ここは町境、【泡沫】の霊魂は隣町を管轄している死神に任せましょう」


「何言ってるんですか! あの子を放ってはおけない!」


「人道的には貴方が正しいですが、他の管轄で勝手すれば思わぬトラブルを招きますよ」


 死神は浮遊霊をどれだけ導いたかをノルマとし、必要人数〈天葬〉をこなせば才能付きで優先的に転生できる。しかし現世に漂う浮遊霊の数は無限にあるわけではないので魂の争奪戦ともいえる同士討ちが起きる可能性があるのだ。


 死神ごとに担当地域を振り分けているのも無用な争いを避ける措置であった。その町の幽霊は担当者に任せるのが鉄則だった。来世らいせも駆け出しの頃はその青臭さから隣町の霊魂に手を出して先輩に迷惑をかけてしまった経験があったため行動には慎重になっていた。


「あの子の魂は穢れてきています! 遠くからでも視認できるくらい濁ってるの分かりますよね!? 他の死神が手を差し伸べるまで待っていたら確実に悪霊化しますよ!」


「それは――」


「何かあった時の責任は僕が取りますから行ってきます! 先輩は手を貸さなくてもいいのでボクがこれからすることを見逃してください!」


 制止する前に優吾ゆうごは飛び出していってしまった。流石に教育を担当した先輩として来世らいせも無視するわけにはいかず、遅れて隣町に侵入する。


「うわぁああん! お母サァアアーン!! ドウシテワタシヲ置イテクノォォオ!!」


 近くで視認してはっきり分かったが、少女の魂はかなり悪霊に近づいていた。魂の変質が始まっており、ギリギリで正気を保っている状態だったのだ。


「お嬢ちゃん、泣かないで~。迷子の魂はボク達死神が導いてあげるからね」


「死神怖いぃぃぃ!!」


「あららら」


 優吾ゆうごは少女の魂を優しく抱き寄せる。彼女の方も長らく孤独の中にいたためか久々に他人の温もりを思い出したのかもしれない自然と落ち着きを取り戻していく。体から放っていた邪気も一時的に治まっていった。


「大丈夫だから。ボク達はキミを一人にしないよ。お名前教えてくれるかな?」


「……ぐすっ、園崎そのざき……優子ゆうこ


優子ゆうこちゃんか。僕は陽村ひむら優吾ゆうご。一字違いなんて凄い偶然だね!」


 その間に来世らいせ死神手帳デスノートで彼女の死んだ日時と死因やについて確認していた。

 園崎優子そのざきゆうこは交通事故により母親と共に他界していた。そして母親の方は既に〈天葬〉完了となっていた。


優吾ゆうごさん、恐らく母親の霊は事故死のショックで記憶喪失になっていたんだと思います。それでこの世に未練がないのをいいことに手早く〈天葬〉されてしまったのではないかと」


「死神手帳を見れば親子で死んでることは分かるはずなのに……この町の死神は酷なことをするね。親子を何だと思っている……!」


 才能と優先転生権目当ての死神の仕業に違いなかった静かに拳を握って怒りを鎮めた優吾ゆうごは少女の霊に向かい合った。


「優子ちゃん、お母さんに会いたいかな?」


「お母さんに会えるの? うん、今すぐ会いたい!」


「お母さんは一足先に天国に行ってるみたいなんだ。だからキミも天国に行けばきっと会えるよ」


 優子ゆうこはぱっと笑顔を輝かせる。ずっと待ち焦がれていた母親との再会が叶うのだから嬉しくてたまらないらしい。魂の穢れもかなり薄まり、標準レベルに戻りつつある。ただ記憶喪失のまま冥界に送られた母親と再会しても話が合わないかもしれない。少し騙すことにもなってしまうが、このまま現世を彷徨うよりは良いと二人の死神は目配せをする。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん! 私も天国に行けるかな? 一人でお留守番できない、泣き虫な私でも天国に行けるかな?」


「きっといけるよ。ボク達死神は天国に連れて行くのがお仕事だからね。さぁ目を瞑って」


「……うん!」


 シンデレラの魔法でも待っているような純粋な少女の魂を送るべく、来世らいせ達は〈天葬〉の準備に入った。素早く紋様を描きその幼い魂を送る許可を求める。


『申請受諾:〈天葬〉ヲ許可』


 勿論門前払いされることはなく、少女の魂の通行は許可された。


「ありがとう、バイバイ」


 そう告げ天へと還る少女の魂を見送った。「いってらっしゃい」の言葉は彼女には届いたかも分からないが、心が温かくなった二人の死神は自然と笑みが零れていた。

 ――しかし、それで一件落着とはいかなかった。


「オイオイオ~イ、何勝手なコトしてくれてんだ、あァ!?」


 怒声に振り返ると、この町の担当らしきツーブロックヘアの死神がメンチ切っていた。【泡沫】の担当死神・御手洗みたらしりつである。


「【泡沫】は俺の縄張りだぜ! 勝手に侵入して勝手に魂持ってかれたら困るんだよォ! どう落とし前付けてくれるつもりじゃ我ェ!!」


「キミ、〈天葬〉終えた瞬間に因縁つけてきたところから察するにあの子の母親を勝手に成仏させたね? 記憶喪失なのをいいことに娘に会わせることもせず!」


「……そういうことですか。悪霊化しかけてる娘の霊魂をどう対処するか分からず放置して私達のような外の死神が手を出すのを待っていたんですね。責任問題をうやむやにするために!」


「う、うるせぇ! あのガキが悪いんだよ! 死んだ場所から離れてフラフラしやがるから見失ったんだ! 大体死神の仕事は死人を〈天葬〉することだろうが! やりやすい魂を先に成仏させて何が悪い!? 親子はセットで成仏させるなんてルールはねぇんだよ!」


「ルールになくとも最低限の道徳観があれば自然に考えることだろう!?」


 優吾ゆうごは怒りを抑えきれずソウルブレイカーを召喚した。通常よりかなり大きめの大鎌であるが、それよりも目を見張るのは逆手の先端にも逆側を向いた諸刃の刃がついていることである。持ち手の両端に刃があるため、一見するとそれは大鎌というより円状の武器・巨大なチャクラムにも見える代物だった。


 自身の得物と比較するとより大きく見えたのだろう。ソウルブレイカーの異質さと彼の放つ霊力の大きさに気圧された御手洗みたらしりつは完全に戦意を喪失して腰を抜かしてしまう。それでも元来の性格の悪さから反骨心は消えてはいなかった。


「ソ、ソソソソ、ソウルブレイカーでビビらせようとしても無駄だぜ! 『管轄外に手を出すべからず!』死神のルールを破ったのはお前達の方だぁ!!」


 残念ながら彼の指摘は正しかった。倫理規範は犯していても公のルールを破ったのは優吾ゆうご達の方である。仮に第三者が仲介に訪れても厳重な処分を受けるのは優吾ゆうごの方だろう。それを分かっているので優吾ゆうごもソウルブレイカーを仕舞い威圧していた霊力を抑えた。


「キミの言う通り縄張りに入ったのはボク達の方だ。だから埋め合わせをしよう」


「う、埋め合わせだと!?」


「ああ。ソウルブレイカーも人としても小さいキミのことだ。手を焼いている怨霊の一体や二体、この町にいるだろう? キミが活動しやすいようにボクが消してあげるよ」


「……怨霊を消すだと!? 随分簡単に言ってくれるな。テメェらの【逆見ヶ原】はどうか知れねーが、【泡沫ウチ】のは相当質が悪いぞ。先代も先先代も祓えずに放置してるからな。やれるモンならやってみやがれ!!」


「それほど豪語するからにはかなり強力なんだろうねー。いいよ、命懸けで浄化しよう。仮にボクが敗北することがあっても敵を瀕死にまでは追い込むことを約束する。キミのチンケなソウルブレイカーでもトドメをさせるくらいには弱らせてあげよう」


「けっ、命知らずの大馬鹿野郎が! いいぜ、テメェが無事討伐できたら舎弟にでもなってやるよ! 百回リベンジしても無理だろうがなッ!」


不良死神はそう言って隣町【泡沫】の超危険心霊スポットの道案内をしてくれた。彼の後をついていく優吾ゆうごには何の迷いもない。「何かあったら責任をとる」という口約束を義理固く順守しようというのだ。彼を放っておくわけにもいかず来世らいせも後に続いた。


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ソウルブレイカー @Murakumo_Ame

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