日曜日の受難

古間木紺

日曜日の受難

「最悪……」

 キャベツは呟いた。休日の朝、爽やかな目覚めに気を良くして、カーテンを開けるだけでなくベランダに出たのが間違いだった。ベランダに、レタスが生えていた。

「うわ、しっかりレタスじゃん……なんでだよ」

 キャベツはレタスの前にしゃがんで、じっくり観察した。大ぶりで、葉はみずみずしい青。ちょうど採れごろというのは、同族ゆえに嫌でも感じとれる。

 それじゃあ収穫してやろうか。しかし、その後は? 食べる? 売りに出す? 今キャベツは二択を迫られている。

 食べるのはなんだか気が引けた。キャベツはキャベツである。レタスを取り込んだ自分は、真のキャベツでいられるのだろうか。

 キャベツのキャベツ生じんせいはまだ若い。これからのトンカツとのデュエットや、ニンジンやコーンとのマヨネーズトリオなど、やりたいことはまだまだある。今ここで、キャベツらしさを失うわけにはいかないのだ。

 とはいえ、売ってしまうのも気が進まない。レタスにだって彼なりの生きる道があるはずで、それを曲げてしまうのは、倫理的にどうなのだろう。

「あの、すみません、あの」

「うわしゃべった!」

 レタスが左右に揺れている。思わず床に尻をつけてしまう。再びしゃがもうとしても、腰が抜ける。

「あれ、きみは……キャベツ!?」

「そうだよ、お前はレタスだな?」

「あ、すみません、収穫してくれますか? ちょっとちゃんと話さないといけない気がするんですけど」

 キャベツの質問に答えることなく、レタスが要望を伝えてきた。急かすようにぴょこんとレタスが跳ねる。

「ここ、引っ張ればいい?」

「こっちを引っ張る方がいいかもしれません」

 レタスの指示通りに引っこ抜いてみる。喋れるということは、おそらくキャベツと同じタイプなのだろう。頭が野菜で胴体がその下に生えていて、腕と脚がそれぞれ二本一組でついている。ナイフや鎌で収穫しては、怪我の恐れがあった。

「……っ、どう? 抜けそう?」

 そこそこ重労働なので、キャベツは声を絞り出して尋ねる。

「いけそうです。腕出たのであともう少し!」

 せーの!と声を合わせて踏ん張る。そういえばと、知り合いのカブがそうやって生を受けたことを思い出した。うんとこしょ、どっこいしょ。それでもレタスは抜けません。そんなことあってたまるか。怒りを力に変える。

「キャベツさん、これで出れそうです! せーの」

「せーの! ……っと!」

「ありがとうございます!」

 キャベツがもんどりうっているのと同時に、レタスがベランダに立ち上がった。ベランダの汚れや枯れ葉がついたのか、嫌そうに払っている。キャベツも体勢を立て直した。

「もう大丈夫だな」

 最悪の休日の始まりだと思っていたが、いざ一仕事終えると達成感がある。いい休日が始まる気がした。

「あの、お願いがあるんですけど……」

 おずおずとレタスがこちらを窺う。おお、何でも言ってみな。つい気が大きくなる。

「お風呂貸してください。あと、服ください!」

「はあ!?」

 前言撤回。やっぱり最悪の休日だった。

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