愛のコンプライアンス
沙月Q
ある夫婦の会話
「不倫て不思議よね」
静江は朝食後のお茶をいれながら、夫の賢介に言った。
「……なんで?」
「だって悪いことだって言われてるのに、罰する法律がないんだもの」
「そりゃあ……な」
「コンプライアンスの問題がない罪ってことなのね」
賢介はうつむいて湯呑みに口をつける。
「罪には違いないが、法律じゃなく倫理上の問題だからなあ」
「倫理と法律って、整合性が取れないのかしら?」
「それは、君の専門だろう」
「そうねえ……」
静江は立ち上がると、外出の準備をするためキッチンを出ようとした。
「今日も遅くなるのかい?」
「ええ。国会の準備が大詰めだから。適当に外食して来て」
「わかったよ、先生」
あの娘と一緒にね……
静江は心中で付け足した。
西暦2124年。
世界大戦を経て日本の人口は回復不能寸前まで落ち込んだ後、戦後の反動で爆発的に増加。
二億に迫った末、あらゆる手段で人口抑制策がとられた。
ついには出産が政府の許可制になり、妊娠に至るあらゆる機会が取り締まられた。
参院議員である静江の党は、婚姻関係を度外視した妊娠につながる「不倫」に刑事罰を適応できる法案を準備していた。
だが、旗振り役である静江の意図は人口抑制などではなかった。
復讐……
偶然、賢介が親子ほど歳の離れた娘と情事を重ねているのを知り、ふさわしい罰を下すために始めたことだったのだ。
これによって、自分と賢介は間違いなく別れることになるだろう。
だがこの国の歴史で初めて、この罪の上で倫理と法の因果が結びついたのだ。
完
愛のコンプライアンス 沙月Q @Satsuki_Q
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