第二話 旅の話

 円座に座り脇息にゆったりともたれる。

 やっと挨拶の列がなくなり、食事を口にしていた。

 とにかく空腹だったのだ。こんなことなら帰って来てまず食事をするのだった。いくら昨夜は寝ずに動き続けていたとはいえ、寝る前に何か口にするか、せめて起きたらまず食事にするべきだった。

 そんなことを思いながらも上品さを損なわない程度にガッツいていた。

「グレイシー、今回はどこへ行ったの?土産話を聞かせて」

「はい、喜んで。......わたくしはまず、靈山れいざんへ行きました。その後は、中原ちゅうげんで最も栄えている小国へゆき、途中商隊に加えていただけたので中原の国々を巡っておりました」

「あら、靈山に行ったのなら冰寒ビンハンには会ったの?」

「はい。きちんとお母さまのお手紙、お渡しいたしましたよ。お母さま宛の贈り物もお預かりいたしましたので、お返事のお手紙とともに後でお渡しいたしますね」

 ……贈り物の中にあちらの家の紋を思わせるような意匠があったのはどうかと思いましたが。

 あれを思い出すとどうしても冷めた眼をしそうになってしまう。もちろんそのようなものは見せず、嬉しそうに笑うのだが。

「あなたは何か貰ったりしたの?」

「剣を一振りと翡翠の腕飾りをいただきました。基本的な剣技の型もお教えくださったのですよ」

 弾んだ声音で応える。腕飾りは兎も角、剣を頂けたことや剣技を教えていただけたことは素直に嬉しかった。

「旅に出る前、あなたは熱心に剣舞の練習をしていたわね。冰寒ビンハンの剣技はどうだった?」

「......そうですね。筋力頼りの型が多く、わたくしには不向きだと思いました。魔力があれば問題なくどころか大いに役立つのでしょうが、無ければ隙だらけになってしまいます」

「まぁ、そう。......ほかにはどんなことがあったの?」

 「はい、そうですね」と思い出してくすりと微笑う。

従姉兄いとこだとおっしゃる方々にもお会いいたしました」

「......まあ。従姉兄というと、冰寒ビンハンのお兄さまの?なにもされなかった?過激な方々だと聞いたのだけど」

 お母さまは心配そうにおっしゃる。

「いいえ、ご心配なさるようなことはございませんでしたよ」

「あら、そうなの?ならよかったのだけど」

「はい。姉君と弟君のご姉弟なのですが、姉君はとてもお優しかったですし、弟君は面白い方でした」

 わたくしがくすりと微笑うと、お母さまは困惑の表情を浮かべた。

「山の中ごろでお会いしたのですけれど、『貴様人間か。人間がどうやってこの山へ立入った』とわたくしに剣を突きつけておっしゃったのです。どうやって、と問われても靈山あそこに張られている結界は血縁者だけを通すもの。さらに近親者の気配ならばおわかりになるでしょうに。その時のわたくしは、濡羽色の髪をしておりましたのよ」

 また一つくすりと微笑う

 靈山に住む一族の特徴は『濡羽色の髪』と、その特徴的な『神性』の気配にある。しかし、滅多に山を降りることがないからか、他の生物も皆『神性の同じような』気配がするものだと考えている節があった。

「前に教えたようにを引き出していたのね」

「はい。あれは気配だけではなく、姿も変わるものなのですね」

「そうね、とても便利なんだけど引き出しすぎると意識を飛ばしそうになるのが難点なのよねぇ」

 苦笑い気味にいう。

「......それで、突きつけられてあなたはどうしたの?」

 先を促す、期待するような目を向けられ話を続ける。


 石段の敷かれた山道の中腹、濡羽色の髪の上半分を結い上げ、濃い青の衣の袖を風に遊ばせた青年がわたくしに剣を突きつけてきた。

 ……この姿を見てどこが人間だと仰るの?

「どうやって、とおっしゃられましても。この山に張られている結界は術者の血縁者のみを通すものなのでしょう?わたくしも血縁者というだけですよ」

 突然の大層な出迎えについ、不要なことを返してしまう。ただ「冰寒ビンハンというものに会いに来た」とだけいえば良かったのに。

「血族だと?そんなわけないだろう。我が一族の者は皆この山で暮らしている」

 やはり気分を害したようだ。青年の眉間に微かに皺が寄った。

 わたくしは、左の頬に手を添えおっとりと首を傾げていう。

「まあ。誰も山を下りることはないのですか?……そうでなくとも、いきなり剣を向けるというのがあなたがたの歓迎なのですか」

 これが普通の子どもなら、今頃大泣きして手もつけられなくなっていたか、不用意に動いて切り傷の一つでも作り、......どちらにせよ大泣きして手もつけられなくなっていたか。

 青年小さく舌打ちをし剣を納めた。

「来い。父上の所へ連れて行く」

 そういわれ石段をさらに上り山門を潜り、広い庭を通り過ぎそれなりに立派な建物の前で止まった。

「父上、秀瑛シウインです。血族だと名乗るものが来たので連れて参りました」

「血族?......入れ」

「はい。失礼致します。......来い」

 そう小声でいわれ、青年に続いて入る。青年が父と呼んだ男を観察する。歳は青年と同じくらいに見え、ツンとして冷たい印象の青年に対し柔和で落ち着いた印象を受けた。この一族も歳を取らないのかもしれない。

 ……お母さまの仰っていた、冰寒ビンハンと仰る方の弟君でしょうか。見た目は話と一致していますね。

「この娘です」

「ほう。名は?」

 男はわたくしに視線を移し、興味深げに観察するような眼差しを向けてきた。

 ……お母さまが仰っていらした名はなんといったかしら。たしか......

白華パイファ......?」

「『ファ』か?......其方の母の名は、何というんだい」

「......艾琳アイリーンです」

 ……そういえば、お母さまはどこでも同じ音の名を名乗っていましたね。

「父は?」

冰寒ビンハンさまだと聞いています」

「......そうか。秀瑛シウイン、呼んできなさい」

「伯父上をですか?」

「そうだ。少し前に兄上が話していた女性にょしょうの名が、この娘の母と同じだったはずだ」

「はい」

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