シャーロット・アンブローズの幼少期

五十嵐釉麗

序話 遥か古の記憶

 遥かいにしえ、この世に人がうまれるよりもむかし。

 時折黄金に輝くカーネリアンの紅い瞳を輝かせ、黄金の髪は常に楽し気にたなびき光を纏う。愛らしい笑みを浮かべる幼い少女がいた。

 彼女は天空神として生まれ父神や母神、多くの神々から愛されていた。


 ある時、彼女は蛇身の竜に攫われた。

 その竜は神々によって倒されたが、時はすでに遅かった。地の底、冥界の掟により地上へ出ること、ましてや天界の父や母のもとへは戻ることなど不可能になっていた。それを丁度よい、と神々はわたくしを冥府の主とした。


 月日は流れ、彼女は自分と瓜二つな見目をした妹の存在を知った。

 主神である父たちに蝶よ花よと、溺愛されていた。自分がかつてそうであったように、愛されていた。そして何より、今はもう自分にはできない、あのときから幾度も望み夢みて、その度に絶望した、自由なそらを翔けていた。そんな妹の姿に、酷く妬ましく思った。


 ――――わたくしは天空神でした。

 ――――いいえ、今もそうです。生まれ持った本質が変わることなどありませんもの。今はただ、思いがけず冥界を治めることとなり、父や母の在る天界へ帰ることができないだけなのです。


 そう、自分に言い聞かせて過ごした。


 ――――ああ、帰りたい。天界に戻り、あの時までのように自由に天を翔けていたい。せめて、地上へだけでも出て、一目空を見られたなら......。


 はじめはそんな、ただの嘆きじみた愚痴のようなものだった。その思いはいつしかいびつに歪み、会ったことのない妹への嫌悪となった。


 そしてなにより、初対面は最悪だった。せめて、あんな出会い方でなければ、これほどではなかっただろう。無遠慮な言葉はただの嫌悪を憎悪へと変えた。八刺しにし、殺してしまうほどの――――


 ある時、そんな女神の魂を持った娘が産まれた。


 ○●○


 ――――「風の郷アウラディア」。

 ここはある一族の長が創った世界だ。その一族が暮らすために創られた。

 草木は生い茂り、川や泉の水はどこまでも澄み渡っている。どこを見ても、どんな者が見ても、皆美しい、幻想的だというだろう。


 ここに「人間」は存在しない。

 ここに暮らすもの以外、きっとここを知らない。

 その一族は時を渡り、不老長寿で、様々な種族の血が混ざり、多種多様な術を使う。複数の世界を行き来して暮らしている。それ故に自由を謳歌し縛りの多い暮らしを送る。


 「風の郷」が創られたきっかけは、一族の人数が増え旅をして暮らすには無理が生じてきたからだ。

 それまでは三つほどに分かれ、時と土地を渡り、旅の一座や商人をしていた。特殊な術を使い連絡を取り合い、必ず一年に一度は集まり季節一つをともに過ごす。そんな暮らしをしていた。

 今では既に廃れた風習もあるが、残こされているものも新しくできたものもあった。例えば、産まれて八日目に名をつけ、五歳で洗礼の儀を執り行い真の名まことのなを得る。二十五歳が成人でそれを盛大に祝う。これは今でも続いている。六つになると、未来さきの時代の教育を受けるというのは定住するようになり新しくできたものだ。

 彼らは人間と比べ精神の成熟が速い。そして世のことわりを壊すだけの力を持つ。それ故に世の理とを知る使い方、力加減を知る必要があったのだ。

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