第23話 侵犯

 「今日も森の中ですね。季節はいいのですが、ちょっと怖くないですか」

今日は広葉樹の生い茂る山々の麓にいる。若い男が言っているのは、最近、この周辺でクマが出没しているからだろう。

「そう言っても、襲われることもあるでしょう」

普通クマは人間を恐れて、出会う事も無いと伝えたのだが、最近は意図して人を襲っているような報道もあるらしい。山歩きを嗜む私としては、クマなど合うことは無いが、もし襲われたら運だろうと思う。まあ、危険なところにはいかないが。

「まったく、危険手当が付くところですよ。サクッと仕留めて帰りましょう」

当然、クマを仕留める訳では無く、いつも通りの仕事だ。

 男の話では、今日はクマ愛護運動を扇動している元締めらしい。自治体のクマ対策にとことん反対して、里山をつくり、管理することでクマと共存すると。まあ、表向きは。現実的には里山管理などできはしない。なので、人とクマの境界に人工物。つまり、メガソーラーを作ろうと言う訳だ。ただ、現時点でメガソーラーと言うと反発が多いから、仕方なくと言うストーリーを作ろうとしている。しかもこの男は仕事熱心で自ら、候補地に出向いている。何をするかと言えば、餌付けだ。人間の食べ物を山にばらまき、クマに味を覚えさせ、町に降りて来るように仕込んでいる。今回の標的自体、某国の山岳部の出身で身の回りには危険な野生動物にあふれており、日本のクマなど歯牙にもかけない様子で餌巻きを行っている。当然それ以外にもマスコミに過剰な報道をさせ、クマの出現と危険なクマの出現を混在させ、視聴者に恐怖を煽るように仕向けている。ここは危険なクマ、大型のクマがでる地域だ。

 山の中で標的と出会うのは難しいだろうと思っていたが、ルートは分かっていたらしく、時を経ず標的は現れた。集団で山に入り、自主防衛はしているようだ。単に処理するだけなら、町中のほうが簡単だが、山の中で仕留めることで、バックにいる人間にメッセージを送る意味もある。

 標的の男が足元の悪いところを進んだところでバランスを崩すように、そして弾丸が貫通するように肩口を打ち抜いた。狙い通り、バランスを崩して、斜面を滑り落ちた。勢いをつけて落ちていく男はあり得ない方向に体を曲げて動かなくなったはずだ。周りの男たちは下を確認すると、何事も無かったように、山を下りだした。

 それを確認して、ライフルを下すと、背中に殺気を感じた。慌ててその方向にライフルを構えると、殺気が一層濃くなった。殺気はするが気配が読み取れない。獣臭が強くなり、山勘で撃とうかとした瞬間、殺気が消え、獣臭も薄くなった。ライフルを下げると、黒い小山が離れるように動き出し、視界から消える直前にこちらを振り向いて、こちらを睨みつけた。人が欲望のために山を穢したことに対する怒りだろうか。

「どうしたんですか。もう帰りますよ」

若い男は気が付かなかったようだ。まあ、恐れさせる必要もないので、何も話さずに山を下りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る