夢枕

小狸

短編

 私には、一緒に小説を書いていた友達がいた。


 大学時代に同じ文学部の国文学科に所属していて、知ったきっかけは忘れてしまったし、男子だったけれど、小説について、かなり意気投合した。好きな小説もところどころ重複しており、話も合った。何より、その時応募していた新人賞の傾向が似ていた、というものもあった。お互い小説家になろうと、盃を交わして、卒業式の後に飲みに行った。間違いなく同志であったし、私はそうだと思っていた。


 あった。


 いた。


 した。


 これらは全て過去形で表現されるべき出来事である。


 そして、今。


 社会人になって、今年で3年目になる。


 学生時代から、お互いに、小説投稿サイトに登録し、Twitterツイッター(現Xエックス)のアカウントにひもづけていた。


 私は社会人になってからも、そこにちまちまと投稿を続けていた。長編小説は、賞に応募するのでそこに掲載はしない。掌編の小説を投稿し続けることで、彼と励まし合いたかった。私がアップする小説は、主に陰鬱な私小説であった。幸いにも幼少期と思春期の、小説よりも奇なる実体験が鬼のようにあるので、書くネタに困ることはなかった。

 

 社会人になってすぐの頃は、彼も最初はその小説投稿サイトにて、小説を投稿していた。


 しかし、少しずつ様子が変わって来た。


 文芸批評を、するようになったのである。


 この小説は駄目だとか、この小説は良いだとか、タイトルが長いのはどういう傾向があるだとか、こういうのが流行しているだとか、そういう分析めいた批評をポストしては、「いいね」や「リツイート」(現リポスト)の数を稼ぐようになった。


 小説の投稿や、長編を書いている匂わせ、果ては小説の賞に応募したという宣言すらしなくなっていた。元々そういうことを開けっ広げにする男子だったので、私はそれが励みになっていたのだが、どうもこの数年で、彼は変質してしまったらしい。


 全てが過去形になったのは、先日、久々に会った時であった。


 ――長編書いているなら見せてよ、批評してあげるから。


 ――俺のレベルは厳しいよ?


 ――


 ――


 最後の方は酔いが回って出た言葉なのだろうが、多分それが、彼の本心なんだろうなと思った。


 彼は、夢からめたのだ。


 何があったのかは分からないし、下手に同情もしない、してやらない。


 それでも。


 間違っても、3年前の彼は、そんなことを言う人間ではなかった。


 時々熱血に、無理と無茶を反復横跳びしながらも、小説に取り組む、そんなアツい奴だったはずだ。


 変わってしまった。


 しかし人間というのは、変わる生き物である。


 そのまま固定され、不変である人間などいない。


 結局、何がきっかけでそうなってしまったのか、何が彼を変えたのかは、分からずじまい、聞けずじまいだった。というか、頑なに彼が話そうとしなかった。


 私は、一人になった。


 一人は、とても寂しい。


 誰にも褒めてもらえない、誰にも応援してもらえない、誰とも競い合えない、誰も隣にいない。


 その辛さは、苦しさは、私が一番よく知っていた。


 最近は有名なウェブ作家のリツイートと政権批判ばかりになった彼のアカウントをミュートした後で、勝手に溜息が一つ出た。


 勝手に期待して、勝手に同志だと思っていたのは、私だ。


 私は、私の物語を書こう。

 

 誰に何と言われようとも。


 誰にも何も言われなくとも。




《Metamorphose》 is the END.

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夢枕 小狸 @segen_gen

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