トリの降臨

洞貝 渉

トリの降臨

 トリの降臨

 

 それは、全ての者のあこがれだった。

 それは、夢であり希望であり、全ての者の悲願だった。

 たった一人、トリ本人を除いては。


 トリは普段、トリでない者として生きていた。

 だから人々がどれだけ『トリ』にあこがれているのか、嫌というほど知っていた。

 同時に、トリは超人でも善人でもなんでもない、ということも痛いほど知っていた。


 ある日、トリは思い切って聞いてみた。

 なんで会ったこともなければ見たこともないような相手に、そんなにあこがれることができるのか、と。

 答えはこうだ。

 だって、『トリ』はそういうものだろ?


 トリは悩んだ。

 自分はトリだが、『トリ』ではないのではないか?

 人々の考える『トリ』でないのなら、自分はトリだが『トリ』である資格がないのかもしれない。努力不足と言われるかもしれないが、どれだけ頑張ったところで、とてもじゃないが自分には『トリ』のような超越者になれやしない。

 それどころか、世界中どこを探したって『トリ』は見つかりはしないだろう。

 トリの降臨は、自分の意志ではどうにも止められない。

 いつか来るその日を、自分は怯えながら待つしかないのだ。


 トリは『トリ』の話が出るたび、怯え、絶望し、最後には憤った。

 みんなみんな、他人事だと思って言いたい放題しやがって。

 全ての人々に、富と名誉と名声と健康と不老不死と充実を与える存在だって? それはトリでも神でもなく、もはや悪魔の領域なんじゃないのか?


 トリはその日が刻一刻と近づいているのを感じていた。

 焦りと諦観を行ったり来たりしながら日々を消耗しながら過ごしていると、一人の人間の動画が話題になる。動画主は、自分が『トリ』だと主張している。


 瞬く間に動画は拡散され、大いにバズり、模倣する者が大量に発生した。

 俺が『トリ』だ。いや、本物の『トリ』は私よ。違う、騙されるな、『トリ』は僕だ!

 自分はこのブームを呆然と眺めていた。なぜ、こんなハズレ役をみんなやりたがるんだ?


 そして、遂にその日は来てしまう。


 トリの降臨


 あれだけ思い悩んでいたのが嘘のようだった。

 自分の名乗りは、本物のトリの存在は、自称『トリ』たちの存在感の強い複数の声にかき消され、ひっそりとその役目を終えた。

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トリの降臨 洞貝 渉 @horagai

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