古を稽へて、今に照らす
浅井二式
第1話 開戦
皇紀2780年9月。日本を含む環太平洋連合は突然の戦火に見舞われていた。欧州連合による厳しい経済制裁を受け続けた大ロシア帝国はモンゴル及び中国北部を併呑し9月10日に日本の宗谷湾に上陸を開始した。
本部をクアラルンプールに置く環太平洋連合は国際機関を通じて抗議声明を出すとともに日本地域への援軍の派兵を決定したが平和になれた軍の動きは想定より遅く2週間程度の期間を要した。
東京司令部は迅速に動き翌日には1個師団を北海道の名寄に集結させた上で新兵器の投入も許可した。
山間の国道を疾走する人型の兵器は上下には揺れることなく、安定した移動を実現していた。北海道の9月。紅葉には少し早いが秋の兆しを感じる山道は戦火とは無関係な平和を感じる。
「こいつは快適ですね中隊長。型式が一つ進化するだけでこんなにも安定するなんて」
無線の音声も非常にクリアで通信を受けた中隊長を務める曾我部隼人大尉は機器の確認を行い満足していた。
「ホバーシステムの発熱はどうか早瀬少尉」
「オールグリーン。とんでもないエネルギー効率ですよこの『八雲』は。さすが第2世代」
今年、任官したばかりの彼は興奮を隠しきれない様子で返してくる。新型の79式軽竜騎兵『八雲』は従来の地雷撤去用に作られた重機甲兵と砲撃用機甲兵という機動性皆無の機甲兵から試作された最新鋭機種だ。
アクチュエータの進化によりロボットが人間の動きをトレース出来るようになった現代。2足歩行の必要性を問われ続けながらも実用化したのは日本の大学と産業界の連携によるものだった。
全長6メートルに及ぶそのロボットは実用性とは別に多くの人間の関心を生むことになる。官民共に大きな期待を寄せたが、しかしながらAIによる自動操縦では繊細さにかけ、人を搭乗させ繊細な操縦が出来たとしても機動性に大きな難点を持ち軍事的には活用と遠いところにあった。
最初に活用されたのが旧東南アジア地区の地雷撤去であった。人間と同じ作業をこなしながら、モーターによる圧倒的馬力と多重装甲に守られたボディは地雷撤去の危険性を大きく削減することに成功した。
安定性に難があり人を乗せている場合の最高速度は20キロ程度しか出せなかったが地雷撤去と言う作業では問題とならなかった。人々は動くロボットを見てより可能性を探るようになり、軍事への活用を危惧するものも多かったが期待する人間も数多く居て研究は進んでいった。
「カメ砲台のあだ名も返上だな。これならロシア軍より先に陣を取れる」
「中隊長、ロシアは戦争を仕掛けてきてるんですよね?」
「さあな。ピクニックではないだろうよ」
強行偵察任務。それが曾我部大尉に与えられた命令だった。1個中隊10機の軽竜騎兵部隊を率い集合地点の音威子府村へ先行していた。
「中隊長、後続の早坂中尉から10分遅れで名寄を出たとの通信です」
「了解。10機で中隊編成とは不安だがやるしかない。実戦テストも兼ねて派手にいこう」
「勘弁してください。慣熟訓練はやっていますが実戦テストを実戦でやるとか聞いたことありません」
実戦以外で実戦テストをしても仕方ないだろうと思うが、実際に環太平洋連合は発足以来50年ほど戦争を経験していない。ロシア地域や南アメリカで戦争が多発していたが政治的にも距離的にも積極的な参戦は行われなかった。
曽我部大尉は24歳から26歳の2年間を研修名目で北アメリカ軍に所属し南アメリカ地域の戦場に出ているが日本育ちの他のメンバーで実戦経験を持つものは居なかった。
大ロシア帝国が北海道に上陸した目的は侵略以外にはあり得ない。欧州連合に締め上げられて苦しい政権運営を対外的な勝利でごまかすために侵略を続けている。大国のエゴに巻き込まれている周辺諸国はたまったものではないがモンゴルや中国の二の舞は遠慮したいところだ。
世界は現在ブロック化しており北アメリカ合衆国、南アメリカ共同体、欧州連合、アフリカ統一連合、環太平洋連合と地域の大きな国家を主として中国、インド、オセアニア連合、南アメリカの小国群となっている。
日本は50年ほど前にアメリカの一部州となるのを拒否し環太平洋連合の一員となった。各国は州となり、文化を守り、自治権は持つが政治の中枢はクアラルンプールに移行し、野心を持つ多くの日本人も東南アジアに移住している。
環太平洋連合首都はクアラルンプールに置かれ旧マレーシア及びマラッカ海峡を挟んだスマトラ島は大規模開発が進み人種の混在が進んでいる。連合所属国はそれぞれが州となり自治権を持つこととなった。北の果て日本は未だ8割程度を純粋な日本人が占めており他の州に比べ移民は少ない。政治、軍事、外交の権限が連合本部に統合されているとはいえ、人々は平和な暮らしを謳歌していた。
79式軽竜騎兵『八雲』3機は名寄バイパスを北上し国道40号線を時速40キロ程度で目的地に向かっていた。全長6m程の人型戦闘兵器と言うには少しずんぐりとしているが、戦車に代わる陸上戦力として実用化されている国はまだ少ない。
機甲兵は一部科学者が2足歩行兵器の実用化にこだわり誕生したが、機動性の確保が難しく兵器としての実用化は不可能と思われていた。しかしながら2足歩行兵器への民間からの投資は途切れることが無く開発が続き、アクチュエーターの進化と共に繊細な作業が可能となり、ついには機動性の必要無い地雷撤去用として30年ほど前に実用化された。
兵器を持たないロボットながら多くの人々は歓喜し更なる投資を呼び込み、ブラジルで発見された強力な磁場を発生させるレアメタルの存在により準核融合エンジンが実現化すると2足歩行の弱点である機動性に関する研究が一気に進んだ。それでも陸上兵器としては戦車を超える機動性の発揮は難しく、鈍足の砲台と呼ばれていた。
「中隊長。目的地の音威子府村まで約1時間です。後続の早坂小隊及び坂崎小隊は10分遅れで到着予定。このまま先行しますか?」
「先行する。国道の分かれ道で合流し偵察任務に移ろう。遠坂少尉はプレデターを音威子府駅周辺に飛ばし哨戒にあたってくれ」
「了解しました。レーダーアンテナオープンでプレデター飛ばします」
トンボほどの大きさの無人哨戒機プレデターが射出され部隊を先行する。遠坂少尉が乗る『八雲』は偵察・哨戒機能に特化したレーダー装置が組み込まれた特殊機体だ。武装が減らされている分だけ、大型レーダーやジャミング装置が組み込まれている。
「現着23分後。国道オールグリーン。音威子府駅より向こう側はかなりの電波妨害。こりゃ危険かもですよ中隊長」
「行くしかないだろ。向こうもこんな小部隊のお出迎えはしないだろう。警戒しつつ突っ込むぞ」
「了解」
早瀬少尉、遠坂少尉が同時に返答し3機の巨大な兵器が国道を北上する。近くの住民は避難済で車の通りもないので快適ではあるが緊張感は増していった。
「中隊長。音威子府駅モニターします」
遠坂少尉がプレデターからの映像を各機に転送する。
「無人だな。レーダーに反応はあるか?」
「ありません。危険ですが高度を上げますか?」
「いや、高度は上げず275号線と40号線を2キロほど哨戒してくれ」
「了解しました。275号線から行きます」
「早瀬少尉、後続に駅で集合と伝えてくれ」
「了解しました」
ヘリのプロペラ音にも似た爆音を奏でながら3機の人型兵器は音威子府駅の近くで制止した。地に足を付け機体をアイドリング状態にしながら後続を待つ。
「我々は40号線を下る。早坂小隊は275号線を坂崎小隊はここで遊軍として待機だ」
「後続の到着まで後2分です」
「了解した。遠坂少尉この先の様子はどうか?」
「2キロ先まで異常なしですが電波妨害が酷くなっています。あまりいい雰囲気ではありませんね」
「敵を視認したら戦闘はせずここへ引き返す。戦闘許可は出ているが戦える戦力でもないしな」
「情報通り1個師団、潜んでいるんであればとんずらしかないでしょうね」
早瀬少尉の緊張感の無さは危ういものがあるが、今回みたいな場合はプラスの面もある。とりあえずは何事もなく帰ることを優先させるのが一番だろう。任務に対する成果は持って帰らねばならんが、新兵に毛の生えた程度の部下を危険にさらすことは避けたいところだ。
「後続部隊到着しました」
「早坂小隊は275号を下り、浜頓別町まで偵察を。そこまで行って敵に出会わなければプレデターを宗谷湾へ向けて飛ばしてくれ。坂崎小隊はここで待機し哨戒に当たれ。もしどちらかの小隊が戦闘になった場合は撤退のフォローを」
「了解しました。このまま先行します」
早坂中尉率いる小隊は275号線を下っていく。まだ26歳と若いが筋骨隆々としたエリート軍人だ。言動や行動に隙がなく独断専行を行うことは無い。危険なことは避けて任務を遂行してくれるだろう。一方の坂崎中尉は不服そうな声で個別回線にて通信をしてきた。
「私が女だから後方待機ですか?」
「関係ない。上官の指示だ。不服があるのか?」
「了解しました。哨戒任務に付きます。お気をつけて」
軍における女性の割合は3割を超えているが指揮官となると5%も居ない。暗黙の了解ではないが後方勤務が多いのも事実だ。特に防衛士官大学を出たような女性には張り合いたがる人物も多く、彼女もそうだった。もうここは戦場なのだが平和が続くと生きることが当たり前になってしまうのだろう。
「我々も出発する。遠坂少尉プレデターを幌延地域へ向けて飛ばしてくれ」
「了解しました。40号線沿いに北上させます」
ホバーシステムを作動させ川沿いの道を進んでいく。昼間なら風光明媚で紅葉でも見れるんだろうが道は暗く先を暗示しているかのように気味が悪かった。肩の照明に照らされて目視できる国道とモニターを見ながら佐久付近で大きく右に曲がると同時に遠坂少尉が叫ぶ。
「プレデター撃墜。ミサイル群来ます。待ち伏せです」
モニターに赤い光点が10ほど点滅する。
「ランダム回避。撤退する。こっから先は自分のことだけ考えろ」
「了解」
全員無駄口を叩く暇すらなく機体をUターンさせる。早瀬少尉はガードレールをなぎ倒しながらも姿勢は維持し付いてくる。もう少し進んでいたら直線を逃げるしかなく死んでいた可能性は高い。敵も練度不足で早く撃ちすぎた。ミサイルが10発ほど国道を通り過ぎ後方で激しく爆発する。
「応戦するな。前だけ見て逃げろ。遠坂少尉、早坂と坂崎に通信とれるか?」
無理だろうなと思う。こっちが襲われているのだ。坂崎小隊はともかく早坂小隊も同じ目にあっているだろう。
「電波妨害最大。通信繋がりません。レーダーに40機以上の敵補足。最低でもです」
「大歓迎されてますね。生きて帰れればお返しも出来ますが」
早瀬少尉は冷静に見える。パニックになり発砲もしなければ、命令無視もない。緊急時には頼りになりそうだった。
「大隊以上の戦力がいると思え。応戦は死を意味する。ひたすら逃げるぞ」
「軍の命令とは思えませんね中隊長」
「早瀬少尉は早死にしたいのか?」
「いえ、良い隊長に巡り合えたと感謝の気持ちで一杯です」
「ならこっからは命令厳守だ。ロシア軍の機甲兵は一世代前の鈍足だ。砲撃は厳しいが逃げれないことは無い。幸い山道だ。当たることは無いから後ろは振り返るな」
「敵、ミサイル40発来ます!」
悲鳴にも似た遠坂少尉の言葉で死地にあると実感する。
「フレア!ランダム回避!!」
熱源弾が各機から射出され閃光は国道を照らす。
「ジャミング最大。チャフも全弾発射します」
遠坂少尉が教練通りの手順で回避行動を行う。電子戦特化の機体が配備されていたことは僥倖だった。敵は単なる砲台に過ぎない。砲撃を凌ぎきればなんとかなる。問題は他の小隊だが現状では如何ともしがたい。
「敵、ミサイルクリア。早坂小隊通信繋がります」
「早坂、聞こえるか?全速で撤退しろ」
「こ、こちら早坂小隊。現在ロシア軍と思われる数部隊と交戦中。救援を……」
「早坂!撤退だ!!聞こえるか」
「ダメです。早坂小隊に向けて飽和攻撃。処理できません」
モニターには40発を超える光点が映し出されていた。1キロ弱の直線を味方に向けてロケット弾が3方向から追い詰める。
「早坂小隊ロスト。中隊長救援に向かいますか?」
「死にたいのか。坂崎小隊と合流して撤退する」
「しかし…」
「諦めはしない。今は正しい判断を優先しろ」
「了解」
軍人はお題目としては国家や国民のために戦っている。しかし現実は共に戦う戦友のために戦場に出るのだ。これは共に死地に立てば分かる。今の状況は現状を舐めて部隊を分割した自身の責任だった。ここは戦場だと考えていたが行動が違ったことは反省しなければならない。そして残りの部下を生きて連れ帰る必要があった。
「中隊長!前方に爆発光。戦闘です」
音威子府駅付近まで戻ってきて早瀬少尉が興奮気味に叫ぶ。
「兵器使用自由。早瀬は着いてこい。遠坂は支援を頼む」
「了解」
駅が目視出来ると2機の味方機が倒れ激しく爆発していた。『八雲』は三重の複合装甲を持っているが一次装甲まで吹き飛んでいる。パイロットの生存は絶望的だった。
だが1機だけ片腕を失いながら応戦し斜めにスライド移動しながら機関銃を打ちまくっている。しかし3機の敵機に囲まれ嬲られているようにしか見えない。
「突っ込むぞ」
両手に持った30mm機関銃のセーフティを解除しつつ敵の背後からありったけの弾を叩き込む。 1機の上部モニターを破壊し頭の部分が吹き飛ぶ。パイロットは助からないだろう。左の1機も早瀬少尉が背後からハチの巣にしていた。爆発はせず6m近い巨体が前のめりに倒れる。残った1機がこちらに振り向くが動きが遅い。頭部に両手の機関銃から20発を超える弾丸が命中し崩れ落ちる。同時に脚部に被弾していた味方機も激しい煙を上げながら崩れ落ちた。
「早瀬、警戒を頼む。救助する」
「了解。しかしスゲーな。15機に襲われて生き残ってるのか」
言われてみれば、この場には無数の敵機体が転がっている。これを3機で迎え撃ったとすれば愚かだが良い腕だ。崩れ落ちた機体は幸いコクピットが下にはなっていない。胸部に駆け上がり、コクピットを強制開放する。機能も生きており機体の上胸部分が跳ね上がる。
普段は美しく整えられた長い髪が血糊でべったりと顔に貼りついた女だった。ヘルメットは亀裂が入り脱ぎ捨てられている。
「坂崎、無事か?」
「これ…無事に見えます?」
頭部から出血しており、打撲は数知れずといったところだが命に問題はなさそうだった。
「撤退する。動けるか?」
「ちょっと無理そうです。抱きかかえて連れてってもらえます?捕虜は嫌なので」
撤退してても文句は無いが、味方の撤退を支援するために残った味方を見捨てるわけにもいかない。コクピットから引きずり出すと抱きかかえて連れだす。
「もう少し丁寧だと助かります」
「悪いが余裕がない。多くの部下が犠牲になってる。これ以上増やせない」
「じゃあ我慢します」
機体に乗り込むと膝の上に座らせる。コクピットは1人乗りだ。横には隙間すらない。
「シートベルトを頼む。狭いが我慢してくれ」
「モニタリングします。前見にくいでしょ」
「なんとかするさ。早瀬、遠坂撤退する」
「お前たちも連れて帰りたいけど、ごめんな」
遠坂少尉がつぶやく。全員の思いは同じだが今は生きている者が帰ることが先決だった。山の稜線から攻撃ヘリが出てくるが遠坂少尉のロケット砲が発射され撃ち落とす。
「中隊長、追手が10機ほど来ます。航空機はいませんがヘリぐらいはまだいそうです」
「フレアとチャフは残っているか?」
「ミサイル50発程度は何とかします。それ以上は無理です」
こっから先は比較的直線が多い。飽和攻撃を喰らったら運を天に任せるしかない。救いは敵の足が速くないということだろう。ヘリは出てきた瞬間撃ち落とせるので出てこないはずだ。機甲兵の射程から逃げ切ればどうにかなる。
「ちゅ…隊長、天塩川温泉を越えれば味方が…ニューマン少尉がいます」
坂崎中尉が痛みに耐えながら情報を伝えてくれる。
「狙撃兵がいるのか。遠坂何分かかる?」
「11分です」
「撤退する。応戦はするな。ただ前を向いて逃げるぞ」
「了解」
3機の竜騎兵は最大戦速で国道40号線を疾走する。
「ミサイル来ます。約20!」
「フレア!ランダム回避!」
2車線の道路を左右に機体を振りながら最後尾の遠坂少尉がフレアを射出する。白い閃光が広がり、続いて盛大に空間が爆発する。
「クリア。これでしばらく撃ってきません」
散発的なマシンガンや機関銃の弾が飛んでくるが有効射程ではない。練度が低いのは間違いないだろう。爆発が遠のき静寂に戻ろうとしている。もう一度レーダーに捉えられれば再攻撃が来るだろう。後、1回か2回凌げば逃げ切れるはずだ。機体性能の違いで追いつかれることは無いはずだが、ミサイルの射程と追尾性能がやっかいだ。全速力で国道を南下する。
「レーダー回復。次が来ますよ大尉」
坂崎中尉がモニターを見ながら注意喚起してくる。死地にあって冷静なのは頼もしいがイライラさせる。
「もう少しだ。ランダム回避!」
「来ました。総弾数……約40!!」
「ちっ!」
処理可能弾数を超えている。
「フレア!全弾発射!!全員避けろよ」
「右舷から中央に厚くフレア射出します。左舷抜けたら撃ち落としてください」
遠坂少尉からの指示に上半身をひねり早瀬少尉と共に機関銃を乱射する。来る位置がわかれば撃ち落とせなくもない。
「来た。仰角15度から30度。墜ちろ!!」
早瀬少尉が絶叫しながら1発撃ち落とし俺が2発撃ち落とした。しかし中央から抜けてきた一発のロケットが遠坂少尉の機体の後頭部で炸裂する。
「うぉい!遠坂!遠坂!」
「一次装甲まで…」
早瀬少尉が絶叫し坂崎中尉は口に手を当ててつぶやいた。生きてはいまい。
「中隊長!」
早瀬少尉が呼びかけてくる。救助に行きますと言いたいのだろう。気持ちはわかる。遠坂がいなければとっくに我々は死んでいるのだ。
「遠坂少尉KIA。撤退を継続する」
「ドンッ!」
コントロールパネルに腕を叩きつけたのだろうが構ってられない。ここで止まれば全滅だ。それでは死んでいった仲間は無駄死にになる。
「早瀬少尉。止まるな。撤退する」
「了解」
そうだ。考えるな。軍人は命令を実行すればいい。そして生き残らなければ意味がない。
「天塩川温泉まで1分です」
冷静な声で坂崎中尉が告げる。ここを抜ければニューマン少尉が敵を足止め出来る。夜の狙撃兵ほど恐ろしいものは無い。国道を走る鈍足の機甲兵などただの的だろう。その時、唐突なライフル音が空間を引き裂く。4秒後、後方で大きな爆発が起こる。
間髪入れずに乾いたライフル音が再び響き渡り、さらに後方で爆発が起こる。
「冗談だろ。2キロ以上先から撃ってやがる」
「敵が止まりました。撤退を確認」
「すげぇ、生き残ったのか…中隊長…今頃震えてきた…」
「油断するな。震えててもいいが回避行動は続けろ」
ニューマン少尉は坂崎中尉の部隊にいた。ここまで見越して配置していたならたいした玉だ。戦争経験が無いはずの環太平洋連合軍人としては上等な部類だろう。狙撃兵の登場に敵軍の追撃は終わり、無事に名寄駐屯地に帰還することができた。途中無線報告を入れたので戻った基地はハチの巣を突いたような大騒ぎになっていた。
1個師団の集結は明日の昼に完了予定だったが今夜中には集まるよう変更されていた。そして環太平洋連合50年の歴史で初めての戦争へと突入したのだった。
古を稽へて、今に照らす 浅井二式 @tubakurame01
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