ロマンチックの裏側で

2人っきりでのんびり過ごしていると、たまに変な欲が湧いてくるもので、


「ねぇ一途、抱っこしていい?」


なんて爆弾を投下してしまったのも仕方ないことだと思う。

まったりした空気にあてられて、つい気を抜いてしまったのだ。


「え?突然何?」


部屋の中が静寂に包まれる。

………………。


「いや、いい、何でもない。ごめん忘れて。突然変なこと言ってほんとごめん」


思いっきりドン引きされた。

絶対ドン引きされた。

間違いないしっかりドン引きされた。


突然やらかしてしまった失態が、僕の顔を熱く茹で上げる。

一途の顔が見れない。


「ちが、違うの!ごめん、ごめんねぇ、嫌なわけじゃないの!!突然過ぎてびっくりしただけ!!」


一途が上擦った声でそう言って慰めてくれる。


この感じ……もしかしたらもしかするのではないだろうか。

なんて思えるのは、自分のしたたかさ故だろうか。


「ううん、僕が変なこと言ったのが悪いんだ。ごめんね一途」


少し大袈裟に落ち込んでみせる。


「違うの違うの!!そう言う意味じゃなくて……私花織ちゃんに抱かれたいよ!!だからお願い!私を抱いて!ねっ!」


「え……」


この子はなんてことを言うんだろう。


僕の中で、何かのスイッチが入る音がした気がした。


「ほんとに良いの?」


一途のもとまで歩み寄り、上目遣いでその顔をのぞき込む。

一途が僕のこの角度が好きなのは既に把握済みだ。


「う、うん良いよ」


案の定、一途は頬を紅く染める。

初々しくて実に愛らしい。


両手を広げて僕を受け入れる一途の姿が本当にたまらない。


「やった!」


もう逃がさないよ。


「よっと」


一途の背中に腕を回し、バランスを崩して落とさないように気をつけながら抱き上げる。


一途が首元に両手を回してくれたので、安定して抱けるようになる。

……なんだか抱かれ慣れていないか……?


「すごいすごい!花織ちゃん力持ちだね!!カッコいい!!王子様みたい!!」


僕の腕の中で、一途がキャッキャッとはしゃいでいる。


「あははっ、一途が軽いんだよ」


ほんとに、僕に抱かれる為に生きてるのかってくらい軽い。

これならいつまでだって抱いていられるね。


「ねぇ一途」


一途の抱き心地を満喫していると、互いの距離の近さを意識出来てとても良い。


「一途の顔が、こんなに近くにあるよ。ほら」


一途の額に自分の額を重ねる。


「ほ、ほんとだね」


一途は気づいていなかったみたいだけど、僕の言葉で意識し始めたようだ。


一途の照れ顔はやはり良い。

他の人には見せてあげないけどね。

それにしても、


僕の腕の中に、最愛の人がいる。

腕の中の熱が、重みが幸せの存在証明となる。

それはなんて……


「幸せだね」


心の底から、この言葉を言える。


「うん、幸せ」


一途が目を閉じて応えてくれる。


その突然の不意打ちに、心臓が早鐘を打つ。

この子はどうしていつもいつも……。


本人に自覚があるのかは分からないけど、どうしてこの子はいつも的確に僕の心を撃ち抜いてくるのか。


いろいろと思いが溢れて止まらなくなる。

この溢れる思いを、形にしたくなる。

いつから僕はこんなにも、欲張りになったんだろう。


もういいや、我慢なんてしないよ。

僕も目を閉じる。


………………唇ってこんなに柔らかいものなんだね。

自分の唇が触れた熱を、名残惜しく思いながら目を開けると、一途も目を見開いている。


「ありがとう一途、満足した」


一途をそっと床に降ろして、ひらひらと手を振る。


「今……」


言葉の途中で、一途の口を塞ぐ。


「それ以上は言っちゃだめ」


「恋の魔法をかけたんだ」


「魔法が解けないように、魔法の正体はヒミツにしてて」


そう言って煙に巻く。

顔が熱い。

互いの熱に浮かされて、凄いことをしてしまったと、少し冷静に気づけてしまった自分が憎い。


一途はどうだろう。

突然唇を奪われて、もしかしたら怒っていたりしないだろうか。

そう思って彼女の顔を見て、僕の心臓は危うく止まりかけた。


あぁ一途、キミはなんて顔をするんだ。

もう少しで理性が消し飛ぶところだった。

すんでのところで踏み止まった自分を褒めてあげたいと心から思う。


今の顔だけは、僕以外の人には決して見せないと心に誓う。

こんな顔、僕以外の誰かに見られると想像しただけで気を失ってしまいそうなくらいだ。

僕の幸せは誰にも渡さない。

この子は絶対に絶対に僕のだ。


───────────────

if


あぁ一途、キミはなんて顔をするんだ。

最愛の恋人のそんな顔を魅せられて踏み止まれるほど、僕はまだ人間が出来てはいないってのに。


一途の手を引いて、寝室に連れ込む。

彼女をベッドに押し倒し、その両手を掴んで頭の上でまとめて軽く押さえる。

息が荒くなるのを感じる。

きっと今の僕は、他の人には見せられない顔をしているんだろう。


一途は真っ赤な顔で、じっとこちらを見つめている。


一途が今何を思っているのか、それを読み取る余裕は、今の僕にはない。


ただその視線すらも、今の僕にはたまらないスパイスで、僕はもう王子様ではいられなさそうだ。


「僕に抱いてほしいんだもんね?」


それはまるで飢えた獣のようで。

ごめんね一途、もう逃がさない。

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ロマンチック しゆ @see_you

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