第2話 脳筋執事。

アーディとしての記憶を持った少女、ミザールは溜息をつきながら、廊下を歩く。

「うーん・・・ヴァイト家に生まれたから魔導士としての素質は高いけど、私が前世で出来た上級魔法を普通に扱うことはまだ出来なさそうだな」

ミザールはそう言いながら、ふと顔を上げる。そして、「げ」と唇を歪ませた。

彼女の視界には、一人の青年がいる。

左目にモノクロをつけた、色素の薄い緑髪を丁寧に撫でつけ仕立てのいい燕尾服に身を包んだ青年だ。

幅の広い廊下の中央に立つその青年は表情を歪めるミザールを見て、にっこりと笑みを浮かべた。

「お嬢様、先程使用人が慌てておりましたが・・・・・・"また"授業から逃げていたのですか?」

「別に?・・・ていうかさ!私がいつも授業から逃げてるような言い方やめてくんない?」

「おや、事実をそのままお伝えしただけですが。何か、気に触りましたか?」

「ムっカつくわぁ・・・なんでこんな奴が私の専属執事なの?」

「実績と当主様からの信頼ですかね」

青年はそう言いながら、右足を前に踏み出す。その靴裏が床に着く直前、ミザールはその場から逃走した。

自分の近くにあった窓を割り、二階から芝生が生い茂る中庭へと着地。そのまま、自分の足裏に小さな風魔法を発動し、猛スピードで中庭から離れる。

「今日こそは撒いて、泣き言吐かせてやる・・・!!」

ミザールがそう呟いた瞬間、ヴァイト家の敷地が少しばかり揺れた。

だが、ミザールはその現象に驚くもせずに魔法の発動を止め、自分の目の前に立つ人影を睨む。

そこには、土埃が舞っており、その奥に薄い人影が見えている。

ミザールはその人影に向けて掌を向けると、桃色の唇を震わせた。

「『ウィンドクリンゲ』」

ミザールの掌から、無数の見えない風の刃が人影に襲いかかる。だが、刃が土埃を斬った瞬間、ミザールは整った顔を憎らしく歪めた。

そして――――――――

「はい、また私の勝ちですね」

ミザールの身体を、後ろから先程の青年が持ち上げた。

青年の姿に、ミザールを驚きながら振り返り青年の顔を見上げ、

「あそこにいないってのは分かってたけど、どうやって」

「簡単な話ですよ。お嬢様の刃が届く前に後ろに回ればいいだけです」

「いや、どんな速さで移動してんだよ・・・・・・」

青年の言葉に盛大な溜息をつきながら、ミザールは青年の顔から目を逸らし、

「下ろしてよ、このままじゃ恥ずかしいし」

「ええ、勿論ですよ。それにしても、魔法の精度がまた一段とすごくなりましたね。あと一秒でも移動が遅れていたらあのまま私の身体は真っ二つでした」

「嘘つけ、この脳筋執事」

「おやおや、酷い言い様ですねぇ」

口ではそう言いながらも、青年の表情はどこか愉快げだ。

そんな青年を睨みながら、ミザールは呆れたように額に手を当てた。

「それで?私に用でもあったの?エルナト」

ミザールの言葉に、青年――――――エルナトと呼ばれた青年はこれまた満面の笑みで、

「いえ、ただお嬢様がまた授業をサボったと聞いたので当主様にお呼びするように命じられたのですよ。すると、お嬢様が逃げるので追いかけたまでです」

「当主様・・・・・・まさか、父様?」

「ええ、お嬢様のお父上――――――アトリア・ヴァイト様がお呼びでございます」

エルナトのそう言った表情は、先程よりも愉快げな笑みだった。


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