第5話 スーパーGT 富士
ゴールデンウィークのさなか、富士サーキットには多くの観客が集まっている。メインスタンドはすき間がないほど埋まっているし、各コーナーにあるキャンプサイトには色とりどりのテントが立ち並んでいる。朱里はコース脇のホテルから見る景色が好きだった。自宅が近いということもあるが、T社のお膝元なのでホームコースという意識がある。富士山は部屋から見えないが、外に出ると眼前にそびえ立っている。いつかは登ってみたいと思っているが、今年もその余裕はなさそうだ。
土曜日の予選。朱里はフリー走行で好調だったので、Q1を任せられることになった。すると、そこは女性だけのステージとなった。別に示し合わせたわけではないが、前回優勝の坪江修平がQ2にでることが予想されたので、各チームの男性ドライバーがQ2に集中したのである。今までは、フリー走行でふるわなかったチームがQ1で男性ドライバーをだしていたのだが、そこで勝ってもだれも誉めてくれないので、おのずとQ1は女性だけになってしまったのだ。
天候は晴れ。気温20度。路面温度33度とグッドコンディションだ。朱里はタイヤをあたため、早めにアタックにはいった。前回4位に入っているので、サクセスウェイトは16kgとなっている。ハンディはしょっているが、ストレートの伸びはいい。さすがホームコースだ。T社のマシンは皆調子がいい。他のマシンにじゃまされることなく走ることができた。結果、1分26秒875を出すことができた。まずまずのタイムである。早々にピットにもどり、他のマシンのタイムを見る。Q1は突破できると思うが、待つしかないこの時間は何とも言えない。もう何もできることはないのだが、マシンから降りることはせずに、モニターを見ていた。
ライバルの坪江美香がフィニッシュした。1分26秒918のタイムだった。サクセスウェイトが40kgもあるので、いいタイムをだせるわけはないのだが、朱里に肉薄するタイムをだしたのはさすがである。
Q1の残りタイムが0になった。ラストアタックにはいったドライバーが続々フィニッシュする。T社の鍛冶屋が朱里のタイムを上回る1分26秒818をだした。福田の相棒だ。姉は国際ラリーストで、本人もラリードライバーからGTドライバーに転進している。昨年まではGT3で走っていた。すると、H社のマリーが1分26秒814をだした。マリーはSFも走っている。ヨーロッパのF3で活躍していた。期待の女性ドライバーである。これで終わりかと思いきや、T社の庄野が驚異的な1分26秒490をだした。前回の岡山でスタート早々にクラッシュを起こし、マシンを大破させてしまったのにかかわらず、名誉挽回の走りを見せたのである。
庄野は昨年まで、朱里のチームのサードドライバーだった。隣のピットなので、朱里が庄野を出迎える。
「庄野さん、すごい走りでしたね」
「前回事故っちゃったしね。まぁサクセスウェイトが0だから朱里さんたちから比べれば走りやすいだけよ」
「それでもQ1のトップタイムはすごいですよ」
「ありがとう。でも、大事なのは決勝だからね。明日、お互いにがんばりましょう」
と、お互いの健闘を誓いあって別れた。
ホテルではなかなか寝付けず、凛さんを誘ってラウンジにいった。興奮状態をおさめないと寝られそうにない。凛さんがスペシャルコーヒーをもってきてくれた。ホットコーヒーに生クリームがのっている。
「ウィンナーコーヒーなの?」
と聞くと、
「ちがうわ。まぁ、飲んでごらん」
と言うので飲んでみると、少しクラッときた。
「これ、お酒はいっているんじゃない?」
「ちょっとだけね。アイリッシュコーヒーよ。ヨーロッパにいた時、これを飲むとよく眠れたの。朱里さんも大人になったから飲めるでしょ」
「お酒はまだ」
「そういえば野島パパからOKでてないもんね」
「そう、いつまでたっても子どもあつかい。レーサーは酒なんか飲むもんじゃない。と一言」
凛さんはあたたかい目で見つめてくれていた。その後、凛さんに抱きかかえられてベッドにまでいって、死んだように眠りこけた朱里だった。
日曜日、決勝。天候は快晴。気温24度。路面温度38度。昨日よりも若干気温が高い。ソフトタイヤだとたれるかもしれない。
朱里はぐっすり眠れたので、おいしい朝食を食べていた。ホテルのレストランのエッグベネディクトがお気に入りだ。凛さんに
「昨日はありがとう。おかげでぐっすり眠れたわ。寝言で変なことを言ってなかった?」
ラウンジを出てからの記憶があやしいのだ。
「変なことじゃないですが、このー!と騒いでいましたよ。何かレースをやっているみたいでした。無線でも時々言っているじゃないですか」
「そうなの。前のマシンにじゃまされたり、幅寄せされたりするからね。でも、昨日は女性だけの戦いだったからそんなことなかった。クリーンなレースができたわ。今日もそうなるといいな」
と朱里が念じたせいかどうかわからないが、スタートドライバーは全て女性となった。今回は3時間のタイムレースで2回の給油とタイヤ交換が義務づけられている。最初の1時間を女性ドライバーが受け持ち、後半の2時間を男性ドライバーが走るという図式と考えられた。
スタート前は華やかな雰囲気を醸し出している。なにせ全員が女性ドライバーなので今までの男くさいサーキットとはまるで違う。ある男性ドライバーが
「オレはこの場に立つ勇気はないな。女性だらけの世界に男が一人でポツンといたらたまらんぞ」
と言っていたが、男性の本音はそうなのかもしれない。
女性歌手の国歌斉唱の後、いよいよ開始。女性白バイ隊やパトカー先導のパレードランにつづき、SC先導でのウォームアップラン。SCピットインでローリングスタート。庄野のタイミングでアクセルをあける。轟音とともにメインスタンド前を駆け抜ける。第1コーナーでインをさしたH社のマリーが庄野の前にでる。そこに鍛冶屋・朱里・坪江が続く。T社の4台が縦に並ぶ。マリーのペースが速い。徐々に離されていく。ソフトタイヤの摩耗を気にせずにガンガンいく作戦だ。少し遅れて4台による2位争いをする。庄野のペースがなかなか上がらない。あとで聞くと、寝不足だったらしい。Q1トップのタイムをだしたので興奮していたとのことだ。調子がいいのは坪江だ。スリップストリームをつかって、うまく走っている。
5周目、メインストレートで4台が横に並ぶ。4ワイドだ。右から坪江・庄野・鍛冶屋・朱里と並んでいる。接触ぎりぎりだ。朱里は危ういと思い、早めのブレーキング。庄野と鍛冶屋がやりあってブレーキング競争をしてオーバースピード気味に第1コーナーに飛び込んだ。オーバーランぎりぎりで第1コーナーを抜ける。そこを坪江がインからスーッとぬいていく。さすがテクニシャンだ。続いて鍛冶屋が続き、少し離れて庄野と朱里が走る。
無線に監督の山木から指示がくる。
「タイヤを酷使するな。ポジションはそのままでいい。美香(坪江)が見えるところで走ってろ」
と檄がきた。しばらく4台の一列走行が続く。サクセスウェイトがきつい坪江はストレートが伸びない。なかなか他の3台を引き離すことはできない。
22周目、第1コーナーでGT300のマシンが接触した。1台は白煙をあげている。タイヤをこすっているのかもしれない。しばらく走ってコース脇で停まった。モニターでそれを見ていた監督の山木は
「朱里、ピットインだ。すぐにFCYがでるぞ!」
と叫んだ。最終コーナーを立ち上がっていた朱里はすぐにピットインをする。その前を走っていた庄野もピットインしていく。隣のピットなので、監督同士の怒鳴り声が聞こえたのかもしれない。その前にいた3台(マリー・坪江・鍛冶屋)はそのままメインスタンドを駆け抜ける。庄野と朱里がピットインすると、山木の予想どおりFCY(フルコースイエロー)が表示された。全車80km走行である。それに加えてピットクローズとなった。ここでタイヤ交換をしておけば、あとあとの戦略がやりやすくなる。ステイアウト(走り続けること)を選んだ3台は、想定の1時間でのドライバー交代を予定しているからだろう。3人とも今年からスーパーGTに参戦しているので、細かい駆け引きはしないのだろう。
25周目、FCY解除。庄野と朱里はGT500勢の最後尾になったが、想定範囲内である。たんたんとGT300のマシンを抜くことだけをしていた。
37周目、マリーのマシンにトラブル発生。左リアタイヤがバーストしている。無理をして走っていたので、タイヤにダメージをおってしまったのだ。時間は1時間をぎりぎり越えていたので、ここでドライバー交代である。だが、左リアタイヤがなかなか外れない。やっとのことでタイヤを交換したが、だいぶタイムをロスしてしまった。
38周目、1時間5分経過で坪江美香と鍛冶屋がピットイン。ドライバー交代である。想定内である。美香は夫の坪江修平に代わり、鍛冶屋は大友に代わった。庄野と朱里はこの二人との争いをすることになった。サインボードや無線で坪江とのタイム差が知らされる。1周ごとに0.5秒ずつ縮められている。このペースだと10周で追いつかれる。
50周目、朱里の後ろに坪江のマシンがせまってきた。だが、コーナーでラインを守っていれば早々には抜かれない。ストレートでは朱里の方が速い。サクセスウェイトの差は大きい。
58周目、1時間半経過。庄野と朱里はドライバー交代でピットインを果たした。庄野は相棒の大山にチェンジ。朱里はアルジと交代だ。これで2回のタイヤ交換と給油の義務を果たした。監督の山木はハードタイヤを選択した。残り90分を走りきらなければならない。それに燃費走行をしなければならない。アルジは口をへの字に曲げて微妙な顔をしていた。
80周目、全車が2度のピットインを果たし、男性同士のたたかいをしている。残り50分である。トップは早めのドライバー交代をした大山。前回は庄野がクラッシュしたのでノーポイント。優勝を意識した走りをしている。2位にアルジががんばっているが、燃費走行なので大山を抜く走りはできない。その後ろに坪江と大友がせまっている。T社4台のトップ争いで、2位争いが激しい。
115周目。残り1分。大山がラストラップに入る。2位争いがアルジと坪江でデッドヒートだ。第1コーナーで坪江がインをさす。アルジはアウトからラインを交叉させて坪江の前にでる。観客席は大盛り上がりだ。だが、ヘアピンで坪江に抜かれた。最終コーナーで勝負にでたが、タイヤがもう限界だった。コースアウトをしないように走るのが精一杯だった。だが、アルジは3位でフィニッシュ。前回の4位よりアップで上々の成績である。うれしい表彰台には違いない。優勝した庄野は涙目である。前回のクラッシュのことを思い出しているのだろう。初優勝の涙でもある。
朱里は表彰式後、すぐさま旅立ちである。来週はWECでのスパ6時間。ルマンの前哨戦である。小田が手ぐすねひいて待っている。第2戦のイモラを欠場しているので、久しぶりの再会である。
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