第四章 忌み火占い⑧

「ここは……どこ……?」


 目を開くと孤独を称えるようなうつくしい大地に立っていた。だが、大地が虹色に燃えている。静寂が耳に痛いが、身体を預けてしまいたくなる、そんな世界だ。


「人が死穢野と呼ぶこの地は、顕世と永世を繋ぐ境目。あなたの命は、ここにある」


 ラムラの姿をしたそれは、緑色に光る火の玉を大切そうにして掌に包み込み、こちらをうかがっていた。


「あなたは、だれ?」


 対して人間のラムラは、無傷な身体でそれと対峙した。


「わたしはあなたよ。古代神がつくった神の一柱。あなたがわたしを喚んだのよ」


「なら悪神?」


 それは薄く笑った。


「名前のないものに名前を与えたくなる人間は狂っている。わたしは本来、かたちのないもの」


「なら、ラムラの姿をするのはやめてくれないかな」


 それはラムラの肩越しに背後を見遣る。ジュネクが険の含む顔をして、偽りの姿をする神を見詰めた。


「欠片を持つ申し子ね。だから、なり損ないの人間が混じっているけれど、境目に迎え入れられた」


「あんたのなかの理屈は結構だ。さっさと永世とやらに還ってくれ。人の世界に神の介入は不要だ」


 今度こそ悪神は高笑いをした。随分と表情の豊かな神さまのようだ。圧倒的な存在感が胸の鼓動をはやらせ、圧迫する。


「人の力のみでは乗り越えられぬ運命を越えるために、わたしを喚んだのでしょう。主宰神に助力を乞うた古の時代のように」


 ラムラは拳を強く握りしめた。神の力があれば、神威があれば、あるいはこの戦場の崩壊を止められるだろう。だが、ラムラは神威がもたらす煉獄を誰よりも経験しているのだ。それが正しいとは思えなかった。


「そういうことか……!」


 ジュネクは音にならない声を上げた。


「これはラムラの心のなかでもあるんだ。君の迷いを、あれはついてくる。惑わされずにこたえを探すんだ」


 隣へ並んだジュネクはささやきかける。


 ラムラは、はっと我に返り考えた。考えた末、詰まりながらも口を開き言葉を紡ぐ。


「たとえ厳しい道であっても、わたしたち人間は自らの力で進まなければならなかった。過去、人々は神の力に頼ったときがあって、それが現在のかたちへと変遷していったのなら、わたしはそれが正しいとは思えない」


 信仰が人を救うこともあるだろう。だが、今のかたちでは支配されていると言える気がするのだ。


「人の運命は神さまが決めるものなのでしょうか。神さまがすべてを見通せるとしても、運命を決められてしまっては、それじゃあ人の尊厳も自由も裏切られているようなもの。自分たちの意志で生き、運命は自らの手によって我が物にするものだと信じています」


 信じたい、が正しい主張だった。


 ラムラの声は二重になって聞こえていた。ラムラの姿を模した神の声でもあったが、ラムラ自身の意志のある声だった。


「わたしは神の力には頼りません。この神威、お返しします」


 悪神は目を細めた。


「ならばその選択、見届けよう。だが、その神威はそなたに預けておく。そなたの魂はまだ神の力を求めているようだから」


 言い終えるや、渇いた熱風が喉を焼いた。


 悪神の掌にある火の玉が悪神の胸のなかへおさめられる。強い光と虹色の紅蓮が周囲を跋扈し、あっという間に二人を呑み込んだ。


「————かわいそうな流れ人。おまえの命の欠片はどこにある?」


 熱気が通り抜けるなかで、ジュネクの耳許に悪神は囁いた。


 思わず背後を振り返ろうとしたが、凄まじい迸りに視界を遮られて阻止されてしまう。


 二人は混乱と怒号が入り混じる戦場へと帰還した。

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