第一章 イルㇽの集落“シマ”⑦
「あんなこと言って、あの娘が変な希望の持ち方でもしたらどうするのさ。言葉ばかりの綺麗事を真に受けて、自己犠牲なんて門を叩いたらどうするつもりだ。もしそうなったら、まずあんたを怨むね」
話を終えて一足先にジュネクを伴って家を出るなり、空々しい響きでお小言を言われタサウエは目を細めた。
「ジュネク。私はね、人はどんな風にしても生きてゆけるものだと証明してみせたいのだよ」
思い込み、というのは時に残酷だ。こうでなければならない、という思考の檻から逃れることができなければ、生涯にわたり苦しむ。己を取り巻く苦しみから抜け出すためには、檻の壊し方を教える人の存在が必要なのだ。
私は、その摂理の先が見たい。
不自由な生活のなかに生きるイルㇽの者たちのように。
悪い神の烙印を押された少女のように。
あるいは……。
変わるか変わらないかは当人次第ではあるが。
人の不幸を支配しているものの多くは、それを凌駕する見えない事情による。生き方に差が生じるのも必至だ。
だが、同じであろうとする人間の言葉に惑わされる必要はない、とサウエは思うのだ。奪われたものを手に入れたい、と望む姿はうつくしい。その時が来れば、ラムラの正体だって明かすつもりだ。まだ、その時ではないだけで。
「自分の気持ちで動く人の姿ほど輝かしいものはないよ」
ジュネクが寒々しく鼻を鳴らすさまをチラリと横目で見やる。
「それはジュネク、おまえもだ。いつまでも私の側にいる必要はない。いつ裏切ってくれても構わないのだから」
今度こそ、ジュネクは耐えられないとばかりに腹を抱えて笑い出した。
「ぼくの行く末を識っているのだとするのなら、」
ジュネクは顔を上げてサウエを見つめる。弟の感情を失ったかのような色のない瞳に、ぞっと身の毛が逆立った。
弟が、一際平坦な笑みを浮かべて、言い放つ。
————それはめくらのばあやくらいのものさ。
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