第一章 イルㇽの集落“シマ”➂
緑火祭後の数日間、賊の襲撃から身を救われたラムラはイオの身を案じる暇も与えられず、高熱に苦しんだ。
食事が喉を通らず、せめてもの生命維持として僅かな水分だけが喉を通っていく。朦朧とする意識のなかで、ふわっとした甘みのある水が慰めになった。
全身の痛みに粉塵として悪夢までもが己の身を蝕む。悪夢として認識は出来ても、そこから抜け出すことは決してかなわず、傍観することを強要させられる。両親や姉、イオを神威で焙り殺す夢、お世話になった人たちまでもを巻き込んで燃やし尽くしてしまうのっぺりした顔のもうひとりの自分自身に対する抵抗を、ラムラは赫赫とした火炎に隔てられて処理される。
やめてと叫んでも無声の叫びにしかならない。そんなことは望んでいない。
だが、無表情のラムラにこちらの声は聞こえない。
嫌なことなんて山ほどあった。家族と引き離されてさみしい思いだってした。でも、誰かを傷つけずに済むのなら、どんな理不尽な対応にだって我慢できたのだ。
大きな変化なんて望まない。ささやかな自由があればそれで満足だ。
だってわたしは悪神だから。
いつしかラムラは大地を鳥瞰している。
空を飛べる鳥たちにとって大地に生きる人はさぞちっぽけな存在に映るだろう。ラムラの瞳にだけうつる〝頭のない鳥〟は、この世界をどう思って俯瞰しているのだろうか。
海の向こうからの使者ならこの神威を持って帰ってはくれないか。
あの感情に乏しい女人は幽暗に慨嘆した感情を持て余した末の姿だ。
————最低な逃げだ。
誰かが言っていた。誰だっけ。
わたしにだって、恐怖はあるんだよ。感情を味わっているんだよ。
気付けば地に足が着いている。
ラムラは躊躇いがちに歩き出す。
歩いて、歩いて、最終的にがむしゃらに走り出す。
その先に、三本のお下げ髪姿の女人がいた。
女人がこちらを振り返った。
その女人は、姉に似ている気がした。
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