飛梅伝説
藤泉都理
飛梅伝説
その時、私が見たのはきっと未来だった。
過去と決別し、新たな一歩を強く踏みしめるこの瞬間は、私の人生を変える分岐点なのかもしれない。
刹那的な浜風が後ろから前へ吹き抜けてゆく。
きつく結んだ髪と決意は私の一歩を強く後押しした。
水平線に沈む夕陽と夜空の星が混在する不思議な時間の狭間で、私は確かに息をした。
今日もまた同じ予知夢を見せられた私は、寝台の傍らに置いていた目覚まし時計を引っ掴むや床に叩きつけた。
「誰が。信じるか。こんな。こんな未来」
あの方が居ない世界に未練などない。
両手で掴んだ睡眠薬をかっ喰らって自殺を試みたはずだが、どうして私はまだ生きているのだ。
「あの方は、どうして、私を、」
真正面の大きな円い窓から見えるのは、白梅畑だった。
場所は違うが、かつて私もあそこに居た。あの中にただ佇んでいた。
ただの植物に過ぎなかった私をあの方は人間にした。共に歩きたいとの私の願いを汲み取って下さったのだ。
それから長い年月を共に歩んできた。
穏やかな日々だったのだが、突如として奪われた。
戦である。
魔法使いであるあの方は戦に招集された。私は逃げようと言った。戦のない世界に逃げようと必死になって迫った。だが、あの方は応じなかった。応じないどころか、私を邪魔だと言い捨てたのだ。見た事もないとても恐ろしい表情だった。聞いた事もないとても凍てついた声音だった。感じた事もないとても強い拒絶感だった。
もしかしたらいつ捨てようかとずっと考えていたのではないかと思ってしまった。
思っていた生物と違ったが人間にした手前、そうそう容易く捨てる事もできず、機をうかがっていたのではないか。
あの方が居たからこそ、生きて来られたと言ってもいい。
捨てられたのならば、死ぬだけだ。
あの方が背を向けて魔法の箒に乗って私の元を去って、どれほどの月日が経っただろうか。
その考えに至った私はあらゆる方法で私を殺そうとした。
だが、今日のように悉く失敗した。し続けている。
死ぬ事もできず、あのような予知夢まで見せられる始末。
過去と決別だと。
新たな一歩を強く踏みしめるだと。
そんな事をできようはずがなかった。
「早く朽ちてしまいたいのに」
私は民宿から飛び出して、仲間の白梅たちの元へと駆け寄った。
凍てつく風が吹いては凪ぐ中、それでも満開の花を咲かせる一本の白梅の幹に抱き着いて涙を流した。
「私を元の白梅に戻してくれ。できないのならば私から思考を奪ってくれ」
「デキナイ。オマエハ、ニンゲンニ、ナッタ。ソシテ、ニンゲンデ、イタイト、オモイツヅケテイル」
「そんな事はないっ!!!」
「イイヤ、ニンゲンデ、イタイト、ツヨク、オモッテイル。マホウツカイヲ、トリモドシタイト、ツヨクオモッテイル。ホントウハ、ジブンガイヤデ、ステラレタノデハナク、ナニカホカニ、リユウガアルト、オモッテイル。デモ、ソウデハナイトモ、オモッテイル。イヤデ、ステラレタノダトモ、オモッテイル。モウ、ニドト、アノヨウナマホウツカイヲ、ミタクナイ、カラ、コワクテ、アイニイケナイ。デモ、アイタイ。ニンゲンデイタイ」
「そんな事っ!!!」
体温が急上昇した私は、けれど、違うと言えず、白梅の幹から離れては、身体を丸め込ませて、声を殺して泣いた。
会いたかった。もう一度。もう一度だけ。
私が嫌で本当に捨てたのか。
他の理由があって私を捨てたのか。
理由を訊きたかった。
けれど、怖かった。
見た事もないとても恐ろしい表情を。
聞いた事もないとても凍てついた声音を。
感じた事もないとても強い拒絶感を。
あのようなあのお方の前にもう二度と立ちたくなかったのだ。
「アイニイケ。アイニイッテ、ソレデ、ハクバイニ、モドリタイト、オモッタノナラバ、モドシテヤル。カエッテコイ。オマエノ、イタ、バショニ、カエッテコイ」
「………」
突如として、景色が変わった。
白梅たちは姿を消えて、今まで踏みしめた事もない光景が四方八方に広がりを見せる土地に佇んでいたのだ。
たったの一人。
その時、私が見たのはきっと未来だった。
過去と決別し、新たな一歩を強く踏みしめるこの瞬間は、私の人生を変える分岐点なのかもしれない。
刹那的な浜風が後ろから前へ吹き抜けてゆく。
きつく結んだ髪と決意は私の一歩を強く後押しした。
水平線に沈む夕陽と夜空の星が混在する不思議な時間の狭間で、私は確かに息をした。
(2025.2.24)
飛梅伝説 藤泉都理 @fujitori
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