第19話 秋月 蓮-あきづき れん- ③

俺、秋月蓮はモテる男だった。

イケメンで社交的で、誰とでもすぐに打ち解ける。

女子からの人気は高く、どこに行っても注目される存在だった。


――そう、思っていた。

でも、それはあくまで「表面上のこと」にすぎなかった。


透花と付き合うまでは、自分が周囲の中心にいることを当たり前だと思っていた。


でも、透花は「優等生」だった。

先生からの信頼も厚く、学業も優秀で、生活態度も申し分ない。

誰もが彼女を「完璧」だと評価していた。


そして、蓮はその「完璧さ」に圧倒されていった。


彼女と一緒にいると、自分の「浅さ」が浮き彫りになる。


成績は普通、努力したこともない。

周りからチヤホヤされてきたけれど、「本当の実力」があるわけじゃない。


——俺は、透花にふさわしいのか?


最初はそんなこと、気にしていなかった。

でも、付き合いが続くにつれ、透花は勉強や将来のことを「当たり前」のように話していた。


「次のテスト、ちゃんと勉強してる?」

「将来のこと、考えてる?」



何気ない会話だった。

でも、それが俺にはプレッシャーだった。


透花は決して強制していたわけじゃない。

ただ「普通に話しているだけ」だった。


——なのに、その「普通」が、俺には息苦しかった。


付き合っているうちに、俺は「透花といること」に疲れ始めた。

そんな俺の心の隙間に、陽菜が入り込んだ。


陽菜は、何も求めなかった。

俺の成績にも、将来にも興味がなかった。

ただ、「今の俺」をそのまま受け入れてくれる存在だった。


陽菜といると、劣等感を抱く必要がない。

何も考えずに、ただ笑っていればよかった。


だから、俺は自然と陽菜に惹かれていった。

透花と別れたとき、俺はほっとした。

「解放された」とすら思った。



——でも、透花が死んだ。


彼女の死後、マスコミに囲まれ、「別れが原因では?」と問い詰められる。


「透花を捨てて、陽菜に乗り換えた男」

「自殺の原因は秋月蓮」


そんな言葉がネットで飛び交う。


「違う。俺のせいじゃない。」

何度もそう思った。

でも、心の奥底には「罪悪感」がこびりついて離れなかった。


陽菜は泣いていた。

「蓮のせいじゃない。私のせいなんだよ。私が親友だったのに裏切ったんだ。それでも私は蓮が好きだったから。」



蓮は、その言葉を聞いても、何も言えなかった。

透花が死んだのは、本当に陽菜のせいなのか?

それとも、自分のせいなのか?


誰のせいでもないのかもしれない。

いや、そんな都合のいい考え方をしていいのか?


「……俺、陽菜と付き合ったのは間違いだったのかな。」


陽菜が泣きそうな顔で俺を見つめてくる。

「透花が死んで、ずっと苦しかったの。だから……蓮がそばにいてくれて、本当に救われたの。」


それでも、陽菜と付き合っても、透花の死が頭を離れない。「楽しく」過ごそうとしても、陽菜と手を繋いでいても、ふとした瞬間に思い出す。


透花の死が、自分の心を支配していた。


そしてついに、俺は陽菜に別れを告げた。


----


透花と付き合ったのは、ただ彼女が「クラスの優等生で、美人だったから」。


自分のステータスとして、手に入れたかっただけだった。でも、実際に付き合ってみると、透花は「完璧すぎた」。


自分と並ぶと、その差がはっきりと見えてしまった。自分は、ただ女子にモテるだけの男でしかなかった。


透花といると、それを突きつけられる気がして、だんだんと苦しくなった。

だから、陽菜に逃げた。


陽菜は、自分を何も否定せずに、ただ一緒にいてくれた。これまで、ずっと自分を受け入れてくれる女子に逃げて、それを繰り返してた。


陽菜と別れたのは、そんな自分がとてつもなく情けない人間に思えてきたからだ。


「俺のせいじゃない。」

そう思いたかった。


透花の死に、俺は関係なかったのか?

そうじゃないなら、俺は何をすべきだったのか?


わからない。

答えが出ないまま、俺はただ空を見上げた。


変わらなきゃいけない。それだけは、わかる。

それが透花が残した遺言な気がしてきた。

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