第13話 楠瀬 陽菜-くすのせ ひな- ②

陽菜は、ぼんやりと机に突っ伏している。


顔を伏せたまま、何も言わない。

黒板に書かれた文字を見つめることもなく、ただ、机の上に広げたノートの端を指でなぞっていた。


「ふふ……もっと堂々と蓮と付き合えると思った?」


私は陽菜の顔を覗き込む。

けれど、その瞳は虚ろだった。

これで幸せになれると思った?


——でも、どう?

蓮と陽菜を繋ぎ止めるどころか、二人の間に

深い溝を作った。


蓮は、透花の死後、少しずつ変わっていった。

無邪気に笑うことが減り、口数が減り


そして——陽菜に別れを告げた。


---


陽菜は、その日から何かが壊れたように見えた。

学校に来ても、誰とも話さず、ひとりで座っているだけ。


筆箱からシャーペンを取り出しては、すぐにしまう。カバンの中を覗いては、すぐに閉じる。


まるで、そこに何かを探しているみたいに。

「親友を裏切ってまで手に入れた恋だったのに、結局、何も手に入らなかったね?」


陽菜の手が、ぎゅっとシャーペンを握る。

白い指先が震えている。


私は、そっと耳元で囁いた。

「ねえ、陽菜。そんなにつらいなら、自殺でもしてみる?」


---


彼氏の支えもなくなった陽菜は、徐々に憔悴していった。


陽菜は、静かに橋の上に立っていた。


ここは、透花が飛び降りた場所。

あの日の夜、彼女が選んだ最後の場所。


「ふふ……同じところを選ぶのね。」


私は、橋の欄干の上で微笑む。

陽菜のすぐ隣に。


陽菜は、しばらく下を覗き込んでいた。

水面は静かに光を反射している。

まるで何も知らないみたいに、ただ揺れている。


「生きていても、何もない。」

「私が裏切ったんだ——せめて、償いだけでも。」


陽菜の指が、欄干をきつく握る。

震えている。


私は、彼女の耳元で囁く。

「ねえ、陽菜。謝りたいの?」

——だって、それしかもう残っていないものね。


陽菜はゆっくりと足を動かす。

欄干に片足をかけて、バランスをとる。


「透花……」


消えそうな声が、夜の闇に溶ける。


——その瞬間、声が響いた。

「陽菜、やめて! 死なないで!!生きて!」


陽菜の体が、びくっと揺れる。

——それは、私の声ではない。


彼女の足が止まる……

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