片想いでも構わない
蠱毒 暦
無題 この想いは誰であろうと穢せない
とある昼下がり。まだ平穏だった日の事。
「なあ、
「写真部だったんだ…学年も部活とかも違うのに…最近、よく僕に話しかけてくれる橘さんがどうかしたか?」
「え!?いや、何でもない…何でもないんだ。」
……
…
それ以降…僕は橘ちゃんについての話をするのをやめたんだっけ。多分だけど、僕は橘ちゃんが取られるのが嫌で、怖かったんだろうな。
当時の僕は、橘ちゃんに対して、何もアプローチも出来ない…チキン野郎だったから。
「……あ。」
さっきの攻撃で少し意識が飛んでいたらしい。
「チッ…行かせねぇよ!!!」
僕は扉を壊そうする野郎を、二丁拳銃で仕留めると、発砲音でゾンビ共が一斉にこちらに振り返った。
「いい…それでいい。僕は今、イライラしてるんだ。」
それにしても懐かしいな。あの頃は照も生きてて。けど…照は校門前で橘ちゃんを庇って、ゾンビ共に食い殺された。
世界が一変し、絶望の淵にいた橘ちゃんを慰めるのは、僕じゃなくて…照。お前がするべきだったんだよ。何であんな所で死にやがった?
もう、研究所の非常出口の扉からは橘ちゃんの声は聞こえない。そうだ。僕はついさっき、大好きだった君を初めて拒絶した。
「…ぺっ。」
口に含んでいた血を吐き出した僕は、目の前に広がる、ゾンビ共と、それを指揮している黄色いローブを羽織る変異種…個体名称『助手』を見据える。
嗚呼、橘ちゃんのあの悲壮な表情とか、思い出すだけで心臓が抉れそうになるくらいに痛い。その痛みに比べれば…こんなの些細なものだ。
「はっ。」
僕は弾が残った二丁拳銃を懐に仕舞い、近くに落ちていた鉄パイプを2本、手に取った。
生きたいなんて思わない。僕は橘ちゃんと結ばれるべきじゃない。僕が今までこうして生きていた理由は、先に雑魚死しやがった僕のたった1人の鈍感な親友の代わりを立派に全うする為。
橘ちゃんを生かす為なら、僕みたいな照の代理品は、喜んで…華々しく散ってやる。
僕は注意をこちらに引きつける為に、ゾンビ共の群れへと突貫した。
「その不細工な頭借りるよ。」
「ゴエッ!?」
ゾンビの頭を踏みつけて飛び上がり、その勢いのまま、鉄パイプを距離を取っていた助手の胸に突き刺す。
「——!!!」
「…っと。」
もう1本を首に刺そうとするが、周囲にいたゾンビ共に妨害されそうになり、僕は鉄パイプを胸から引き抜き、距離を取って挑発的に笑う。
「下手くそだが、ちょっと剣舞に付き合いなゾンビ共。」
「先…輩…キ…ル…kill…kill……Killing!!!!」
受けた傷を即座に再生させた助手がゾンビ共に指令を出す。
「僕の溢れんばかりの橘ちゃんへの想いと、お前らの殺戮欲…どちらが上か勝負しようか!!!!」
僕を殺すべく殺到する100を超えるゾンビ共に、今までの橘ちゃんとの思い出を振り返りながら、笑って鉄パイプを振り下ろした。
……
…
「ハッ…残念だったな。やっぱり僕の想いの方が、上だった…片想い舐めんなよ。」
ゾンビ共の死骸の中…喉に折れて先端が鋭くなった鉄パイプが深々と刺さり、とうとう動かなくなった助手を見て、自然と右手に持っていたくの字に折れた鉄パイプを床に落とした。
身体中にある噛み傷に加え右腕はなく、今でも、際限なく血が流れ続けていて、抉られた左脇腹からは骨や臓器が見える。どう見ても死に体…だが。
「まだやるなら付き合うよ。僕が死ぬまで…何度でも。」
「生憎…そのつもりはない。我輩は暴走していたサンプルを回収しに来ただけだ。」
どこからか現れた、既に逃走していた筈の…こんな世界に変えた全ての黒幕は、助手に刺さっていた鉄パイプを引き抜き、その亡骸を丁寧に抱き抱えた。
「ふん…てっきり、喉ではなく顔でも突き刺すと思っていたが。」
「ゴホッ…こうしてリスクを冒してでも、わざわざ回収するくらいに、大事なんだろ…その人。」
「…何故そう思った?参考までに聞いてやろう。」
「さ…さあね。でも何となく分かるよ。もし、その人じゃなくて、橘ちゃんだったらって考えたらさ…僕は間違いなくそうする。その相手を1分1秒も生かさない。」
男は何も言わない。
僕は左手で懐から二丁拳銃を取り出そうとして、二つとも床に落としてしまった。
「…何のつもりだ?」
「?…あぁ。これを…橘ちゃんにって。タイミングは、何処でもいい。直接じゃなくてもいいか…ら、渡しておいて…くれない…か……」
「は?お前は何を…っ。」
全てをやりきった安堵感で、力が抜けて血溜まりとゾンビ共の死骸の上に倒れる。
(沢山、使ってくれるかなぁ。あわよくば、使う度に僕の事を思い出したりとか、悲しんだりとかしてくれたら…嬉しいなぁ。なんてね。)
この10ヶ月。
こんなクソッタレな世界でも…橘ちゃん。君と一緒にいられただけで……僕は幸せだった。
ああでも…成人した照と橘ちゃんが式を挙げて、僕がデザインした花嫁衣装を着ている姿を見られたら…もっと幸せだったかもしれない。
(なあ、
……
——翌朝。外では雨が降る中、研究所から離れた場所に位置する民家の薄暗い一室で目を開けて、体を起こす。
(……ぁ。あ、ぁあ…)
私の視線の先…机の上に。
「ま……牧田…くんっ…」
酷く血で汚れているが確かにそれは、牧田くんが愛用していた、黒と銀色の二丁拳銃だった。
了
片想いでも構わない 蠱毒 暦 @yamayama18
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