第3話 - ポーションも万能じゃない

 豊富な資源のネクタト王国にはその資源を取引する商人たちの姿が多い。王都の広場にある大きな市場では大振りの果物や野菜が売られており、非常に活気づいている。エクシールのような獣人と呼ばれる亜人種は人数が少ないが、王国の生活に普通に溶け込んでいる。市場の店主をやっている人の中には亜人種の店主もいた。

 市場を歩いていると、道端に布を広げて商品を並べている商人に声をかけられた。

「兄ちゃん、嬢ちゃんちょっと見ていかんか」

 商人が売っているものは、エクシールがラムに作ったポーションと同じようなものだ。ガラスの容器に入っておらず、何かの植物の中身をくり抜いて入れ物にしているようだ。

「この俺が作り上げたポーションだ。傷どころか病気すらすぐに治せるような優れもんだぞ。一つにつき銅貨五枚だ。さぁ買ってかんか」

 リキュアは商人の男性の商談に飲まれること無く、淡々と断りを入れる。

「悪いな、間に合ってるんだ」

「じ、嬢ちゃんはどうだい?」

「私も……今は」

「そうかい。また足りなくなったら俺んとこ来いよ!」

 商人の男性は潔くリキュアたちを諦めて、リキュアたちの後ろにいる人たちに商談をふっかけ出した。その商売根性にリキュアは少しだけ感心する。

 売れないと分かればその客は切り捨てて新しい客を勧誘する。いつまでも引き留めている意味が無いからだ。

 それにここは王都の市場だ。人なんかごまんといるため、待っていればすぐに新しい人が通りかかる。

「あのポーション、リキュアさんはどう思いました?」

「粗悪品だな。辛うじて薬草の中に入ってた魔素は感じ取れたが、均一に混ざってない」

「私もそう思います」

 少し進むと——

「どうよこのポーション! 薬草三日間煮詰めて作った代物だよ!」

 おばさんっぽい女性の商人に話しかけられた。

「三日間か……」

「おっ、お兄さんお目が高いね」

 リキュアはおばさん商人の店の前で立ち止まり、三日間煮詰めたポーションを手に取って眺める。これもガラスの容器に入っていなかったが、どこかの鍛冶士が作ったような鉄っぽい入れ物に入っていた。

「そう、三日間。薬草の葉が完全に溶けるまで時間を費やしたんだよ。今ならこのポーション、銅貨七枚で買えるよ?」

「……悪い、今家に買い置きしてあるのがあるんだ」

「そうかい、無くなったら私のとこまで来なさいよ!」

 おばさん商人もリキュアたちを無理矢理引き留めること無く、呼び込みを再開した。

「リキュアさん、あのポーション……」

「さっきのポーションよりはまだいい。三日間も煮詰める必要はあるのかって思うけどな。そんなに煮詰めたら薬草の治癒成分ごと蒸発していくだろ。仮に濃縮されていたとしても顔を歪める程苦いはずだ」

「苦いのは嫌です……」

「それに」

「それに?」

「錬金術師がポーションなんか買うか? 買うくらいなら作ればいいだろ」

「ふふっ……それもそうですね」

 少し歩くと良い雰囲気の飲食店を見つけたので、オープンテラスの席に座って昼食を取る。

 リキュアは王都外の畑で採れた新鮮な野菜のサラダに果物のパンサンド。エクシールは猪肉のステーキとパン。

 ジュオォ……と熱い鉄板の上で持ってきたステーキは猪肉の脂が踊っていた。肉の香ばしい匂いがリキュアの鼻をそそり、食欲を促進させる。

「いただきまーす!」

 リキュアも小声で「いただきます」と言い、サラダを一口。野菜の瑞々しさとドレッシングの濃い味が混ざり合う。ゆで卵がいいアクセントになっている。

「んー! 美味しいですー!」

 エクシールの方は猪肉に豪快に齧り付き、幸せそうな笑みを浮かべている。尻尾も幸せそうに左右に揺れていた。服に脂が付かないよう、リキュアは魔術で見えない障壁を張っていた。

 獣としての本能が残っているらしく、エクシールの好物は肉。特にステーキが大好物だ。一方のリキュアは肉がそこまで好きではなく、野菜や魚を好んで食べる。

 お互いに食べ進め、サラダもステーキもパンも机上から無くなり、食後に二人は紅茶を頼んで口直しをしていた。

 ほんのりと広がる甘いベリーの味と、少し鼻にツンとくるミントの香りがする紅茶だ。

 紅茶を一口啜ったエクシールは、リキュアに真面目な顔で話しかけた。

「リキュアさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「ん? 何だ?」

 リキュアも紅茶を飲んでおり、エクシールの言葉を聞いてティーカップを置く。

「ちょっと気になってるんです。リキュアさんがラムさんに毎回ポーションを渡す時に『いつものこと、忘れるな』って言ってると思うんですけど、『いつもの』って何のことですか?」

「あれ? 俺、エクシールにそのこと教えてなかったか?」

「多分……聞いたことも無いので。後はエクシールが忘れてるくらいしか……」

「そうか……それなら今ここで教えようか」

「お願いします」

 エクシールは丁寧にぺこりと頭を上げてリキュアの講義に耳を傾ける。

「じゃあまずは復習な。ポーションって何だ?」

「『傷を治す癒薬』です」

「その通り。古来までは薬草を食べたり、薬草の液を搾り取ったりして怪我を治してたんだが、錬金術が広まってからは『水と掛け合わせて手軽に使えるようにした薬』として広まったんだ。その頃からその薬を『ポーション』と呼ぶようになったんだ」

「何で水を使うようになったんですか?」

「それは俺にも分からん。身の回りにあって手軽に飲めるものって言ったら水しか無かったんだろうな」

 今の錬金術ではポーションは薬草と混ぜ合わせる際『薬草の効能を他の物質によって邪魔されない純水を使用する』とされている。不純物(魔素を除く)が入っている水で作ったポーションは薬草の効能が落ちるどころか、元の薬草より効果が薄くなってしまうものもある。

「じゃあその頃のポーションってあんまり傷を治せなかったんですね」

「多分な。今の時代、ポーションは錬金術の基礎中の基礎だ。薬草の成分を抽出、均一に攪拌、純水との調合、どれを合わせても今後の錬金術の基礎になるものばかりだ。だから錬金術師はポーションが作れたことによって初めて『錬金することが出来た』と言えるんだよ」

「エクシールもですか?」

「そうだな。エクシールもここ何回かポーションを作っただろ? エクシールもちゃんと『錬金することが出来ている』んだ。少しは自信を持ってもいいと思うぞ」

「はい」

 尻尾が左右に揺れる。『錬金することが出来ている』と認められたことが嬉しいのだろう。

「で、ここからがエクシールの知りたいことだ。エクシールの目の前に腕をナイフか何かで切られた人がいたとする。エクシールはポーションをどのように使う?」

「それは、その人の傷口にポーションをかけます」

「ま、そうだな。患者の傷口に直接ポーションをかけるのは今じゃ主流だ。だって、あっという間に傷口が塞がるんだからな。エクシールも俺と出会った時に体験しただろ?」

「あの時はちょっと染みましたけど、あんなにあった鞭の痕が嘘みたいに無くなったので、魔術を越えた奇跡かと思いました」

「おいおい、そこまで大袈裟な……」

「でも凄かったのは事実なんですもん!」

 リキュアにとっては当たり前な効果だったのかもしれない。自分にとっての当たり前は、他人にとっては初めての経験だと考えると、エクシールが驚くのも無理は無い。

「それはさておいて、エクシールはどうやってポーションが傷口を塞いでいるか考えたことあるか?」

「え……いや……そう言われてみれば、どうやって塞いでるのかな……? 考えたことも無かったです」

「だろうな。普通の人はそんなこと知らずに使うだろう」

「どういう原理なんですか?」

 リキュアは紅茶を一口飲んで間を置いた後、丁寧に説明した。

「傷口に直接かけることで、薬草の治癒成分が皮膚の細胞を活発化させて、急激な細胞分裂をさせるんだ。それにより傷口には新しい皮膚が出来て傷が塞がる」

「へぇ……じゃあエクシールのあの傷も細胞分裂で治ったんですね」

「半分だけな」

「は、半分だけ……?」

「実際は半分しか治ってない。というか『見かけ上治ったように見せている』といった具合だ」

「え、ええ……?」

 エクシールの耳がしゅんとなったようにへたってしまった。

「悪い、ちょっと難しかったか。うーんと……どう説明すればいいものか……」

 リキュアは今座っている場所から周りの風景を観察し、説明に使えそうなものが無いか探す。

「エクシール、あそこの橋を例えて説明するぞ」

 リキュアが指したのは運河を両断する石畳の橋だ。多くの馬車や馬台、通行人が通り、橋の下を水運商会すいうんしょうかいの舟が通り過ぎていく。

「治ったばかりの表面の皮膚が、馬車や馬台が通ってる橋だ。だけどあれだけじゃ橋は成り立たないよな? 何があれば橋は成り立つと思う?」

「えっと……土台ですか?」

「そうだな。橋を支えるものが無ければ、あの橋は石畳が崩壊して運河に落ちているところだ。それはポーションで治したばかりの皮膚も同じこと」

「あっ、何となく分かりました! 治したばかりの皮膚には土台が無いから『見かけ上治ったように見えている』んですね!」

「正解。もっと厳密に言うのなら、治療したての皮膚は完全な細胞分裂による土台作りが行われていない。治したように見せているだけなんだから、激しい運動や戦闘をすると取り繕った皮が剥がれる。つまりは傷口が開いてしまうんだ」

「だからなんですね。ラムさんは王宮兵士で、いつも訓練や仕事をして体を動かしてるから、傷口が開かないためにあまり動かさない方がいいと」

「その通り。ポーションは何でも治せるように見えて、実はちょっと使い辛い。あくまで応急処置用ってところだな」

「なるほどです。勉強になりました」

 紅茶を飲み干し席を立つ。

「さて、戻るか」

「はい」

 会計を済ませ、運河の傍を沿って歩く。

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