第2話 - ポーション作りのお仕事
「それで、その傷は?」
「例の盗賊の残党狩りでね。リーダー格も捕まえたし、王国領から出た形跡は無いから、多分全員捕まえたでしょ」
「それはご苦労さん」
エクシールの件で腸が煮えくり返ったラムが兵士長に打診し、盗賊の残党狩りが行われた。元々、この盗賊はネクタト王国内で度々悪事を繰り返していたため、許可はすんなり下りたらしい。
「だけど、ちょっと捕まえた盗賊の数が少ないのよね……」
「変装して王国領を出たとかじゃないか?」
「そうかな……取り調べた後、また確認してみる」
その方がいい、と軽く助言をした。
「それは置いておいて、はいコレ」
ラムは毛皮の鞄を開けて、土が付いた草をカウンターに取り出した。
それはリキュアがポーションを作る時に使った薬草と同じものだった。
「少し見る」
「どーぞ」
リキュアはラムが取り出した薬草を手に持ち、まじまじと観察した。採取日がいつなのか分からないが、葉の先端が少し萎れている。葉の色も鮮やかな緑とは違って、ほんの少しの黒を混ぜた緑のような色合いだ。
「これくらいなら……作れるか。葉が少し萎れてるから、効果はいつものより若干落ちるかもしれないが、それでもいいか?」
「いいよいいよー」
「本数は? 五本くらいか、この薬草の本数なら」
「じゃあ五本で」
「分かった。少し待ってろ」
「はーい」
ラムは錬金メディルの常連だ。王宮兵士の仕事で事あるごとに怪我をして、薬草を持ってきてはリキュアにポーションを作って貰って怪我を治している。毎日とまでは言わないが、三日に一回はほぼ必ずポーションを作りに来る。
店の奥ではエクシールがまだ髪型を整えていた。銀色の鏡に自分を映し、櫛や水を使ってくしゃくしゃになった髪と耳を戻そうと頑張っている。このままそうさせてもいいが、仕事が入ってきたので、申し訳無いが一時中断して貰うしかない。
「エクシール、仕事入ってきたぞ」
「あ、はい」
髪と耳を手で押さえて確認しつつ、リキュアと一緒に奥にある工房へ。
錬金メディルの奥は錬金工房となっている。錬金メディル自体がリキュアとエクシールの自宅なのでこの工房はプライベート空間だ。カウンターから奥が見えないよう魔術で細工してある。
工房には木製の机が数台に、道端に落ちている石に含有している珪素から錬金したガラス道具がある。このガラス道具はリキュアの自作だが、木製の机は購入したものだ。
錬金用に貯水されている水をガラスのコップに移し、木製の机の上に薬草と一緒に並べる。このコップはポーション製作用のコップなので、普通のコップと比べて二回りくらい大きい。
「さて、それじゃあ作ってみな」
「はい」
本来はリキュアが作るのだが、ポーション製作は錬金術師にとって基礎中の基礎だ。魔術が使えるエクシールも何回かポーション製作をしてきて、リキュアと同等の品質のものを作ることが出来るようになってきた。そのためポーション製作はエクシールに任せようとリキュアは決めたのだ。
「【清めよ浄化】」
エクシールが魔術を唱えて、ガラスコップ内に魔法陣を生み出す。魔法陣は水の中で回り出して、数秒後に儚く消えた。見た目は何も変わっていないただの透明な水だが、魔法陣の回転により魔素を除く不純物が全て取り除かれ、この水は水素と酸素しか入っていない純粋な水、
「リキュアさん、どうですか?」
エクシールはガラスコップをリキュアに差し出し、リキュアは純水を確認する。
数秒間唸ったリキュアは、エクシールにガラスコップを返した。
「合格だ。上手くなったな」
「えへへ……」
純水は錬金術をする上で欠かせないものである。純水を使う場面は主にポーション類の製作、他物質との錬金時の触媒、錬金素材の洗浄などである。ネクタト王国において飲料水は豊富な地下資源を生かした井戸水を使っている。けれども、井戸水でも細菌類や土の微粒子が紛れていることもあり直接の飲用には向かない。一般家庭での飲用時は必ず煮沸消毒をし、布で濾過をしてから飲むことが推奨されている。
リキュアから合格が出た純水で薬草に付いている泥を洗い落とし、根を引きちぎる。
「そうだ、これも入れておこうか」
リキュアは工房の棚の引き出しからミントの葉を数枚取り出した。エクシールが作った純水でミントの葉を洗う。
「リキュアさん、ミントって要るんですか? ラムさんそんなに大きな怪我してるように見えませんでしたけど」
「要らんだろうな。エクシールのポーションでも問題は無いだろうし」
「じゃあ……」
「俺からの労いって感じだ。ミントには鎮痛作用の他に鎮静作用もある。爽快な香りで気分でも落ち着かせて貰おうかなと思ってよ」
「へぇー……そうなんですね」
普通の怪我であればミントの調合は必要無いのだが、筋肉や神経まで切れるくらいの大怪我、骨を折る大怪我の場合はミントの鎮痛作用が生きてくる。さらに薬草の治癒効果も高めてくれる効果もあるため、大怪我の場合はミントの調合が欠かせない。
薬草の葉とミントの葉をガラスコップの中に入れ、もう一回魔術を唱えた。
「【混ざれよ調合】」
再びガラスコップ内に魔法陣が出現し、高速回転して渦を発生させる。薬草とミントの葉も渦に巻き込まれ、魔法陣の回転によって葉がどんどん細かくなっていく。微粒子レベルにまで刻まれた薬草はもう目には見えない。いつしかガラスコップ内の液体は透明から薄緑色になり、魔法陣も回転が弱まって消えていった。
「どうですか?」
「うーん……」
薄緑色に変化したポーションを観察するリキュア。その様子を見ているエクシールの心臓は緊張でドクドクと脈打っていた。
「これも合格だ。品質も上々だな」
「やった!」
エクシールのポーション製作は何回か行ってきているが、まだ十回にも満たない。そんな少ない時間の中でこれ程の品質のポーションを作れるのは、エクシールには才能があるのだと思わされる。
魔法陣は回転して薬草やミントの葉を木っ端微塵にする以外にも役割がある。それが薬草やミントの葉、純水に含まれる魔素の制御だ。薬草やポーションが傷を癒すのは魔素がそれらに含まれる治癒効果を手助けしているからである。魔法陣が魔素の量を調整することで、品質が良く効果が高い品物が作れるのだ。
リキュアは細長いガラスの筒を五本用意し、エクシールが作ったポーションを筒の中に入れる。最後に筒を木で作ったコルクで閉めれば完成だ。
「よし、これで完成だ。お疲れさん」
「…………」
少し照れているのか、尻尾が何かを強請るように動いている。
リキュアはエクシールが何を求めているのか察しが付き、右手でエクシールの頭を撫でた。整えた髪が崩れないように。
「……んふふ……」
喜んでいることが尻尾の動きを見れば丸わかりだ。
数秒間撫でると、リキュアは「これ渡してくるから、片付けよろしくな」とエクシールに言って店側の方へ戻った。
店の方ではラムが退屈そうに備え付けてある椅子に座ってぼーっとしていた。
リキュアが戻ってくると椅子から立ち上がってカウンターに手を置く。
「ほら、お望みのポーションだ」
「ありがと」
リキュアが何も言っていないのに、ラムはカウンターに普通の銅貨より一回り大きめの銅貨を二枚取り出して並べた。
「これでいい?」
銅貨には普通の大きさの銅貨と中銅貨、大銅貨の三つがある。
銅貨一〇枚が中銅貨一枚と同じ価値で、銅貨一〇〇枚が大銅貨一枚と同じ価値だ。
市場で出回っているポーションが銅貨四枚で取引されている。今回は五本のため、銅貨二〇枚、中銅貨二枚が必要になるため適切だ。
このポーションは中にミントを加えているため、銅貨五枚くらいの価値があるのだが、それは言わない方がいいと思い、ラムには伝えない。ミントはサービスのようなものだからだ。
「毎度あり。いつものこと、忘れるなよ」
「分かってるって。エクシールちゃんにもよろしく言っておいてね」
ラムはポーションを毛皮の鞄にしまうと、手を振りながら店から出て行った。
リキュアは背と腕を伸ばして疲れを取ると、エプロンを外して壁の出っ張りに掛ける。
「エクシール、一旦店閉めて昼食いに行くぞ」
「はーい」
エクシールもリキュアの隣の出っ張りにエプロンを掛ける。
リキュアは硬貨が入った鞄と財布を持ち、青銅の鐘を「行ってきます」の合図にして、エクシールと一緒に外に出る。外の扉の前に「外出中」の看板を立てかけておき、温かい昼時の王都へ二人は飛び出した。
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