第17話

 氷花が王城に来てから二月が過ぎました。


 王様の頼みを聞き入れてめでたく氷花は婚約者になります。その代わり、王妃としての教育を受けなければならず、忙しい日々を送る事になりました。

 氷沙も氷花を応援しながら侍女として仕事にまい進する日々です。王様は氷花だけをお妃にすると周囲に言っていました。あさぎともえぎもこれには賛成です。

 そんなこんなで日々は過ぎていくのでした……。


「氷花様。こんな所におられたのですね」


 氷沙がため息をつきながら言います。氷花は人目につかない庭園の一画でぼんやりと地面に直接座っていました。


「……氷沙」


「氷花様。お妃教育が嫌なのはわかりますよ。けどお部屋から黙って出るのはいけません」


「わかってはいるの。風藍様が良くしてくださるのは」


 そう言って氷花は顔を両手で覆いました。氷沙は黙って次を促します。


「……私ね。村に帰りたいわ。ここにいると息が詰まってしまいそうで。誰もかれもが私に王妃になる事を期待している。時々、押しつぶされると思うこともある」


「……氷花様」


「これではいけないのもわかっているわ。けど。私にどうしろって言うの。ついこの間までは普通の村娘だったのよ。いきなり王妃だなんて言われても困るわ」


 氷沙は氷花の肩に手をそっと置きました。そうせずにはいられなかったのです。自分達は何をしていたのだろうと悔しく思いました。考えてみれば、氷花はまだ十八歳で若い娘です。いきなり王妃になれと言われても戸惑ってしまうのは仕方のないこと。それに思い至らなかったというのはせめられてたとしたって文句はいえません。


「……氷花様。わたしも今まで気づかずにすみませんでした。そりゃあ、悩みますよね。王妃様となったら責任重大ですもの」


「……氷沙」


「わたしは氷花様の代わりにはなれませんけど。その重荷を一緒に背負うことはできます。もしまた、悩むことがあったら。いつでもわたしにおっしゃってください。お聞きしますから」


「……そう。それは心強いわね」


「ええ。さ、お部屋に戻りましょう」


「ありがとう」


 氷花が小さく呟くのに氷沙は笑顔でこたえます。二人は手をつないで王城の中にもどったのでした。


 次の日から氷花は王妃としての教育に力を入れ始めました。それからはめきめきと彼女はいちじるしい成長を遂げます。優雅で洗練された所作、いつでも浮かべることができる笑顔。それにすぐれた頭脳にと王妃に求められるものは多いのですが。それを一つずつ身につけていく氷花に周囲は目を見張りました。風藍も例外ではありません。氷花の進歩に驚きつつも嬉しくも思っていました。


「……あさぎ。氷花殿は最近、変わったな」


「それはわたしも思いますね」


「まあ。いいことではあるんだが」


 ぽつりと風藍は呟きます。あさぎはいつもと違う彼の様子にどうしたのだとうかと思いました。


「……へいか?」


「氷花殿が王妃になる事を前向きに考えてくれるのは嬉しいんだ。けど無理をしていないかと心配でな」


「そうでしたか。確かにそれはそうですね」


 あさぎがうなずくと風藍は苦笑いをしました。


「まあ、きゆうであってほしいんだが。氷花殿に何かあったら。父君に殴られる」


「……ありえますね。あの父君だったらやりかねません」


「あさぎは会ったことがあったな。それはそうと」


 風藍が話題を変えたのであさぎは片眉をひょいと上げます。


「どうかしましたか?」


「ああ。もえぎがいないと思ってな」


「彼は今日は。恋人と逢瀬を楽しんでいますよ。やっと休暇が取れたと昨日に喜んでいましたしね」


 恋人という言葉を聞いて風藍は驚きました。そういえば、もえぎにはつきあい始めて一年になるという恋人--女性がいるとあさぎから聞いていますが。確か、王城の女官で雷華(らいか)という名前だったと思い出したのでした。


「ふうん。もえぎの恋人か。遠目では見たことはあるか」


「ああ。わたしもそうです。けど。我が妻にも最近は会えていません。へいか、今日は早めに帰ってもよろしいですか?」


「……それはかまわん。あさぎの奥方は三人目の子が生まれたのだったな」


 そう言うとあさぎは柔らかく微笑みました。子が可愛いくて仕方ないと言わんばかりの表情です。


「ありがとうございます。早くへいかも氷花様と仲良くなれたらいいですね」


「わたしもそう思うよ。あさぎ、奥方にもよろしく伝えてくれ」


「わかりました。伝えておきます」


 あさぎは頷きます。その後も仕事をしながら二人は話に花をさかせたのでした。

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