第16話
氷花は王城でりょうようする日々を過ごしていました。
侍女のうち、氷花と年と近い氷沙(ひすな)という少女とは打ち解けるのが早いのでした。氷花は手首と足首にある痣に効くというこう薬を貼ってもらいながら氷沙と話します。
「……氷沙はいろんな事を知っているのね」
「いえ。あたしは知っていると言ってもこの都のことくらいです。侍女長にはまけます」
「ふふっ。謙そんしなくてもいいわよ。けどいつもごめんなさいね。こう薬を張るくらいだったら自分でもできるのだけど」
「あたし達にしてみれば、これがお仕事ですから。氷花様は気になさらずともいいですよ」
「わかった。でも至れり尽くせりだとちょっと落ち着かなくて」
氷花が言うと氷沙はにが笑いします。もともと、平民だったという氷花は王の婚約者だという立場にきょうしゅくしきっているようです。しかも唯一の妃にもなるというので不安でもいるようでした。ここはへいかに来ていただいて氷花様をなぐさめていただきたいのだけど。氷沙は口には出さずに胸中でそう呟きました。外では風が吹き、雪が散らついていますが。穏やかなこぼれ日が降り注いでもいたのでした。
りょうようの日が始まってから四日がたちました。氷花の熱も下がり元気をだいぶ取り戻しています。ただ、手首と足首のあざは治ってきつつありましたが。それでもまだこう薬を貼っていないといけないと医者の先生にはいわれました。このあざが完治するまではへいか--風藍も氷花を部屋から出したくないと思っていたのです。氷沙やあさぎ、もえぎは過保護だなと思いましたが。けんめいにも口には出さないのでした。
「……氷花様。へいかがいらっしゃいましたよ」
「え。そうなの?」
「はい。ではお通しいたしますから。こちらを羽織ってください」
氷沙がそう言ってわたしてくれたのは一枚の上着でした。氷花はいわれた通りに上着を羽織って待ったのですが。
「……氷花殿。だいぶ、元気になってきたようだな」
穏やかな声でへいかは言います。氷花は相変わらず綺麗な方だと思いました。こういうお方を美丈夫というのだとも内心で呟きます。
「氷花殿?」
へいかは不思議そうにしながらも寝台の近くにあるイスに腰掛けます。氷花のすぐ近くまで来てなんと彼女の手をそっとにぎりました。いきなりのことに驚き、氷花は固まります。
「……へ、へいか?」
「氷花殿。君に会えるのを楽しみにしていたんだ。あざもだいぶよくなったようで安心したよ」
「そうですか。ご心配をおかけしました」
「そんなに固くならずともいい。いずれ、君は私の正妃になるんだ。名も風藍と呼んでくれたらいいから」
「……はあ。風藍様。手を離していただけませんか?」
仕方なく名前呼びをしながら氷花は握っていた手を抜こうとします。けどへいかこと風藍は手の力を強めました。なんでだと言いたくなりながら氷花は風藍を見ます。
「風藍様?」
「氷花殿。やはり私の妃は君しかいない。早く婚姻(こんいん)の儀式をすませたいものだ」
「……はあ」
熱心に風藍は言いますが。氷花はいまひとつピンときません。いままで恋愛のれの字にもえんがなかった氷花には風藍の愛の言葉も通用しないようです。そばで見ていた氷沙はあわれだと思ったのでした。
その翌日も風藍は氷花の部屋をおとずれます。熱心にかきくどくのですが。なしのつぶてで終わりました。氷花に珍しい凍らせたお花やうるし塗りの上品な櫛、砂糖がし、銀のかんざしなどいろいろな品を贈りもしました。氷花は受け取ってはくれるしお礼も言ってはくれます。けど櫛を使ったりかんざしを髪にかざったりはしてくれません。
さすがに氷沙も黙ってはいられませんでした。仕方なく、氷花に進言します。
「……氷花様。へいかがここまで心づくしのお品を毎日のように贈ってくださるのに。何故、お使いにはならないのですか?」
「……だって。私には不相応なものだからよ。砂糖がしはありがたく食べたけど。かんざしや櫛までは受け取るわけにはいかないわ」
「そういうつれない態度でおられたらいずれへいかにあきられてしまいますよ。そうなってからでは遅いです」
「いつになく言うわね。いったいどうしたの?」
「あたしはあなた様の事を思って言っているのです。氷花様。素直になりましょうよ。へいかを嫌いなのなら王城を出たらいいですし。好きなのならへいかを受け入れて結婚なさったらいいのです」
ずばずばと言われて氷花は黙り込みました。氷沙は怒らせてしまったかと背中に冷や汗を流します。けど氷花は顔を上げました。
「わかったわ。王妃教育も受けるしへいかを受け入れる努力もする。その代わり、浮気したらすぐに故郷の村に帰らせていただくから」
にやっと笑いながら言います。氷沙はちょっと主人を怖いと思いましたが。それでも氷花のはっきりとした返答に一安心したのでした。
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