蒼月書店の奇々怪々Ⅷ ー幽玄なる童話ー
望月 栞
第1話
空が白み始めている。もう早朝だ。
私はあくびをして、身体を伸ばす。眠る前は客人がそれなりに来ていたが、今はもう誰もいない。
「今日はよく寝ていたね」
翠は優男の姿でアイスコーヒーを一口飲むと、いくつかの本を抱えて陳列棚に並べていく。客人達から受け取った本の浄化を終えたんだろう。
「そろそろ、夜の方は閉めるのか」
翠は頷いた。
しばらくしたら、人間相手に店を開け、夜になればこの世ならざる者や、異世界の住人を相手に早朝まで開ける。これがいつもの流れだ。
夜の方を閉めるとなれば、異世界との繋がりを一時的に絶ち、人間のいる物理次元に合わせる必要がある。
翠は書店の扉の前に立ち、手をかざす。翠色の瞳が光り、この場の空気が震えるのを感じる。私のグレーの毛並みも同時に震えていく・・・・・・と思ったら、翠が手を下ろした。
「どうした?」
「馴染みのある気配が近付いてくる」
翠がそう言うや否や、扉が開いた。
「翠さん、銀露さん! ちぃーっす!」
大きい声を上げながら、カイルが入店してきた。黒髪に白い鱗肌、手足は鉤爪、背に蝶のような羽根、額には角がある特殊な種族の青年だ。そして瞳は琥珀色をしている。
「おはよう、カイルさん」
「あ、あれ?」
カイルは店に入ったら、目の前に翠が立っているのにビビって一歩下がった。
「もしかして、閉店間際ですか?」
「そうでしたけど、滑り込みましたね」
「こんなタイミングで来るとは。急な用件なのか?」
カイルは翠と私を交互に見ながら、話し始めた。
「そうなんです。近頃、オイラの世界で行方不明者が増えてて。最近になって建てられた図書館がどうも怪しいんじゃないかって睨んでいるんですけど」
「図書館が?」
「はい。物語図書館って言って、一人の収集家が小説や絵本、漫画だけを集めた場所なんです。利用時間は決まっていますけど、誰でも自由に入館できる図書館です」
「どうして、そこが怪しいと感じたんですか?」
「近所に住む女の子が夕方に図書館に行ったきり、帰ってこなかったんです。図書館に確認しに行ったけど、何の痕跡もなくて。ただ、そこの館長が新参者で、オイラ達の種族とは違うんですよ。図書館の雰囲気もオイラはあまり好きになれないし」
「それは好みの問題だろ」
私がツッコむと、カイルは頭を振った。
「上手く言えないけど、嫌な感じがするんです。広くて大きいんだけど、森の中にあるせいか、ちょっと暗いし。置いてある本もみんな同じ表紙で」
「どんなデザインなんですか?」
「オリーブ色の表紙に椿が描かれているんです。本によって、椿が白か赤かの違いがあるくらいで、他は全て同じです」
私はチラリと、翠を伺った。翠は顎に手を当て、考え込んでいる。
「館長に問い詰めたけど、知らぬ存ぜぬで。他の可能性も探ったけど、わかることは何もなかったんです。これ以上、行方不明者を増やさないためにも、翠さんのお力を借りたいんです」
翠は視線を上げ、カイルに合わせた。
「わかりました。カイルさんの世界には以前、魔人が書いた短編集もありましたし、魔女が関わっていないとも限らないですから、調べてみましょう」
翠の返事に、カイルは笑顔になった。
「ありがとうございます! 翠さんが来てくれれば、真相は明るみになりますね!」
「魔人と魔女は繋がりがあるのか?」
私の疑問に、翠が振り返って答えた。
「魔女が魔力を使用して生みだしたのが魔人なんだ。魔女はあらゆるものを利用する。魔人もその一人で、短編集を彼女が書かせたんだろうね」
手にした者を小説の中へ引きずり込み、ネガティブな体験をさせ、負のエネルギーを得て、小説そのものが力を増す。魔人が書いたその本を、翠が見つけたときに浄化したが、まだ同じ本が二冊どこかにあるという。
また、カイルの世界にあるんだろうか。
「せっかくだから、銀露も来ないかい?」
「そうだな。カイルの世界はしばらく行っていないし」
カイルは目を見開いた。
「えぇ! 意外です! 面倒ごとには首を突っ込まないのかと」
「待っているだけなのも退屈だからな」
「それじゃあ、図書館までオイラが案内します」
扉に向かおうとするカイルを制して、翠は言った。
「その前に、店を閉めておかないと」
蒼い月が照らす中、私達は左右に色とりどりの花が咲く一本道を歩いていく。
異世界と蒼月書店を繋ぐこの道は、翠の力によって形成された空間だ。もう、この空間にはすっかり慣れた。
しばらくすると、襖が現れた。それをくぐると、懐かしい光景が目に飛び込んできた。
「オイラの町へようこそ!」
虹色に光る葉をつけた大樹のある広場に出た。丸太で造られた家が周囲にいくつか建てられている。
「ここは夜みたいだね」
声に少し幼さを感じて振り返ったら、十五歳くらいの翠色の瞳の少年がいた。
「今回はその姿で行くのか?」
「うん。この件に誰かが関わっているなら、子供の方が油断するかなって」
翠は気分で自分の姿と口調を変えるが、いつも唐突に変化している。
「いつの間に! 子供の翠さんは、オイラ初めて見ました!」
「夜更けで誰もいないから、今のうちに案内をお願いするよ」
向こうだよね、と翠は森の方を指した。
「そうです。わかるんですか?」
「うん。向こうから魔女の力を感じるよ。隠す気がないのかっていうくらいに、はっきりとね」
「えっ、そうなんですか!」
私自身も森の方から異様な気配を感じていた。だが、これは魔女のせいなのか?
「魔女だったら、もっとわかりにくくしそうだけどな」
翠はじっと森の方を見つめて呟いた。
「本人じゃないのかも」
「どういうことだ?」
「・・・・・・まぁ、ひとまず行ってみようよ」
そう言うと、翠は自身の右手に翠色のオーラを集中させた。オーラの光は形を変え、ランタンになった。
「暗いからね。これを使おう」
「おぉ! 翠さんの創造の力は、いつ見てもワクワクします!」
翠が霊力を使用して出来ることは多い。変身や浄化、異世界への空間の接続などがあるが、なかでも創造は何でもありな力だ。
私と翠はカイルについていき、町を出て森へ入った。ランタンで周囲を照らしつつ進むと、レンガで出来た建物が見えた。
「あれが物語図書館です」
近付いていくと、確かに入り口の看板にそう書かれていた。異様な気配はこの図書館からだ。
「夜だから閉まっているんですけど、どうやって調査しましょうか」
「問題ないよ」
翠は図書館の扉に近付く。
私はカイルに振り向いて言った。
「翠なら鍵くらい、どうってことない。知っているだろう?」
「そうなんですけど、翠さんの力の使いどころがまだわかってなくて」
「ただ鍵を開けるくらいなら躊躇することはない。さすがに、夜を今すぐ朝にして鍵を開けさせるとか、建物を消滅させて館長を引きずり出すなんてことはしないけどな」
創造の力でそこまでのことが出来るのは、翠だけだ。
「そんなことしたら、町のみんなを驚かせちゃうからね。余程のことがない限り、調和を乱すことはしないよ。それに、物理次元ではあまり好き勝手に出来ないんだ。力の負担が大きくて」
カチャという音がした。翠は話しながら、扉に手を当てただけで鍵を開けた。
鍵が開くという事象を創造したわけだ。
「さて、お邪魔しようか」
私達は扉を開けて中へ入った。
そこはただ暗いだけではない。何かがいる気配を感じ、私の毛が逆立ち、イカ耳になる。
「カイルさん、ここの本には触れないで」
翠が警告した。
「わ、わかりました」
翠も感じているのだろう。私よりもこの気配の全容を掴んでいるのかもしれない。
「誰もいなさそうですが、おふたりは何か感じてるんですか?」
「あぁ、いる。カイル、気を抜くなよ」
カイルは頷いた。
翠は辺りを見渡す。翠色の瞳を光らせて手をかざすと、図書館の明かりが点いた。
それでも、館内は薄暗い。本棚はカウンターがある一階と二階にそれぞれある。
「こっちだ」
翠は迷わずに二階へ向かった。私とカイルもあとを追う。
階段を上ると、翠は一つの本棚の前で立ち止まった。
「書物に妖(あやかし)がいる」
「妖だと?」
翠は本を一冊手に取った。その本から異様な気配を強く感じる。
「今回は妖を利用しているみたいだ。もうすでに、取り込まれてしまっている人達がいる」
翠は別の本を抜いて、表紙を見せてきた。
オリーブ色に赤い椿の表紙。
「椿の赤は、それを示している。これはもう手遅れだけど、こっちならまだ救える人がいるみたいだ」
翠は初めに手にした本の表紙を、私とカイルに見せた。
椿の上半分が白く、下半分が赤い。
「銀露とカイルさんは図書館の外で待ってて」
「えっ、どうするつもりなんですか?」
「これからこの本の中に入ってくるよ。何かあるといけないから、ふたりは外にいた方がいい。銀露はカイルさんのボディーガードをよろしく」
「仕方ないな。この本はどうするんだ?」
「持ち出すのは危険だね。元に戻しておいてくれる?」
「わかった」
翠はフッと笑ってから、紅白の椿の本を両手に持つ。翠色のオーラが翠を包むと、本の中に吸い込まれるようにして消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます