かぎしっぽは気まぐれ屋
吉岡梅
🐱
デイジーはひとり、森の入口でそわそわしていました。聞いた話ではこの森は魔法の森。奥にはあまり見かけない聖霊や動物が住んでおり、さらにその奥には森の主である邪悪な魔法使まで住んでいるそうです。
見たことが無い生き物に聖霊! どんな姿をしているのだろう。見てみたい! でも、悪い魔法使いと言うのはちょっと怖い。入りたいけど、入りたくない。困っていると、いつのまにか足元に一匹の猫がやってきました。
「やあ、君も森に用事かい?」
明るいぎんいろの毛並みに黒のしま模様。サバトラ模様のおでこの下は緑の目。その目を輝かせてデイジーを見上げ、くるん、くるんとかぎしっぽをゆっくり振っています。
「こんにちは。かぎしっぽの猫。そうなの。私、知りたがりだから入ってみたいんだけど、怖がりだから入りたくないの」
「知りたがりの怖がりなんだ。それは困ったね」
「困ったわ」
デイジーはしばらく困っていましたが、困ってばかりいるわけにもいきません。
「私が困ってるのは置いておいて、かぎしっぽの猫はなにしに来たの?」
「今日はね、森の聖霊たちがお願いがあるっていうから来てみたんだよ」
「森の精霊たち!? やっぱりいるんだ! 聖霊が!」
デイジーはますます森に行きたくなりました。が、やっぱり怖いのです。すると、かぎしっぽの猫は、思いついたように言いました。
「なんなら、一緒に来るかい?」
「いいの? めいわくじゃない?」
「うーん。まあ、大丈夫かな。どうする? 行ってみるかい?」
「うん!」
と、いうわけで、2人は並んで森の中へと入っていくのでした。
##
デイジーは森の美しさに圧倒されていました。緑のトンネルのような道が続き、木々の間から差し込む光はまるで魔法のようにキラキラと輝いています。
「わあ、綺麗!」
「ふふ。綺麗でしょー」
かぎしっぽの猫は自慢げに尻尾を揺らします。さらに森の中を進むと、ことばを話す動物たちや、光る花、空を飛ぶ魚たち。次々といろんな光景が目に飛び込んできます。デイジーはきょろきょろしながらかぎしっぽの猫について行くと、そこに精霊たちの村がありました。
「やあ、かぎしっぽの猫さん。頼みがあるんです」
「どんな頼みなんだい?」
「この森のどこかにある『森の心臓』を見つけて欲しいのです」
“森の心臓”。それって何? デイジーはそう聞きたいのをぐっとこらえて黙っていました。かぎしっぽの猫は、相変わらずしっぽをくるくるさせています。
「ふうん。それがあるとどうなるんだい?」
「森の心臓があれば、森をさらに美しく輝かすことができるんです」
――ただでさえ素敵な森が、さらに美しく!
「わかりました。私たちに任せてください!」。デイジーは思わず力強く答えてしまいました。聖霊もかぎしっぽの猫もびっくりしています。
「あ」。デイジーが慌てて取り繕うとすると、かぎしっぽの猫がにっこり笑いました。
「……と、いうわけさ。僕たちに任せておいてよ」
「本当ですか!? ありがとうございます」
と、いうわけで、2人は、森の心臓を探すことになってしまいました。
##
「ごめんね。勝手に返事をしちゃって」
「ふふ。いいよいいよ。あの時の君の目といったら。ふふふふ。猫にも負けないくらいキラキラだったよ。本当に君は知りたがりなんだね」
「うん。そして怖がりでもあるの。かぎしっぽの猫が一緒にいてくれて助かってる」
「ふふ。こっちも退屈しなくて助かってるよ。さ、行こう。気を付けてね」
デイジーとかぎしっぽの猫は、森の奥深くへと進みます。途中、暗い洞窟や急流もありましたが、2人で力を合わせてなんとか乗り越えました。時には軽く迷子になったり、かぎしっぽの猫の寄り道に付き合ったりしながら、奥へ奥へと進みました。
そしてついに、森の中心にある巨大な木の根元で、森の心臓を見つけたのです。デイジーはさっそく駆け寄ってそれを手に取ります。
「うわあ……これが森の心臓」
「そうみたいね。おや?」
きらきら輝く赤いりんごのようなそれを見つめていると、ふいに木の根元あたりがゆらりと歪み、どこからともなく邪悪な魔法使いが現れました。デイジーはびっくりして、怖くて、固まってしまいました。
魔法使いはじろりと森の心臓とデイジーを交互に見ると、何も言わずにさっと杖を一振りしました。杖の先がパッと光り、みるみる雷が杖の先に溜まっていきます。魔法使いはそのままゆっくりとかぎしっぽの猫の方に向きを変え、杖を振り上げました。
(危ない! 避けて!)
デイジーはそう叫びたかったのですが、怖くて声がうまく出ません。でも、このままではかぎしっぽの猫が危険です。猫なので避けられるかもしれませんが、猫だけに固まってしまうかもしれません。なんとかしなくちゃ! デイジーは無我夢中でかぎしっぽの猫を抱き上げて転がりました。
ゴロゴロピシャーン!
かぎしっぽの猫が座っていた場所に大きな雷が落ちました。そのものすごい音と光と言ったら。デイジーは腕の中にかぎしっぽのねこをきゅっと抱え。びりびりと震える空気に耐えました。
「かぎしっぽの猫、大丈夫」
「ありがとう。僕は大丈夫だよ。それよりデイジー、君は大丈夫かい? 怖かっただろう?」
「そりゃ怖かったよ。ていうか、今も怖いままだよ。でもそう言ってる場合じゃなくない? どうしよう、かぎしっぽの猫。森の心臓を置いて逃げる?」
デイジーはおろおろしながらも、必死に魔法使いに背中を見せないように頑張っています。すると、かぎしっぽの猫が腕からすとん、と飛び降りました。
「かぎしっぽの猫! 危ないよ!」
「大丈夫。ここは僕に任せて」
「任せるって、猫なのにどうするの」
「こうするんだ!」
そう言うが早いか、かぎしっぽの猫はピンポン玉のようにシュッと跳ねると魔法使いに飛び掛かりました。ニャオニャオニャオ! 目にもとまらぬ速さで魔法使いの顔をひっかき、耳を噛み、服に爪を立てて穴を開けてしまいます。
魔法使いは必死に捕まえようとしますがかぎしっぽの猫の素早さといったら森一番でした。するりするりとすり抜けながら攻撃し続けます。そして、不意にくるりとバク宙を決めてスタッと立ちます。
そのまま全身の毛を逆立て、ゆっくりゆっくりとつま先立ちでステップを踏んで魔法使いの周りを回ります。逆立った毛からはパチパチと、静電気でも起きているような音まで聞こえます。そして一声叫びました、
「今度はこっちの番さ! いくぞ! ねこサンダー!!」
カッっとかぎしっぽの猫の体が光ったかと思うと、魔法使いに先ほどよりも凄い雷が落ちました。思わず目を
「かぎしっぽの猫! 大丈夫? 凄いじゃない」
「ふふふ。凄いでしょ。調子が良ければこれくらいはできるんだよ。猫だからね」
と、いうわけで、2人は、森の心臓を無事に森の精霊に届ける事ができたのです。
##
「お二人とも、ありがとうございます」
聖霊たちは森の心臓を手にしてぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいます。
「これさえあれば、この森をもっともっと綺麗に大きくできます」
聖霊は森の心臓を高く掲げると、何やら呪文を唱えました。りんごのような赤い光はいや増し、たちまちあたりを包み込みます。
するとどうでしょう。花や木がぐんぐん育って咲き乱れ、綺麗に、大きく輝きだしたのです。
「うわあ、凄い。綺麗。どんどん大きくなる!」
「ふふふ。そうなんです。大きくなるんですよ。どんどんね」
聖霊はニコニコしながらゆっくりと言いました。少し怖い雰囲気で。とたんにデイジーは不安になり、聞いてみました。
「大きくって、どれくらいまで大きくなるの?」
とたんに聖霊はにやりと嫌な顔で笑いました。
「とてもとても大きくですよ。お前の村なんか飲み込むくらいにな!」
「そんなの困るわ! 返して!」
慌てて森の心臓を取り返そうとしましたが、聖霊たちはひょい、と空を飛んで逃げてしまいます。
「そんなに大きくしないで! 綺麗にだけすればいいじゃない! この欲張り聖霊!」
「欲張りなのは人の方じゃないですか? いつから森は広げちゃいけなくなったんですか? 森だって村と同じく、どんどん好きなだけ広げさせてもらいます。なんてったって、あの魔法使いを追い払ってくれた今、この森はもう、私たち聖霊のものなんですからね。好きにさせてもらいますよ」
聖霊たちは森の心臓を掲げてキャキャキャと笑います。悔しいですが、今のデイジーの背ではジャンプしても届きません。すると、隣でクスクス笑う声がしました。
「そっかそっか。好きにしてもいいんだ。じゃあ僕も好きにしちゃおっかな」
「え?」
デイジーがそちらを見ると、かぎしっぽの猫が笑っています。そして尻尾をくるんと一振りしました。すると、周りの植物たちの成長がぴたりと止まります。
「何!? どういうことだ?」
戸惑う聖霊たちをよそに、かぎしっぽの猫は再び尻尾をくるんと振ります。そのかぎしっぽはまるで魔法の杖のよう。しっぽのかぎ部分にたちまち雷が溜まっていきます。
「な……!? その雷の魔法は……? あの魔法使いの!? まさかお前、いえ、あなたは!?」
「ねこサンダー!!」
##
2人は並んで森の入口へと向かっていました。
「結局、かぎしっぽの猫がほんとうの森の魔法使いだったってこと?」
「うん。そう。退屈だったから『森の心臓』っていうアイテムを使うと、森を意のままに操れるって言う噂を流してみたんだ。動物や聖霊がどうするかなあ、って思って」
「まあ、ひどい。でも私、ちょっとわかっちゃうわ。かぎしっぽの猫も知りたがりなのね」
「ふふふ。そうだね。僕も知りたがりなのさ」
「じゃあ、あの魔法使いは何だったの?」
「あれは僕が作った使い魔だよ。急ごしらえだったから喋らせることができなかったけど、なかなかだったでしょ?」
「もう、本当に怖かったんだから」
「あはは、ごめんごめん」
「でも、楽しかったから良しとします」
「ふふ、ありがとう」
お喋りをしながら歩いていると、あっという間に森の入口に着きました。名残惜しいけど、お別れの時間です。
「ねえ、かぎしっぽの猫」
「なんだい」
「またこの森に遊びに来るときは教えてね。私もきっと来るから」
「どうかなあ。約束はできないかもなあ。だって僕は、猫だから」
「猫かあ。じゃあ仕方ないか」
「ふふ。そうだね。でもねデイジー、たぶん気が向いたら逢いに行くよ。またね」
「うん、またね」
デイジーはかぎしっぽの猫にバイバイと手を振りました。かぎしっぽの猫もしっぽをくるくると振っています。そしてデイジーは、冒険を終えて家へと向かったのです。
そうそう、あの森の心臓。ねこサンダーに巻き込まれて丸焦げになりましたが、元々はかぎしっぽの猫が魔法をかけたただの林檎だったのでした。
すっかりただの焼きりんごになった森の心臓は、2人でハチミツとシナモンをかけて食べてしまいました。おいしかったです。
「村の名産スイーツに『森の心臓』なんてのもいいかもしれない」
デイジーはそんな事を思いました。シナモンの香りのする焼き林檎のコンポート。かぎしっぽの猫は食べに来てくれるかしらん。
でもやっぱりそれはわかりません。だってかぎしっぽの猫は、かぎしっぽじゃない猫と同じように、とっても気まぐれですので。
-おしまい-
かぎしっぽは気まぐれ屋 吉岡梅 @uomasa
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