第9話 《夜空の下で》

 今日から待ちに待った林間合宿。2泊3日で県内の山奥にあるキャンプ場に泊まる予定だ。 

 着替えなどは前日に学校経由で送ってあるため荷物は背負っているリュック一つだけだ。

 学校指定の体操着&ジャージ姿の俺と柚月は集合場所の駅へ電車で向かっていた。


「今週は晴れらしいから絶好の合宿日和だよな」

「そうだね……」

「2日間アニメ観れないからSNSでのネタバレ気を付けないとな」

「そうだね……」


 今日みたいな晴天とは裏腹に柚月のテンションが低く表情が暗い。

 何を話しても曖昧で同じ返事しかしない。

 以前合宿の話をしたときは凄く楽しみだと言っていたのに何があったのだろう?

 体調が悪い様には見えない。


「なんかテンション低いな。何かあったのか? 相談乗るぞ?」

「ありがとう。えっとね、合宿先って男女別のログハウスに泊まるじゃん? だから……」

「あー、その事か」


 実は先日のHRホームルームで柚月は男女どっちのログハウスに泊まるのかと議題が上がったのだ。さすがに現在女子の柚月を男子側のログハウスに泊まらせるのはダメなので教師達のログハウスに泊まるのかと思ったが秒で女子達から「女子側うちらの方に来て良いよ」と言われたのだ。

 てっきり数人が反発して話し合いになるかと思ったが誰一人反発する人が居なかったのだ。

 しかし柚月は正直教師と一緒でも良かったらしいが人見知りかつ相手が女子だったため断ることが出来ずそのまま話し合いは3分で終了した。

 つまり女子側のログハウスで寝泊まりするのが嫌でテンションが低いみたいだ。

 正直羨ましい。代わって欲しいくらいだ。

 テンションの低い柚月と共に集合駅へ着き辺りを見渡すとロータリーの隅にすでに数人の生徒が集まっていた。


「向こうに皆いるからあそこが集合場所っぽいな」

「だね……」

「ったくテンション低いなぁ。別に寝るときだけだから就寝時間まで外とかで時間潰してさっさと寝ちまえばいいじゃん。風呂だって個別のシャワー室らしいし」

「言われてみれば……。奏汰っ! 早く集合場所へ行こっ」


 柚月は俺の手を引きみんなが居る場所へ向かった。

 先ほどの暗さは無くなりいつもの柚月だ。

 全員集合したのちキャンプ場近くまで行くローカル線の電車に乗った。


「この後バスでキャンプ場まで行くんだっけ?」

「いや、このまま電車でキャンプ場最寄りの駅に行き、そこから歩いてキャンプ場まで行くんだよ。道中にあるダムの近くで昼休憩だったかな? てかしおりに書いてあるぞ」

「そういえば貰ってたね。忘れてたよ」


 忘れていたのも無理はない。これを配られたのは柚月が男女どっちのログハウスに泊まるかを話し合った直後でその時柚月は抜け殻のようになっていたからだ。

 柚月はしおりを最初から読み直していた。


「明日の予定にあるウォークラリーってなに?」

「チームで謎解きして目的地向かうやつだよ」

「何それ面白そう!」

「柚月って謎解き系好きだよな」

「だって謎が解けたときって凄く気持ちいいじゃん」

「謎解きと言えば昨日見たアニメでさ―――」


 柚月と話しているうちに電車はどんどん山奥へ入って行きようやく最寄りの駅に到着した。

 少し標高が高いためか地元より少し涼しく感じ空気が澄んでいる。

 電車を降りすぐ近くにあるダムの敷地内で昼休憩した後キャンプ場までの道を歩くこと約1時間以上。ようやくキャンプ場に到着した。

 到着するなり皆はその場に座り込み、俺達も近くの木陰に座った。


「やっと……着いたね……」

「途中上り坂だったから足がヤバい……」

「この後なんだっけ?」

「施設の説明とかした後夕食まで自由時間だった気がする」

「自由時間何する?」

「駄弁りながら近く散歩でもするか」


 点呼を取り自由時間になり俺達は近くを散策して時間を潰した。

 夕方になり日がまだ登っている時間から夕食の準備をし始めた。

 各クラスでカレーを作ることになっている。

 俺と柚月は野菜を切る係りになり水道がある場所で同じく野菜切るメンバーと共に野菜の準備をし始めた。


「えーっと切り方はどんな形なんだ?」

「玉ねぎはくし切りでジャガイモと人参はいちょう切りで良いと思うよ」

「いちょう切りはなんとなく分かるけどくし切り?」

「えっとこういう切り方ね」


 柚月は手本として野菜を切った。

 驚くことに柚月の包丁さばきがまた一段と上がっている。

 俺達もその切り方を見つつ歪ながら頑張って切った。

 次々と野菜を切っていき気が付けばあっという間に用意されていた野菜を切り終えていた。

 柚月と共に切った野菜をかまどのある場所へ持って行くとすでにかまどには火が点いていて飯盒はんごうで米を炊いていた。


「僕、飯盒で炊いたご飯食べるの初めてかも」

「俺は中学の林間合宿で作ったことあるな。少し焦げて失敗したけど」


 野菜を大きな鍋に入れ軽く炒めた後、水とルーを入れしばらく煮込んだらカレーが完成。

 水っぽくもなく良い感じのとろみが付いていてる。

 ご飯も良い感じにおこげが付いていて美味そうだ。

 皿にご飯とルーを盛りつけ席に着いた。


『いただきます!』


 俺達のクラスは他のクラスより少し早めに夕食を食べ始めた。

 他のクラスの所を見ると少し水っぽいカレーや少し焦げたご飯を盛っているクラスが見える。

 辛いのが苦手な人も居るため甘口のカレーで統一され辛いのが欲しい人は唐辛子パウダーを入れて調整した。


「柚月も唐辛子パウダー入れるか?」

「ううん。僕はこのままでいいよ」

「辛いの苦手だっけ? この前作ったの中辛でも辛い方だった気がするけど」

「苦手じゃなかったんだけどね。ここ最近辛いのがちょっと無理になってきたっていうかそこまで好まなくなってきたの」

「味覚も変わってきていたのか?」

「そうかも。ここ最近甘いもの好きになった気がするし」


 食うのが早い奴はすでに2杯目を盛りつけに行っていた。

 俺は2杯目を盛りつけ柚月は1杯で終わりにした。

 片付けた後、広場では軽音楽部が野外演奏をしたり学校側で用意した小さな手持ち花火をしたりして各自自由な時間を過ごした。

 山の中だけあって風が吹くとかなり涼しく長袖を着ている生徒も何人か居る。

 俺は柚月と近くで座って軽音楽部の演奏を聴きつつ話していた。


「この後風呂入って寝るだけだか。なんだか1日があっという間だったな」

「午前は凄く長く感じたけどね」

「あの徒歩はかなりヤバかったな。まぁ明後日の帰りも歩くけどな」

「筋肉痛確定だね」

「だな。俺ちょっと飲み物買ってくるけど柚月は何か飲むか?」

「僕は大丈夫だよ。お腹いっぱいだし」

「そんじゃちょっと買ってくるわ」

「ここで待ってるね」


 俺は広場から少し歩いたところにある管理棟前の自販機へ向かった。

 ここはキャンプ場唯一の自販機がある場所だ。向かう途中何人かのクラスメイトとすれ違った。

 自販機に着き、商品を見るとすでにスポーツドリンクやお茶、水などが売り切れになっていた。売っているのは果汁飲料かコーヒーの2択。今は甘いものが飲みたかった俺は迷わずリンゴジュースを購入した。

 柚月の所へ戻ろうとした時、同じくクラスの女子の井上さんがやってきた。

 井上さんは小柄だが見た目とは違い行動力があり性格はかなり明るく誰にでも話すような人だ。

 そして明日のウォークラリーのメンバーの一人でもある。


「あっ、鷹尾君だ。やほー」

「井上さんも自販機?」

「そだよー。ここ薄暗くて怖いよね。誰か居て助かったよ」

「誰か連れてくればよかったんじゃ?」

「だって誰もついて来てくれないんだもん」

「ここ薄暗いしな。俺そろそろ戻るけど」

「飲み物買っちゃうからちょっと待ってて」


 井上さんは急いでオレンジジュースを購入して俺と一緒にみんなが居る広場へ向かった。

 道中俺は井上さんと初めて長く話した。主な話しは明日のウォークラリーの事だ。

 広場に着くと井上さんは「私あっちだから。また明日ね」と言って手を振り小走りでみんなが居る所へ向かった。

 戻ると柚月はこっちを見ながら頬を少し膨らませていた。

 そんなに戻るのが遅かったかな?


「さっき誰かと楽しそうに話していたの見えたけど?」

「井上さんだよ。さっき自販機の所で会って明日の事とか話していたんだよ」

「それだけ?」

「それだけだけど?」

「そっかー、それならいいや」


 柚月は何かの心配をしていたみたいだ。

 夕食後の自由時間も終わり入浴タイムだ。

 と言っても風呂は無く個室のシャワー室のみだ。俺は混みあう前にシャワーを早めに済ませログハウスに向かっていると広場にあるベンチに座っている柚月の姿が見えた。

 柚月もさっきまでシャワーを浴びていたのだろう。髪が濡れていた。


「おっす、柚月。こんな所で何してるんだ?」

「時間潰してるだけだよ。奏汰も一緒に見る?」

「見るって何を?」

「空見て。星綺麗だよ」

「って言っても地元からも一応見えるし―――ってすげぇ……」


 俺は見上げるとそこには満天の星空が見えた。

 地元で見るのと全然違う。

 俺も柚月の隣に座り一緒に星空を眺めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る