第8話 《密室で二人きり⁉》
いつものように暑い日の放課後、俺は旧校舎4階にある美術準備室で美術担当の初老男性教師伊藤先生と二人きりで画材の片づけをしていた。
本当は柚月と一緒に帰り、新作の漫画を買い、それを涼しい部屋で読む予定だった。
それなのにこういう日に限って日直だ……。
部活に入っているなら断れたが帰宅部の俺は断る口実が無かった。
美術準備室には一応冷房設備があるが調子が悪いのか思ったほど涼しくはない。
「いやぁ、鷹尾助かるよ。最近腰を少し痛めちゃって重い物持てなくて。その段ボールはそっちの方に置いといてくれるかな?」
「分かりました。段ボールは積み重ねて大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。どんどん重ねちゃって良いからね。私は段ボールに画材を仕舞うから仕舞い終わったのから運んじゃって」
「分かりました」
伊藤先生は画材を種類別に段ボールに入れ、俺はそれを指定された場所に移動させた。
この調子なら1時間もあれば終わるはずだ。
時折他愛のない話しをしながら作業を進め、半分ほど終わらせたとき突然校内放送が入った。
“ピンポンパンポーン”
『伊藤先生、至急職員室へお越しください。繰り返します。伊藤先生、至急職員室へお越しください』
呼び出されたのは今ここにいる伊藤先生だった。
しかし放送で教員が呼び出されることは滅多にないこと。
伊藤先生も何用で呼び出されているのか分かっていないような顔をしている。
「なんだろう? ちょっと行ってくるよ。そこの棚の中にある画材も種類ごと仕舞っておいてね」
「分かりました」
伊藤先生は美術準備室を出てすぐに職員室へ向かった。
ここから職員室まではそこそこの距離がある。この感じだと10分くらいは戻ってこないだろう。
俺は一人で黙々と片付けの続きをしていると突然美術準備室のドアが開いた。もう帰って来たのかと思ったが入ってきたのは柚月だった。
「奏汰っ」
「あれ? 先に帰ったんじゃないのか?」
「えっと、僕もちょっと用事があって―――、それよりさっき伊藤先生に手伝ってって言われてね。何すればいい?」
「そんじゃぁそっちの棚の画材を段ボールに種類ごと仕舞ってくれ。俺はそれを運ぶから」
「わかったぁ」
このタイミングで助けが来るのはありがたい。
きっと途中で伊藤先生と会い、頼まれたのだろう。
しかし柚月はこういうのはあまり好きじゃなく真っ先に帰っていたと思ったが何やら少し嬉しそうだ。きっと何かいいことがあって機嫌が良いに違いない。
俺達は話しながら片付けをしていると伊藤先生が職員室から戻ってきた。
「鷹尾、すまないが――って小鳥遊も手伝ってくれてたのか?」
「あれ? 先生が声を掛けたんじゃ――」
すると何やら少し慌てた感じの柚月が俺発言を遮るかのように伊藤先生に問いた。
「そっ、それより先生、何か急いでたんじゃないんですか?」
「おっと、そうだった。急用が入ってしまったから今日の片付けはここまででいいよ。後は私が終わらせておくから」
とは言われたものの残りも僅かだし、何より最後まで終わらずに途中で終わらせるのはなんだか落ち着かない。
ゲームで例えると図鑑コンプリート目前で諦めるようなものだ。
「あと少しで終わりなんでやっちゃいますよ。柚月も良いか?」
「うんっ、いいよ」
「そうかい? それじゃ二人とも頼んだよ。鍵閉めたら職員室に鍵を返しておいてね」
「わかりました」
伊藤先生は俺に美術準備室の鍵を渡すとすぐに美術準備室から出て行ってしまった。
よほど急用だったのかさっきより足音が早く遠ざかっていくように聞こえた。
「さてと、ちゃっちゃと終わらせるか」
「おーっ」
柚月は画材を段ボールに入れ俺はそれを移動させた。
黙々と作業すること数十分。気が付けば残り少しとなっていた。
棚の中、机の上などに置いてあった物も綺麗さっぱり無くなってきた。
「よし、これで終わりっと」
俺は最後の段ボールを指定されていた場所に置いた。
これで棚の中などにあった画材は全てなくなり、部屋の一角には段ボールの山が出来ていた。
これで片付けは完了だ。
「お疲れ様~」
「柚月もサンキューな。さてと帰るか」
「帰りに本屋寄って行って良い? 新作の漫画チェックしたい」
「おぉ、いいぜ」
俺は鞄を持ち美術準備室のドアを開けようとドアノブを回し引いた。
しかしなかなかドアが動かない。
ここのドアは内側に開くはずだ。だが押しても引いてもびくともしない。
「どうしたの? 早く帰ろうよ」
「そうしたいんだがなんだかドアが開かないんだよ」
「鍵開いてるよね?」
「開いてるぞ。てか鍵が閉まってるような感触じゃないんだよ」
ドアノブを回すがなんだか違和感がある。なんだかやけに軽い。
ドアの隙間を覗いてみるとどうやらラッチと呼ばれる爪の部分とドアノブが連動せずドアが開かないみたいだ。
「閉じ込められたかも」
「えーっ、どうしよう……あっ、窓を開けて誰か呼ぶとか?」
「ここは旧校舎の4階だし下の階も全て特別教室や物置だから多分誰も居ないと思う。それに窓の外も校舎裏だし。スマホで誰かに連絡取れないか? 俺のスマホ充電無いんよ」
「僕、奏汰以外の同級生の連絡先知らない……」
「ってことは誰かに気付いて貰う以外方法は無いのか……」
俺達は見回りの先生が来るのを待つことにした。
下校時間は既に過ぎている為、誰かが下駄箱にある俺達の靴に気付いてくれるか部屋の明かりに気付いてもらうしかない。
しかし誰も来る気配が無く刻々と時間だけが過ぎていく。
今の時季は日が落ちるのが遅く明かりを点けていても気付くのが遅れそうだ。
最初は話しながら時間を潰していたが次第に待つことの疲れが出てきた。
「冷房があるから熱中症にならなくて良いけど喉乾いた~……」
「ここに来る前に買ったのがあるぞ。もう
「いいの? ありがとう」
「全部飲むなよ?」
俺は鞄からペットボトルに入ったスポーツドリンクを取り出し渡すと柚月はそれを一気に飲み始めた。
見る見るうちにペットボトルの中身が減っていく。
「ぷはぁ~、美味しぃ」
「おいおい、俺の分も残しておいてくれよ」
「大丈夫大丈夫」
そう言っていたが結局ペットボトル半分以上飲んでしまっていた。
このまま誰も来なかったら明日の朝までこのままになってしまう。
外を見ると日が落ち街に明かりが灯っていた。
柚月は暇すぎて床寝そべり始めていた。
「おい、制服汚れるぞ」
「だって暇なんだもん……」
床でゴロゴロしている柚月のスカートが捲れ一瞬水色の何かが見えたが俺は咄嗟に目を逸らした。
漫画だとここでさらなるハプニングが付き物だけど今はそんなことを考えている場合ではない。
いつもは耳を澄ませば誰かの声が聞こえる校内もこの時間となると怖いくらいなにも聞こえない。
何か脱出方法は無いのか考えていると柚月がそわそわし始めた。
やっぱり閉じ込められるのは怖いのだろう。
すると柚月は突然立ち上がり部屋内をうろうろし始めた。
「どうした?」
「トイレ行きたい……」
「なんだトイレかよ。それならさっさと行ってくれば―――あっ……閉じ込められているんだった。もう少し我慢出来るか?」
「限界かも……」
何かいい方法は無いか辺りを見渡したが何もない。
バケツでもあればと思ったが部屋の物は全て段ボールの中に仕舞ってある。仮にあったとしてもどの箱の中に何があるのかは全く分からずこの様子だと探す余裕すらない。
俺は飲みかけのペットボトルの中身を一気に飲み干すと空になったペットボトルを柚月に手渡した。
「とりあえずこれで何とか出来ないか!?」
「ムリムリムリ!!」
「漏らすよりマシだろ!?」
「うぅ……」
柚木は渋々ペットボトルを手に取った。
俺はドアの近くに行き、柚月は反対側の窓際へ移動した。
ドアの前でなるべく柚月の方を見ないようにしているとどこからドアを開けるような音が聞こえた。さらに耳を澄ますと足音が聞こえる。誰かがこっちに歩いてくるみたいだ。
「柚月、ちょっと待って」
「えっ!? 僕もう限界なんだけど!?」
「誰かこっちの来る」
再び耳を澄ますと誰かが近くにいるような音がする。
きっと見回りの先生が居るに違いない。
俺は咄嗟にドアを叩きながら叫んだ。
「すみません! 誰かいますか!?」
その音は静かな校舎内に響きそれに気づいただろう足音の主が近づいて来た。
「その声はもしかして鷹尾か?」
やってきたのは運が良いことに俺達担任の教師である
「そうです。あと柚月――小鳥遊も居ます」
「お前らそこで何してるんだ?」
「伊藤先生の手伝いをしていたんですけど終わって帰ろうとしたらドアが壊れて開かないんです。そっち側から開きませんか?」
「やってみる。ドアから少し離れてろ」
そう言うと小長谷先生は反対側からドアノブを回し押したがこっち側のドアノブが回るだけでドアは開かない。
「ん~……これは完全に壊れてるな。何か道具が無いか探して来るから少し待ってろ」
そう言うと小長谷先生は急いでどこかへ向かった。
これで何とか助かる。と思った瞬間俺の後ろの方で何やら水を注ぐような音が聞こえた。
これはもしかして……。
振り返らずとも状況は分かってしまう。
小長谷先生は戻ってくるとすぐに薄い金具をドアの隙間に差し込み無理やりラッチを動かしドアを開けた。
すると柚月は何かを隠しつつ素早い動きで廊下に出てどこかへ向かって行ってしまった。
「小鳥遊の急いでどうしたんだ?」
「えっと、多分トイレじゃないんすかね?」
「元気そうならそれでいいけど。ともかく怪我が無くてよかったよ。良ければ車で送っていくけど?」
「帰りに寄るところあるので」
「そうか。あまり帰るの遅くなるなよ」
「はーい」
とは言ったものの帰り道柚月と二人きりになるのは少し気まずかった。
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