9.夜の張り込み

 翌日、圭介は「出張で一泊する」と言い残してスーツケースを手に家を出た。いつも通りスマホを片手にして、私の顔を見ることなく、行ってきますも言わないまま。

 その姿が玄関から消えると、私はすぐに鈴木にメッセージを送る。


『今出ました。スーツケースを持っています。車は黒のセダン、ナンバーは○○-○○です。』


『了解しました。こちらも準備万端です。』


 私は子供たちを夕飯に連れて行き、実家に一晩預ける段取りをとってある。もし急用が入っても対応できるようにするためだ。子供たちには「ママはちょっと用事があって遅くなる」と伝えてあるが、本当の理由を知ったらどんな顔をするだろう。


 夜が更け、鈴木から連絡が入る。


「奥様、ターゲットを発見しました。ご主人の車、ラブホテルに入ります……。……隣には女性がいますね。」


 スピーカー越しの鈴木の声が淡々としているのが、逆にリアリティを増幅させる。私はスマホを握りしめ、胸が苦しくなるのを感じた。


「写真、動画、しっかり撮ってください。二人の顔がはっきり分かるように。」


「はい。もうこちらも準備しております。安心してください。」


 電話を切ったあと、私はキッチンのテーブルに突っ伏すように座り込む。


(圭介は、本当に美咲とホテルに……。)


 頭では分かっていたはずの事実が、こうして現実となると想像以上に苦痛だった。夫の裏切りを確信した瞬間、大学時代から慕ってきた親友の顔も思い浮かぶ。二人は今、笑いながら、私を嘲るように情事に耽っているのだろうか。


 しかし、私は泣き崩れるわけにはいかない。ここで得られる証拠こそ、復讐の第一歩なのだから。覚悟を決めた私は、夜が明けるまで待つことにした。

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