奈落の舞台 ~ 完璧なる復讐劇

海野雫

第一幕 裏切りの発覚

1.日常の綻び

 私、高橋桜子(たかはし・さくらこ)は、夫・圭介と三人の子供たちと一緒に、東京近郊の住宅街で暮らしている。どこにでもあるような平穏な毎日……のはずだった。だが、第三子を出産してからの圭介の態度は、あまりにも変化が激しすぎた。


「いってらっしゃい。」


 いつものように玄関で見送り、私が微笑みかけると、彼はスマートフォンをじっと見つめたまま、軽く手を振るだけ。かつては「行ってきます」「ただいま」をきちんと言い合っていたはずなのに、それすらも形骸化した挨拶になってしまった。


「今日も残業。夕飯は要らない。」


 圭介が短くそう告げ、さっさと外へ出て行くと、黒い高級車のエンジン音が鳴り響く。私は無言のまま、その車が視界から消えるまで佇んでいた。


「パパ、もうずっと一緒にご飯食べてないね……。」


 リビングに戻ると、長男の悠真(ゆうま)が寂しそうにソファに座っている。彼はまだ小学生とはいえ、最近の父親の変化を敏感に感じ取っているようだ。足をブラブラさせているその姿は、どこか不安げでもあった。


「お仕事が忙しいのよ。」


 私がそう言うと、悠真は小さく頷いた。しかし、その頷き方からは納得しきれていない様子が見て取れる。


 次女の玲奈(れな)は、小さな声で「パパ、スマホばかり見てるよね……」と呟く。彼女は7歳になったばかりだが、観察力はかなり鋭い。私としては子供たちを不用意に混乱させたくないのだが、母親が何かを隠していることは伝わってしまうのか、玲奈は不安な顔を浮かべていた。


「ねぇ、ママ。本当にパパはお仕事? パパ、帰ってきてもあんまり話さないよ。」


 玲奈にそう言われ、胸がチクリと痛む。私も正直、圭介の態度には不信感しか抱けなくなってきていた。夜遅く帰ってくるだけならまだしも、休日まで『仕事だ』と称して外出し、スマホを肌身離さず持ち歩く。会話すらままならないまま、時間だけが過ぎていく。


 第三子を産む前までは、家族の団らんを大切にしてくれたはずなのに……いったい何があったのだろう。私は子供たちの前で暗い顔を見せないよう気を張りつつも、日に日に増していく不安を拭い去ることができないでいた。


「……すぐに落ち着くわよ。多分ね。」


 本当は私も分からない。けれど、子供たちには余計な心配をかけたくないから、こう言うしかない。圭介がどう変わってしまったのか、私に対して愛情がまったくなくなったのか、それすらも判断がつかないまま、私たちの生活は続いていく。

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