アルテミス・ナイト

六条京子

プロローグ 月夜の出会い

満月の夜。月光の眩さ、高貴さにひれ伏すかの如く、いつもはキラキラと瞬く星たちも、今宵はその輝きを潜めている。夜だというのに、紺碧の明るい夜空の下、夢のように美しい女たちが森を闊歩していた。

 それもそのハズ。彼女達は人間ではなく、神の国オリンポスに住む女神と半神、そしてニンフなのだから。絹の上等なドレスに身を包んだ美女達が列を作り、花咲く芳しい草の上を優雅に滑っていく姿は、さながらパレードのような華やかさだ。

 「まぁ、一段と麗しい月夜でございますね、アルテミス様。まるで今宵の貴女様のように」

 頭にジャスミンの花を挿したニンフが、先頭を歩く、この中でも一際輝かしいオーラを放つ者に声を掛けた。彼女こそ、月を象徴する女神アルテミスである。

 「うふふ。上手いわねカリスト。お前こそ、白くて無垢なジャスミンの花がよく似合っているわ。純粋なお前みたいに綺麗な花ね」

 「まぁ、アルテミス様ってば」

 自身が仕え、尊敬するアルテミスにそう言われ、ニンフ・カリストは頬を赤らめた。同性であっても憧れずにいられない存在が、このアルテミスであった。まず、彼女はとてつもなく美しい。

 ほっそりとした肢体は、さながら白百合のような優美さ。肌は真っ白で陶器の如く。髪の毛は今宵の月のように、煌めくブロンド。瞳は海を思わせる鮮やかなブルー。そしてオリンポス十二神というトップに君臨する気高さ。そんなとびきり美しいアルテミスの信奉者が、今夜は女神に募って人間界を視察という訳である。この行事は月に一回は行われており、下界を歩きなれた彼女達の足取りは軽やかだ。

 「アルテミス様、本日は地上に異常はなさそうですわね」

 隣からセレネが話しかけて来た。セレネもアルテミス程の身分ではないが、古代から月を司る女神の一人で、その美貌はアルテミスと互角である。

 アルテミスが艶やかな金の月ならば、セレネは静謐な青い月といった所だろうか。ウェーブがかった黒髪はしっとりとしていて、睫毛の長い黒い瞳と調和している。控えめな性格も相まって、こちらの信奉者も多い。

 「そうねセレネ。平和なようで何よりだわ」

 そんな風に話していた所で、ニンフの一人が何かを見つけたようで女神二人の元に駆け寄って来た。

 「アルテミス様!セレネ様!」

 「どうしたのですか、ダプネ。息を荒げて」

 セレネが尋ねると、ダプネは大きな月桂樹の木を指差した。

 「あの木の根元に、赤ん坊が二人、捨てられているのでございます」

 「まぁ、それは大変ですわ。アルテミス様、見に行きましょう」

 「ええ」

 天女の如く、ふわりと天を舞い、女神たちは月桂樹に近づいた。オギャアオギャアと元気な泣き声がする籠を覗き込むと、そこには二人の赤子が寝ていた。不憫になり、女神たちは一人ずつ抱き上げた。

 「これは・・・。つい先日、戦争で滅んだアルドロンの紋章ですわ・・・」

 セレネは赤子のくるまれた服に着いた百合の紋章を見て、目を丸くした。大国アルドロン。あんなに栄えた国が戦争に負けるなど、誰が考えただろう。きっとこの子達は、王家の末裔で、家臣によって何とか生き永らえたのだろう。

 「可哀想に・・・」

 アルテミスは、胸に抱いた赤ん坊を見て同情した。セレネの胸にいる子もそうだが、この兄妹達は、二人そろって非常に端麗な顔立ちをしている。そう、アルテミスは抱いた途端に分かったのだが、子どもの内一人は男の子だったのである。本来ならば、大した問題ではないが。自分は処女神アルテミス。男人禁制のアルテミスの園に、本来この者は入ってはならない存在である。が、こんな赤子にそれを求めるなど残酷でしかない。アルテミスは自分を取り囲むニンフ達に向き合い、こう宣言した。

 「この月夜に、彼女達アルドロンの王女達に出会ったのも、何かの縁。アルドロンは信仰心も厚く、とても素晴らしい王国であった。私は、この者達が立派に成人するまで、私の神殿にて、匿おうと思う」

 アルテミスの言葉に、ニンフ達はざわめいた。何故なら、人間がアルテミスの神殿に立ち入るなど、前代未聞であるからだ。

 「不服な者もいるかもしれないが、それならばそれで良い。私はこの子達を守る」

 アルテミスは青い目をキッとさせ、子どもを力強く抱いた。セレネ一人は冷静で、「アルテミス様に従います」との事だった。

 こう言われると半神・ニンフ達も黙るしかなく、この時の彼女達の胸中は様々であった。カリストなどは「流石はアルテミス様、やはりお優しいですわ」と好意的であったが、逆に憎悪の念を抱いている者もいた。

 「酷い・・・酷いですわ、アルテミス様・・・。私も死に物狂いで努力して、貴女様にお仕えする騎士の一人になったというのに、人間をこの聖域に入れるなんて・・・」

 こう思い、薄っすらと涙を浮かべていたのがダプネである。ダプネの女神への愛は強く。ここでその形は歪んでしまったが、それが発覚するのは、まだまだ先である。

 女神二人の抱いた赤子は、いつの間にか泣き止んでいて、穏やかな表情を浮かべていた。アルテミスは小さな命に安らぎを覚え、紅い唇から優しい声を奏でた。

 「お前たちを絶対に守るわよ。そうね、こんな月夜だから、こう名付けましょう。私の抱いているのがルナで、セレネの抱いている娘がディアナよ。両方、あの綺麗な月を表す名よ。お前たちの事をとやかく言われないように、貴婦人中の貴婦人に鍛え上げてあげる。厳しいから、覚悟なさいよ」

 アルテミスの青い目に見つめられ、ルナは「だー」と喋って、プクプクした手を宙に揚げた。

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