第25話:任地への到着
ナットシャーマン諸島はそのまま州の名前であり、州都はダビドゥス。メイン港であるダビドゥス港は普段であればグラナドス領都ディペランとの直行航路を持つエルフィン側唯一の港であり、メルセリアとのイミグレーションを一手に引き受けている国内最重要拠点の一つだ。
観光やビジネスの出入国管理を行うだけでなく、輸出入に関しても東方大陸との窓口となっており、フリージアもメルセリアもダビドゥスを無視してエルフィン国内を航行することはできない。
それだけ重要な拠点という事で、首都カナビスからかなりの遠方であるにもかかわらず商業港として大発展を遂げていた。
首都カナビスを出港して約10日。9月5日朝にダビドゥスに入港したラーク達は、いつもの賑わいを失い、厳戒態勢となっている州都の状況を目の当たりにした。
「これは・・・」ラークが言葉を失う。
破壊活動や戦闘が行われたわけではないが、既にメルセリア方面から逃げてくる商船や民間船により、クーデターの情報は広まっていた。
メルセリアからの軍事行動を警戒し、更には交易が途絶えている事で街には活気が無く、このままでは海上交易で経済を支えているナットシャーマン諸島自体が深刻な経済的ダメージを受けるであろうことは容易に予測できた。
憮然とする三人の元に、初老の男性が歩み寄ってきた。
「ようこそおいでくださいました。このような状況ではございますが、ひとまず仮設の司令部へご案内いたします。」
男の名はケント=ロスマンズ。ナットシャーマンの州知事を務める男だ。首長としての評判は悪いものではない。州は国が配備する正規軍とは別に独自の州軍を持つ場合があり、ナットシャーマンは州軍規模ではないが州独自の小規模な防衛艦隊を持っている。そして州知事は非常時には防衛隊の司令官を務める事となる。
しかしながら、ケントの時代よりだいぶ以前からメルセリアは勿論の事、州知事が直接指揮を執る様な軍事的トラブルも起らず、時折現れる海賊討伐や民間船同士のトラブル解決を行う程度の平和な状況であった為、今回の事態に州知事以下の州軍や州政府が防衛強化以外の手段をまるで取れずに頭を抱えている状況であった。
リムジンで司令部へ案内される道中、ケントが三人に頭を下げる。
「この度は誠に申し訳ない。本来であれば我々も積極的に協力すべきでしょうが、平和ボケしてしまった州軍や軍事指揮経験のない私や州政府ではお役に立てず・・・」
ハンカチで額の汗をぬぐいながらケントが彼らに向けて話しかけた。
ラークがケントに安心させるように話しかける。
「お気になさらず、州知事閣下。何世代にもわたって大きな戦争が無い上に世代交代も起きておりますれば仕方ありますまい。それに、今まではある程度平和であったがゆえに正規軍以外の軍事力について重視してこなかった責任が中央政府にもあります。今回の事は我々も想定外でした。ともかく、一刻も早くこの状況を解決したいですがすぐにと言うわけにもいかんでしょう。当面はメルセリア国内の混乱が続くと思われるので、我々は被害を被らないように最善を尽くしましょう。」
「スピークス中佐、よろしく頼む。差し当たってやることはあるだろうか?」
「それなら、防衛艦隊の指揮官の方と話がしたい。今後の作戦についても打ち合わせたいのでな」
「承知した、メビウス中佐。司令部に来るように指示しよう。」
傍らの秘書に防衛隊への連絡を指示すると、ケントはアヤメの方に向き直った。
「ランバージャック中佐、お噂はかねがね伺っております。もしお時間が許せば防衛部隊の海兵隊に稽古をつけてもらえるとありがたい。お願いできるだろうか?」
「もちろんです、閣下。微力ながらお手伝いさせて頂きますわ。ただ、まずは目下の任務に専念してからの話となりますが・・・」
「もちろんだ、貴官らの任務遂行の邪魔にはならないようにする。落ち着いてからで良いので頼みます。・・・そろそろ着いたようですな。」
リムジンが止まり、3人とケントは仮設の司令部に到着した。
元々メルセリアやフリージアからの来賓を迎える想定で建設された迎賓館であるが、あまり使用されておらず今回の事件で当面の間使用する可能性が無くなった事から、若干手を加え仮設司令部としての準備をしていたのだ。
「こちらをお使いください。元々迎賓館ですので、士官の方々が宿泊可能な個室と設備もそろっております。必要であれば身の回りの世話をする従卒も手配いたしますが・・・」
「必要御座いません、従卒については我々にも従軍している。お気遣い感謝いたします。」
そうラークが謝絶し、3人はそれぞれあてがわれた居室に向かい、当面の荷解きをしてから司令部の中央にある会議室へと集まった。
「執務室は掃除が間に合っていないらしくて、もう少し時間がかかるらしい。それまでここを使ってほしいそうだ。」
キャメルが二人に説明し、二人は承知したと短く返す。
「さて、防衛隊の指揮官が来るのを待つ間、我々としてはこれからの作戦について少し打ち合わせをしておこうか。防衛隊の思惑も確認したいが、まずは我々の意思統一を行っておこう。」
ラークがそう言いながらPCを操作すると会議用テーブルに埋め込まれたディスプレイに、近隣の地図が浮かび上がってきた。
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