第二節:Der Angehende Held. ー英雄の萌芽ー

第11話:序開(じょかい)

オーク材の重厚な扉をノックして入室した三人を待っていたのは、柔和さと表情を消し両肘をつき顔の前で手を組んでいるカールトン校長であった。

「失礼致します、ラーク=スピークス中佐以下三名、出頭致しました。」

隙のない仕草で3人が軍靴を響かせ敬礼する。

「うむ・・・」

ゆっくりと立ち上がりカールトンも重々しく答礼した。

「よく来てくれた、まぁかけたまえ・・・」

三人に着席を進め、自らも執務用のマホガニーと本革でしつらえた重厚な椅子に腰を掛ける。ラーク達も勧められるままに、来客用のソファに腰掛ける。


暫し重い沈黙が流れる。三人ともカールトンから話しかけられるのを待っていたが、一向にその気配がないので遂に代表してラークが話しかけた。

「あの・・・閣下、どの様なご用件で?」

他の二人はラークに任せたのか固唾をのんでカールトンの言葉を待っている。

「あぁ、実はな・・・」

そう言いながらカールトンが椅子と同じくマホガニーで作られたこれまた重厚なデスクの引き出しからファイリングされた写真付きの報告書を取り出した。

「これは・・・?」

目の前のテーブルに置かれた報告書に三人が目を通す。読み進むについて、その表情が硬くなっていった。


「メルセリアが・・・ですか?」

顎に手を当てキャメルがつぶやく。

「そうだ、メルセリアの動きに不穏の気配有り・・・との事だそうだ。」

「しかし、上っ面だけとは言え私たちとは相互不可侵の取り決めもあるのに・・・」アヤメも耳朶をつまみながらつぶやいた。


だが、カールトンは首を左右に振りながらため息とともに説明を始めた。

「この報告書の通りだ、メルセリア軍と思わしき艦船が我が国との緩衝海域である公開に出たそうだ。そして、正体不明の飛翔体・・・写真を見る限り飛竜ワイバーンのようなシルエットだが、生命反応はごく弱くしか感知できなかったそうだ・・・」

その言葉に三人が反応する。


「・・・確かに生命反応は弱かったのですか?ワイバーンが?魔力や生命力測定ステータスチェックは行ったのですか?」

ラークの問いにカールトンが応える。

「無論だ、だがこの飛翔体はごく短い時間しか確認できなかったのでチェックするにも時間が足りず、まともなデータは取れなかったらしい。」

「そうですか・・・」

ラークは黙り込んだ。


「しかし、今までメルセリアは『国境に現れる艦船はわが軍とは関係なく、海賊や地方部族の類である』と主張していたはず。今回はわざわざ正規軍とわかるような形で現れたという事ですか?」

キャメルが問いかけた。


「今の所その疑いが濃厚・・・という事で軍上層部と政府がメルセリアに問い合わせているそうだ。領海侵犯ではないにしろ、我が国の国境付近の海域で示威行動ともとれるような真似をされては困るからな。どのみち、メルセリアは認めまいよ。」カールトンはそう答えると、軽いため息をつき言葉をつづけた。

「むしろ我が国としては、正体不明の飛翔体が『ただのワイバーンもしくは飛行型の魔獣』であってくれれば良いと考えている。」

「・・・どいう事ですか?」

ラークが問う。


「知っての通り、我々の世界は航空戦力を持っていない。サモンズ達から技術と理論は伝授されているし鉄道・船については世界各地に広がったが、空については理論として学びはしたが実用化はしなかった。ワイバーンを始めとした飛行型の生物が乗用としても活用されているから・・・と言う理由はわかるな?アヤメ。」

突然話を振られて一瞬考え込んだ。


「それは存じておりますが・・・それはどういう意味で?」

「もし、これが生物でないならメルセリアは生物以外の方法で空を飛ぶ能力の開発をしているという事だ。我が国でも研究だけは進めているが、実用化には至っていない・・・分かるな?」


キャメルが真剣な表情で答える

「・・・いざ戦争となったら空から攻撃される・・・そういう事ですね?」

「そうだ、我が国の現有戦力は空からの攻撃に対して備えてはいるが、それはあくまでワイバーンや飛行型魔獣やそれに搭乗した竜騎兵隊ドラグーン、つまりは生物を想定している。これがもしメルセリアの新しい兵器だったら・・・と言うわけだ」

「能力不明の兵器、ですね。」

カールトンは無言でうなずいた。


「正直これは脅威か杞憂かはわからない。ただ、これへの対策も含めて私も異動となる様なのだ」

「そこで司令部への異動と・・・な国境防衛ですな」ラークが指摘する。

「その通りだ、先ほど司令部から伝達があってな、統合軍司令部副司令長官と第一艦隊司令官を拝命する事になった。」

「第一艦隊司令官と言えば、メルセリアとの国境を警備する最前線のミケーネ海域配属ではありませんか!名誉とは言え海賊退治の激務ですな」

ラークが肩をすくめながら恩師の苦労を心配する。

「心配するフリはいらん」

苦笑いしながらカールトンが軽く手を振る。

「西側ではオーザリクとユールハイドの政治的対立も深刻化し始めているらしい。貴官らもどこかの大国相手に戦う事になるかもしれんぞ。」

三人は恩師の言葉に顔を見合わせ、ゆっくりと恩師に向き直ると揃ってにやりと不敵な笑みを浮かべた。


『楽しみです』声がハモる。

その表情に彼らの恩師はまなじりを下げて苦笑した。

「やれやれ・・・貴官らは」

カールトンは言葉を続ける。

「貴官らも、今は国内の海賊討伐や国境警備がメインだろうが、もしかすると全ての人事が変わるかもしれない。今は上級職だけへの内示だが、来月人事発表がある。八月には異動かもしれんから覚悟しておくように。もう下がってよいぞ・・・あ、当然この件は公示前だから口外禁止だ。」

『はっ!』公示前の事実が軽いノリで知らされた事にごくわずかに驚きながら唱和した三人は立ち上がり敬礼した。カールトンも答礼を返し、ラーク達が退出する。


校長室の窓辺に立ちながらカールトンは独白した

「荒れるだろうな・・・」


その予言は遠からず当たる事となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る