第10話

 私はサー・ガレン、幾多の人生を繰り返し、エリンと出会い、失い、そしてまた出会ってきた老騎士だ。


 今、この世界で、彼女は野原に立つただの村娘として私の前にいる。彼女の声が響く。



「ガレンさん、遅かったね。遅かったよ。待ちくたびれちゃったよ。意味わかるかな?」



 その言葉が、私の胸に深く突き刺さり、魂の奥底を揺さぶった。私は立ち尽くし、彼女を見つめた。彼女の無邪気な笑顔、その瞳に宿る懐かしさ。そして、彼女の言葉の重さ。


 わかるとも。わかるとも。私はその意味を理解している。彼女の「遅かったね」は、ただの軽いからかいではない。彼女の魂が、私との繰り返される人生をどこかで感じているのだ。

 何度も何度も、私は彼女と出会い、彼女を失ってきた。彼女が魔法使いとして私の傷を癒した世界、貴族の娘として政略結婚に縛られた世界、王女として吊るし首にされた世界。そして、彼女がただの女の子として笑うこの世界に至るまで。私は遅すぎた。彼女を救えず、彼女を守れず、彼女の望む平穏を彼女に与えられなかった。



「エリン……」



 私は彼女の名を呟き、膝をついた。五十を過ぎたこの体は重く、白髪交じりの頭を下げる。彼女が待っていた。どの世界でも、彼女は私を待っていたのかもしれない。 


 私が彼女を救う瞬間を、彼女がただの女の子として生きられる瞬間を。私は涙を堪え、彼女に近づいた。



「お前を待たせてしまった。すまなかった、エリン。本当にすまなかった」



 と声をかけた。


 彼女は首をかしげ、私を見下ろす。「ガレンさん、変なこと言うね。遅かったのは今日のことだよ? 私が野原で待ってただけだよ」と笑う。だが、その笑顔の裏に、私は感じる。


 彼女の魂が、私との長い旅路をどこかで覚えていることを。彼女が「待ちくたびれちゃったよ」と言うたび、私は思う。何度も繰り返してきた人生の中で、彼女は私を待っていたのだ。私がやっとこの世界にたどり着くのを。彼女がただの女の子として笑えるこの瞬間を。


 私は立ち上がり、彼女の手を取った。



「エリン、やっと会えた。お前にやっと会えたんだ」



 と呟くと、彼女は少し驚いた顔をして、それからにっこり笑った。「ガレンさん、ほんと変だね。でも、そうだね。私もガレンさんに会えて嬉しいよ。一緒にいてくれるよね?」その言葉に、私は全てを悟った。彼女を待たせた罪悪感と、やっと彼女にたどり着けた安堵が、私の心を満たす。



「ずっと一緒だよ、エリン。お前が待っていてくれたなら、私はもう遅れない。お前と一緒に、この野原で笑って、夕陽を見て、ただ生きていく。それが私の全てだ」



 と答えた。彼女は私の手を握り返し、「うん、約束だよ!」と元気に言った。その小さな手から伝わる温もりが、私の疲れた魂を癒す。



 エリン、私の魂の半身。お前を待たせてしまった。何度も何度も繰り返してきた人生で、私は遅すぎた。だが、今、この世界で、お前がただの女の子として私の前にいる。私はもうお前を失わない。お前が待ちくたびれた分だけ、私はお前と過ごす。お前が笑うたび、私の遅れは赦される気がする。



「エリン、行こう。川まで競争だ。お前が勝ったら、明日は私が花冠を作ってやるよ」



 と私が言うと、彼女は目を輝かせて走り出した。



「やった!負けないよー!」



 彼女の背を追いながら、私は思う。やっとだ。やっとお前に会えた。お前を待たせた分、これからはずっとそばにいるよ。私のエリン。私の愛する、ただの女の子。

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