水月鏡花

和藤内琥珀

第1話

1


進学先が分かれた。それだけだった。

それだけだったかま、それ以上で。

何言ってるんだコイツと自分でも思う。分かってくれなくていいと思う。だが分かってほしい自分もいて。


ずっと追いかけてきたアイツが、自分の前から消えて目標がなくなるのが怖かった。

ただひたすら勝ちたいという意地だけで、勉強も運動も努力を重ねてきた。ずっと、超えたくて超えられなくて、もういなくなるということは、一生超えられないんだとありありと見せつけられたようで。

唇を噛む。もう意味はないというのに。

足元の水たまりに映った月が、薄ら笑うようにゆらゆらと揺れていた。


2


進学先が分かれた。正しくはわざと違う大学を希望した。彼のことだから、僕に負けないように一番いい大学を目指すことだろう。それを見越して、違う大学に志望した。

熱心に向かってくる彼をみるのは面白いけれど、もっとその熱を役立てることができる場があるはずだから。

伝えた時、君は俯いたままで、君が呆れているのか、困っているのか、何も分からなかった。いつもの、なんでもっとはやく言わなかったんだとか、他のやつにはちゃんと言ったのかとか、そういう文句が飛んでくることは一切なくて。

ただ、弱々しく、そうかとだけ告げて、君は逃げるように帰っていったっけ。

君のことはなんでも知っているつもりでいたけど、そうでもないみたいだ。

君がいなくなることだけ知っている。

それが寂しいことだけ知っている。

見上げた空には、手を伸ばせば届きそうなほどに近い月があった。


3


変わらないアイツに余計に腹が立った。

何事もなかったように、いつもの気持ち悪い笑みを貼り付けていた。

「おはよう。今日も早いね。」

まあ僕のほうが早いんだけどねという含みのある笑顔。一番キライな顔。なにがそんなに面白いのか。

「無視かい? ひどいなぁ。」

「…おはよう。」

自分でも分かるほど、苛立ちが声に出た。自分に分かるのだからアイツには手玉に取るようにわかるだろう。

わかっているだろうに、ずっと口角を上げたまま、視線はこちらをとらえていた。

「元気そうで何より。そうだ、みっちゃん。」

「うわ、みっちゃんってなんだよ気色悪いな。今までそんな呼び方したことなかっただろ…。」

今まで出会ってきた人間の中で一番親しみという単語からかけ離れている存在の口から、みっちゃんなどというあだ名が出てくるとは、予想外すぎて鳥肌どころではなかった。からかってきているのは重々承知の上だが、それでも気味が悪かった。

わかりやすく軽蔑の目を向けてやると、アイツはわざとらしく口を尖らせた。

「えー、この前後輩の女の子にそう呼んでもらってたじゃない。嬉しがってたからこの呼び方が良いんだと思ったんだけど。違うの?」

「情報の切り取る部分がちげぇよ、おまえに呼ばれて嬉しいわけねぇだろ!」

「思春期だねぇ。」

「うるせぇ。おまえは俺の母さんか。」

「母親ならみっちゃんって呼ぶの?」

「いや…。もういい。」

大きくため息をつく。

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水月鏡花 和藤内琥珀 @watounai-kohaku123

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