2.

「『物価、特に食費の高騰が著しく、なにとぞ必要経費の増額を願う』っとこんなのでいいか」


 スーパーから帰った丈太郎は、上層部への歎願のためのメッセージをスマホに打ち込み、ベランダへと出た。


 ここは丈太郎の自宅兼事務所である。銀河連盟の職員なのだから、都内の高級タワーマンションンの一室なのではないかとお思いだろうが、そうではない。築五十年、団地ブームの時に建てられた公団団地の一つで、立地が悪いため建て替えられることもリフォームされることもなくそのまま時代に取り残されたような朽ちかけの建物だった。その団地の最上階、五階の角部屋が丈太郎の地球での居室だ。

 連盟の治める範囲は広い。辺境の一惑星の監察官に使える予算は限られる。支出は出来るだけ削減する必要があるので、地上の事務所もこんな場所というわけだ。


 ベランダに出たところで丈太郎は天に向けてスマホを掲げた。そして送信ボタンをポチっとタップした。それで静止軌道上で控える彼の宇宙船・ヴァルファスタ号にメッセージが亜空間転送される。ちなみに船名のヴァルファスタとは丈太郎の出身星に伝わる時空を超えて世界を見守るという神の鳥の名だ。

 転送されたメッセージは船のAIが、必要と判断したら上部組織に届ける。かつては地上と宇宙と一人づつ、二人一組が辺境惑星監察官の基本だったが、経費削減のため宇宙で待つのは高度な知能を有するAI搭載の宇宙船のみとなった。その宇宙船が丈太郎の相棒というわけだ。


「ヴァル頼むぞ。ちゃんと中央に伝えてくれよ」


 夕焼けで赤く染まり始めた空を見上げ、丈太郎は祈るようにして呟いた。

 そして、下へと顔を向ける。すぐ目の前に川が流れている。


「また釣りをして、魚でも取るか……」


 それほど大きな川ではないが、水は綺麗なようで多くの生き物が生息していた。丈太郎は生活費が苦しくなるとそこで魚を取り、どうにか危機を乗り越えていた。漁業権侵害で違法になりかねないが、背に腹は変えられない。人の少ない夜や早朝にこそっと釣りをして魚を取っていたのだ。

 今晩あたりに行くか――そんなことを考えながら川を眺めていると、ふとあることに気づいた。

 川の向こうに広がる畑。そこに緑の野菜がずらりと植わっていた。畑なのだから当然――という訳ではなかった。何故なら――


「なんだ、昨日まで何も植わってなかったのに……」


 そう、昨日までは茶色の土くれがむき出しで強い木枯らしが吹くと土埃が舞い上がり、丈太郎の今いるこのベランダが砂まみれになって辟易していたのだ。


「苗を植えた――いや、それにしては大きく育ちすぎている。それにあれは――」


 丈太郎は手すりから身を乗り出し、目を凝らした。古くなった手すりがギイッと嫌な音をあげたが、気にせずに畑を凝視する。


「――やはりそうだ! あれは、キャベツだぁ!!」


 叫ぶ丈太郎。夕闇にその咆哮が響くが、特に気にするものはなかった。多くの団地と同じで、この団地でも居住者は高齢者がほとんどで、多少の騒ぎなど気にしない。


「それも立派に育っている。大玉だ。あれなら一玉千円以上に――」


 ゴクリッ……


 思わず生唾を呑む丈太郎であった。

 しかし、僅か一日でキャベツが収穫できるまで育つわけはない。育ったものをわざわざ植えるわけもなく、いったいどういうわけなのであろうか?


「これは何かある…。陰謀の匂いだ……」


 丈太郎は監察官の仕事として、今晩、その畑を調べに行く決心をした。

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