第7話 ◆「山へ行く」◆
クハル山みゃくはノールガルドの東につらなるれんぽうで、めずらしいしょくぶつや生きものがたくさん見られる。けれど危ないまものやとうぞくも出るので、うかつには近づけないところだ。そういう危ないものから守るために、ノールガルドはじょうさい都市になっている。
ラースはこの山みゃくを仕ごとばの一つにしていた。ふつうでは手に入らない薬草やハーブ、スパイス、せんりょう、こう石、まもののおとしもの、それにときどきコレクターのいらいの品なんかを探しに来た。大きなリュックを背負って、何日か分の食料と水を持って、しっかりしたそうびをして山々をわたり歩く。もちろん、剣も持って。
トゥーリも硬い皮のブーツやコートを着せられていっしょについてきた。ラースがトゥーリにいっしょに来ていいとゆるしてくれたのは、トゥーリが6才になって、自分で長く歩けるようになったからだ。それまではラースが山へ行くときはいつも、トゥーリはラウリのおうちでおるすばんしていた。
今日はラウリもいっしょに、薬草を中心に探しに山みゃくの南がわに来ていた。この辺りは山もそんなにけわしくなく、危ないまものも少なくて、かんこうに来る人もいるくらいだ。ラースを先とうに、トゥーリをはさんで、ラウリがしんがりだ。山の空気はすんでいて、トゥーリがしんこきゅうすると、針ようじゅのこうばしいようなにおいがした。
三人は足元をきょろきょろと見ながら、少しずつ山をのぼっていく。高いところまでのぼってくると、木がなくなって背の低いしょくぶつが増えてくる。
ラウリが、トゥーリ、右手にスズユリがあるよ、とか、ラース、クハルリンドウは根っこをとりすぎないでね、根っこがのこっていればまたのびるから、とか、色々と教えてくれる。
小さなまものとも何回かそうぐうした。マメッコやマメッコモドキは、エンドウマメの花みたいなあたまをしていて、モドキの方はさわるとかぶれる。
タンタンウィードはただ転がっているだけだから害はない。干してお茶にするとうまいとラースが言っていたけど、トゥーリはあんまり飲みたくなかった。
やっかいなのはヨモギッポイネンで、ヨモギだと思って手を近づけるととびかかってきてめちゃくちゃにひっかいたりかんだりする。小さいのであんまりいたくはないけれど、びっくりする。
でもヨモギッポイネンの本体である根っこを切り落として、草の部分をせんじると、ひん血に効くのだ。根っこのほうは干して粉にするとせき止めになる。
山みゃくの北の方はもっとけわしく、オオカミや危ないまものも出るから、トゥーリはまだいっしょには行けなかった。うわさでは、りゅうがまだすんでいると言われていた。
りゅうは大きなつの、かぎづめ、するどいきば、そして大きなつばさを持った巨大なまもので、高い山やふかいけい谷にすむといわれている。牛でも馬でもぺろりと一頭食べてしまうし、オオカミのむれすらけちらすというきょうぼうな生きものだ。
よく、おとぎ話に出てきて、人間をおそうこともあった。一方でとてもしんぴてきな生きものだと言われていて、りゅうのつのやつめ、うろこなんかは良いぶきやぼうぐを作ったり、加工して薬にしたりすると高値で売れると伝わっていた。
とくに、りゅうの目だまや、心ぞうは、「命のみょうやく」と言われる伝説の薬を作り出すと信じられている。
「命のみょうやく」は、しんだものを生き返らせ、生きるものにえいえんの命を与えるばんのうの薬だ。ラースは、そんなものありえないと言うけれど、ジェンさんは、あながちうそではないかもしれないよ、と言っていた。
トゥーリはりゅうに会ってみたかった。食べられてしまうかもしれないと思うとこわくてぶるるとふるえたけれど、絵本で見る空をとぶ巨大な生きものはそれはそれは美しかった。
トゥーリたちは十分な薬草と少しのこう石をあつめて、日のおちないうちに帰ることにした。帰る前にはらごしらえしていると、そばのしげみがガサガサとゆれて、ヨモギッポイネンがあらわれた!
ラースは水を飲みながら少し考えると、木の枝をひろって、トゥーリにわたした。
たおしてみろ。
エッ!?とトゥーリとラウリの声がかさなった。けれどおどろきと心配の表じょうをうかべたラウリとちがって、トゥーリのかおはきたいにかがやいていた。
ぼくがたたかっていいの!?
トゥーリはラースをまねて木の枝を剣のようにかまえながら、もうりんせんたいせいだ。
むやみにふりまわすな。
ラースはしずかに言った。
心をおちつけて、じゃくてんをひとつきするんだ。
じゃくてん?
根とはのさかい目だ。
トゥーリは用心ぶかくヨモギッポイネンの根っことはっぱのさかい目を見きわめた。少しピンクっぽくなっていて、ほうれん草の根もとの部分のようだった。よく見るとそこにきらりと光る二つのつぶらな目が見える。
いっしゅん、トゥーリは、かわいそうかな、と思った。けれどラースがいつも言っている、命はめぐる、だから大切にいただく、ということばを思い出して、えいっと木の枝をふりあげた。みごと一げき、ヨモギッポイネンはパタリとたおれて動かなくなった。
トゥーリはそっとよっていって、ただのヨモギのようになったまものをそっと拾い上げた。ありがとう、と心の中で言って、ラースとラウリの方をふりかえって笑顔を見せた。ラウリはトゥーリすごい!と拍手して、ラースは、うん、とうなずいた。
三人はトゥーリとラースのおうちに帰って、なべりょうりを作って食べた。干し肉とたくさんのやさいといっしょに、ヨモギッポイネンの根っこもはっぱもきざんだのも入れて、おいしくいただいた。トゥーリは自分が守られているような、少しつよくなれたようなここちがした。
その夜、トゥーリはラースとラウリのね息を聞きながら、目がさえていた。食べるってこういうことなんだ、食べられるってこういうことなんだ、と考えていた。命はめぐる。だから大切にする。そうやってみんなみんなつながっているんだな、と思うと、なんだかとほうもないような気持ちになった。
ラースがもぞもぞとねがえりをうって、トゥーリの方をむくと、しずかに目をあけた。
ねむれないのか。
低いおだやかな声がトゥーリの耳をそっとなでた。それがトゥーリの心をおちつけてくれた。
ううん。大丈夫。
トゥーリはラースのむなもとにぐりぐりとあたまをすりよせて、ラースのふところにすっぽりとおさまった。ラースはトゥーリのかたにふかくふとんをかけなおすと、ぽんぽんとやさしく背をなでてくれた。
そうしてとろとろとねむりにおちていきながら、トゥーリは、自分が食べられるなら、りゅうに食べられたいな、と思った。そうして空をとぶりゅうのつばさの一部になって、どこまでもとんでいく。少しこわいような、でも少し安心するような、そんなつながりをかんじながら、トゥーリはラースのこどうを聞いていた。
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