械廻機譚はキミジカケ外伝〜変態物理学科大学生は怪奇譚を窮理する。仮説一、この世界は現実であるのか否か〜

玄花

司と機廻とお姉さん

第1話 プロローグを弾き出すは電磁加速砲。

 薄紫のパーカー。艶のあるショートの黒髪。髪と同じ色のショートデニムから伸びる太もも。黒縁の眼鏡の奥には彼女を無表情で見つめる少年が映っている。双方、雨に濡れた体で向かい合い畳の上、狭い狭いアパートの一室で。



「へえ、こんな狭い部屋でこんなに急接近してるお姉さんがいるっていうのにキミはどうも手を出そうとしない。その上無表情だ。非常識と言ってもいい。それは一体何故なのだろうか?是非ともキミの大学で論文を出してもらいたい案件だな」


 さて、数分前に知り合った薄紫の赤の他人は特に何を気にする事もなく僕の部屋にと上がり、その上で僕の虹彩を覗き込む。雨が降っているから追い出そうにも追い出す気にはなれずとも、そろそろ止んでくれたっていいんじゃないか。そんな風に僕は思うばかりである。そう、彼女の言う通り僕は紛れもなく、いち大学生、極々普通の大学一年生であるわけなのだが。


「…………」

 無論、僕の彼女に対する答えは無言である。言わずもしがな文字通りの黙秘である。問いに対する無音。それは、ざあざあと降りしきる雨に掻き消され、より一層の沈黙を生む。


 ───筈だった。


「ねえ、どうしてだと思う?あまりにもキミは無欲だ。いや、無欲というよりもなんだろうな……心外?」

 彼女はそんな無言に対して再び何を気にする事も無く、当たり前のように問い掛ける。





 ───もし仮にでも僕が貴女の思っている程に胴慾的であるのならば、僕は今頃このブランド非リア歴=年齢=童貞歴の方程式を保持してなんかいませんよ───





 しまった……。と、沈黙を貫くつもりであったのにも関わらず、思わず言葉を返してしまう僕。単純な話、これは僕のである。もはや、さがというか運命さだめというか、問いに対しての本能的な解答欲。そう、否応無しに無意識的に答えを返してのである。喋り始めたら最後、気味悪がられて……あとは想像にお任せしたいところである。が、特に今回は興味のある話題でもなかったようで思いの外セリフが続く事はない。


「ほ〜ん。私の大人の魅力がキミには伝わっているにはいると言いたいのだね?少年よ」


 さて、外が明るくなってきた。六月の通り雨もそろそろ立ち去ってくれるのだろうか。この僕を憐れんで。ああ、そうだった、レポートを提出しなければ。

 僕は後ろを向いて、お姉さんを視界から外す。目の前に映るのは鉛筆と机と原稿用紙。これはあくまでも趣味である小説の執筆である。プロローグからエピローグまで鉛筆で、そうアナログで書き連ねる。誰に見せる事もなく。……じゃなくて、やるのはレポートだ。危ない危ない、提出遅れは厳禁だから。


 いつもの事ながら机の中から中古のノートパソコンを取り出す。レポートを書き始めては僕の口からは笑みが零れ落ちていく。そうして溢れていった笑みがまた僕を無理矢理笑わせてくる。これだからレポートは嫌なんだ。あまりにも、あまりにも。窮理、それは僕達の断りを介する事を無くとも、それ以前に僕らが非存在であろうとも存在することわりをただひたすらに追い求める。いや追い詰めていく学問。


「クククク!あはははは!!!!」

 その窮理へと未だ先が見えずとも一歩一歩と迫る僕は、その楽しさ抗う事も出来ずに高笑いする。今からほんの数分前に起こった出来事に直接的な関わりがないとはいえ鮮明に、繊細に強引な程までにも強欲に記憶から引き寄せられるその喜びに。キーボードのカタカタという軽快な笑い声が。


「嗚呼、わたしゃ怖いよ。なんでこんな人間が普通に暮らせているのかが……」

 お姉さんは何故か後ろで僕から目を逸らす。そして、こんな言葉を漏らす。部屋の隅に丸まって僕を再びそっと見つめてから。

「どうして、どうしてこんなことに……」




 遡ること二時間ほど前、僕は今日の分の受講も終わり、昼を食べに近くのレストランへと向かう学生達を横目にして自宅へと直行していた。



 ───筈だった。



 まさしく、そうであるべきだったのに珍しくも、僕は外食をした。外食をしてしまったのだ。気まぐれとは本当に恐ろしいものだ。別段、特に時間がない訳でも、その先に嫌いな人間がいる訳でもないのに。こうもと表現しているのはこの少し後に起こる現象、事件、事変が由来している。



 現象、そう現象といえば僕の性分に無性に語りかけてくるとても恐ろしいものなのである。特に物理法則を無視した存在にひと際心奪われる。と、いうかもう僕の心は超常現象というそのものにとっくに強奪されてしまっているのではないだろうか。


 昼下がりの時間帯、そんな事を考えながら並んで店に入って一番安いメニューを注文、食べ終わって金を払って店を出る。


 またの話、ここが重要なのである。このという飲食店が、否応なしに混み合ってしまう時間に入店してしまったという事が。


 もし仮にこの僕がラプラスの悪魔を手にしていれば数分前の僕はレストランなんかに寄らずに家に帰って真面目にレポートを書き始めていただろう。(存在していないからこう困る事態に陥っているのだけれど)


 あのお姉さんがお昼の3時にわざわざ僕の家の近くのコンビニに季節限定のスイーツを買っている途中に僕に出会う事も、そして、あの怪物実験対象に出会う事もなかったのだから。



 灰色の塀、十字路、オレンジのカーブミラー。とくに人がいる訳でもない。薄紫のパーカーの女性さえいなければ。

「な、なんじゃこら……」

 その女性は十字路の真ん中、の2、3歩ほど手前で上を見上げる。赤い鳥の形をしたような何かが羽ばたいている。グレーの空に紅の炎を纏う、金属製の何かが。

「僕も分からないです」

 あ、しまった、癖が出た。僕は背後から急に問に答えを返す。待ち構えていたかのような即答である。


「いや聞いとらんし」


「はい、ですよね……」

 決して理解るわけではないのだが。だが、はっきり言って、それは僕にとって馴染み深いものだった。四神、朱雀の形を模した機体は。絡繰仕掛けの巨大な怪鳥は。赤い雄大な羽根に、金色の眼光。上空の灰の湿った雲に映えてはっきりと目に映る豪華絢爛な


 何かを思いついたように僕は荷物を地面に置く。

「それじゃ、少し下がってて下さい」


「?一応こういうのは私の仕事なんだが」彼女がこんな事を言い終わる間も無いうちに僕は深緑のリュックの中からモノを取り出す。


 その行動に気づいたお姉さんは僕の手元を凝視する。

「こりゃ驚いた。キミ普通にヤバい人だよ、危ない人だよ、危険人物極まれりだよ、この極々普通の公道が道が実は極道なのかもしれないな……」


 こんな事を呟きながら僕の手に持つものを視認した眼鏡の女性はすぐにそろりそろりと後退する。見てはいけないものを見てしまったかのように。末には塀に背中をぴたりと付ける。何か分かったようだ、まあ他人の事は今はどうでもいい。


「あゝ、今日の実験相手はいつもよりも面白そうだなあ♪……」

 うん、気分がいい。急に受講の疲れが吹っ飛んだ。あの怪物にだったらアレを撃っても問題は無いだろう。逆に今使わなくてどうする?そうだ、今こそ……。僕は黒い箱を手に持ち、その銃口をその怪物へと向ける。


 僕は上機嫌にその黒い箱の電源を押し込む。

「スイッチオン」


[カチ……]

 僕は手元に収まる電磁加速砲レールガンの電源を入れる。その黒い箱の全体に電気が走る。

[ジッジジジ……]

 ローレンツ力により、途轍もないスピードで金属の球が、黒い曇天の空へと弾き出される。その弾丸は、綺麗な直線の軌道を描き、赤い怪鳥にして械鳥の胴体へと金属球は発射された……。


[ドゴオオオン!!!!]

 銃声の如く音が轟き鳴り響く。


 対象に球は直撃したのだろうか、周囲に飛散した電撃に僕は目を瞑る。そして、視界を奪われた直後、僕は未確認飛行物体であるソレの消失を確認した。あの瞬間に居なくなってしまったのだろうか……。


 ……次はもう少し静かに発射出来るようにしよう。あ、もう銃口が壊れてる。丈夫なパーツを買わないといけないな。


 実験対象の消失により一瞬だけ十字路の中央で立ち尽くし、一人反省をしているとポツリ、ポツリと水が空から落ちてくる。雨か……そうだレールガン濡らしちゃまずいな。急がなければ、そうして僕はその女性と居なくなってしまった怪物を後に。帰宅のためその場を去る。


 ───出来なかった。


「あのさ、私、一応だこういうものなんだけど」

 仕事の邪魔でも謎の身分証明書のようなカードを見せて、ジト目で見てくるお姉さん。僕の右腕は既に彼女の手中収まっている。うむ、どうやら捕まってしまったようだ。


「……へ?」

 やはり、昨日も言われたが人前でああいう事はやらない方がいいみたいだ。警察の如く鋭い眼光を向けてくる。まるで、仕事の邪魔でもされたかのように。あゝまずい、これは本格的にまずい……の、かも知れない───         


 To be continue.

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