火裏蓮華
@sakusakusoru_2025b
序章 一九九〇年 大阪
珠姫
一九九〇年、春。大阪の
コンパニオンとして参加していた
目の前には〈いのちの海〉と命名された大池が広がっている。けれど
珠姫は朱色の腰紐で麻の葉柄の留袖を手早くたすき掛けにし、
分厚い紫雲が視界を閉ざしていたが、珠姫は気にすることもなく、ただ真っ直ぐに小舟を進めることに努めていた。玉のような汗が額に浮いている。細腕で小舟を漕ぐのは、想像していた以上に重労働だった。幼い時分に仏門に入り、心身ともに鍛えてきたつもりだったが、大池の中ほどに達するころには腕がぱんぱんに張っていた。
紫雲が薄くなり、視界が開けてくる。大池の南手にある〈いのちの塔〉から確認していたとおり、紫雲は水面の上を環状に広がっているようだ。すでに漕ぐのをやめていたが、小舟は自然と環の中心へと向かって進んでいた。手から離れた櫓が水面を流れて遠ざかる。戻るつもりはない。命よりも大切なものは、師に託してあるのだから。
「もはや
珠姫は
「
朗々と歌うように紡ぎ出された言葉は、法輪を空中に留め回転させた。呼応するようにして、紫雲に渦が現れる。渦は一つではなく合わせて五つ現れていた。渦巻く紫雲は絡み合い、筋線維のように細かな筋をなしていく。それらは編み合わされ、やがて大きな五つの眼となった。
五つの視線は珠姫で交わり、
「イッショニカエロウヨ」
水面が泡立ち、声が聞こえた。池より現れた無数の蔓が小舟ごと珠姫を絡めとる。小舟は細切れに切断され、水面に残骸を浮かべた。蔓が珠姫の体を締めあげる。あらがうことはできない。珠姫は己を奮い立たせようと、腹から声を発する。
「ああ、帰ろうとも。わたしが生み出してしまった無垢なる童子たちよ」
鎌首をもたげた蔓が、我先にと口に群がった。
「オン・アミリタ・テイ――」
赤い流れが、水面に
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