【更新停止】幼なじみと付き合えないんだが!?

竹水希礼

第1話 多分これが一番早いと思います

 俺の朝は美少女幼なじみに起こされるところから始まる。

 羨ましいだろ。


「まーく~ん、朝だよ~」

「う~ん、あと5分……」

「それ5回目だよ?」

「最多記録にチャレンジしたい」

「私の堪忍袋チキンレースも同時開催かな?」

「ぶっ起きた。のどかは今日もかわいいな」

「えへへ~」


 ちなみにお世辞ではないぞ。寝転ぶこちらを覗き込む顔は、マジで世界一かわいい。


「おはよう、のどか」

「まーくん、おはよ」


 起き抜けからミスワールド確定の笑顔を見られるなんて、俺はなんて幸せなんだろう。

 やや幼さを感じさせる顔立ちは、一流職人がミリ単位でパーツ配置したように整っていて――特に大きく丸い目が印象的だ。

 肩の辺りまで伸びた桃色の髪の一筋一筋が、窓から差し込む陽光を含んでキラキラと輝く様は、もはや天使の降臨である。

 俺から見て右のもみあげ付近から一房だけ編まれた三つ編みを、今日もついつい引っ張った。

 

「まーくん、これ好きだね~。ほどけちゃうからあんまり強くしないでね?」


 のどかの方も慣れたものである。

 田舎のばあちゃん家の電灯の紐みたいに2、3回クイクイやってから起き上がると、日光が眩しい。本日はお日柄もよくである。


「じゃあ、着替えるから」

「うーん、ちゃんとベッドから降りるの確認してからかなあ」

「いや、それは困る」


 男の朝はな。特有の生理現象がな。タケノコがな。


「えっ、なんで……あっ」

「朝だ「下で待ってるね~」


 のどかのお陰で爽やかな朝は守られた。

 そそくさと部屋から出ていく産院から一緒の幼なじみを見送り、俺はベッドから勃ち――失礼、立ち上がって制服に着替える。ズボンの脱ぎ着に少し手間取るのは御愛嬌。


 それからトイレを済ませ――こうなってる時ってめっちゃ出しづらい――カバンを担いで1階へ。

 そこではいつもどおり、妹が先に食べ始めている。今日は鮭か~。


「おはよう桔梗ききょう。今日も最高にかわいいな」

「キモッ。…………おはよう、まこと


 1つ下の妹は、お察しのとおり反抗期真っ盛りだ。

 のどかに勝るとも劣らない美貌は、目つきが常にじっとり眠たげなのを除けば俺そっくりである。つまり俺もかわいい。


 桔梗は紫がかったストレートボブの髪を払い、「ふんっ」と鼻を鳴らしながらご飯を口に運ぶ。

 その向かいに腰かけながら、今日も恒例のクレームをつけてみることにした。


「最近おにぃって呼んでくれなくておにぃ悲しいよ」

「……何回言う気よそれ」

「無論、呼んでもらえるまで」

「今際の際まで言ってるとキモいの化身だけど大丈夫?」


 死ぬまで呼んでくれない気なのか。


「それなら私が呼んであげよっか? ね、おにぃ♪」


 俺の隣席で箸に手もつけずに待っていてくれたのどかから、そんな声。

 おおう。これはなかなか破壊力高いな……。しかしだ、


「嬉しいけど、のどかは妹って感じしないなあ。いただきます」

「でも、まーくんの方が生まれたの27分早いし。いただきます」

「誤差だなあ」


 味噌汁染みるう。焼き鮭うっま。コーヒー(ブラック)にっが。

 砂糖とミルク入れろって? 意地があんだろ、男の子には。

 和食にコーヒー合わねえだろって意見に対しては……まあ、うん、はい。


「のどかは料理の天才だなあ」

「誠、それも毎日言ってるじゃない。実際おいしいけど、のど姉の料理」

「照れますなあ~」


 えへえへ照れるのどかもかわいい。


「ところで、お袋は?」

「今日もダメだったわ」

「今週はずっとダメだな」


 本日は4月10日木曜日。

 朝が死ぬほど弱い我が母は、月曜から今日に至るまで一度も、子供達が出発する前に起床できていない。

 ちなみにだが、父は職場が遠いのでとっくに出かけている。

 ここに居を構えた時は近かったらしいんだけどな。膝に異動を受けてしまってな。


「いつものことだけど、おばさん、なんであんなに朝弱いんだろうね~」

「寝るのは早いんだけどな」

「ひどいと文字通り半日寝てるわよね」


 そんな感じなので、この3人での朝食は慣れたものだ。

 やがてひと足早く桔梗が食べ終えると、食器を下げて順次洗い始める。

 遅れて完食した俺とのどかの分もやってくれるできた妹である。

 これについては、俺達がやると言っても「洗うのまでのど姉にさせられないから」と譲らないのだ。俺は?


 せめて何かしなくてはとテーブルを拭いていると、インターホンが鳴った。


「あっ、私行くね」


 のどかが玄関に赴き、ドアを開けて「のっちゃんおっはー!」「あーくんおはよう~」。来たか。


「マコにキッちゃん、おっはよーう!」


 元気に挨拶しながらエントリーしてきたのは、あたかも美少女のような生命体だ。

 水色のツインテールをぶんぶん揺らし、スカートを翻してニカッと笑う。


「おはようあおい。今日もクッソかわいいな」

「サンキュー!」


 クッソかわいい顔して細い脚にはニーハイソックス。どこからどう見ても100点満点の美少女だ。

 ちなみにこやつの名前は葵一郎いちろう。つまりそういうことである。


「あっ、まだ出られない感じ? じゃあ待ってるね~」


 人の家なのに遠慮のカケラもなく、葵はソファに寝転んでスマホをいじり始める。

 見え……見え……いや待てコイツはおと見え……


「フッフッフ~」


 葵がいたずらっ子の笑みでスカートをつまむ。

 いかん、気づかれたか。


「今、ボクのスカートの中見ようとしてたでしょ~」

「うん」

「マコの正直なとこ、ボクは好きだよ」


 いやあ照れるな。


「でもダーメ。ここは乙女のヒミツだよ~」

「分かった。でも1つだけ聞いてもいいか?」

「なに?」

「今日何色のパンツ履い「ステイだよ~まーくん」


 のどかがにこやかに笑いながら割り込んできた。

 なぜだろう、実に温和な笑顔なのに見てると心臓がキュッとなるんだ。


「キッッッッッッッッッッッモッッッッ」


 いつの間にか背後に立っていた桔梗の視線がキンキンに冷えてやがる。


「おっ、キッちゃん終わった? じゃあ行こうか~。ちなみに白だよ」


 よぉし今日も元気に登校だ。女子2人からの目線が痛いが些細なことだよ。



 *



 家を出るとそこは閑静な住宅街。

 ここから歩いて15分ほどのところに、俺達の通う高校がある。


「ういしょっと」


 俺は肩にかけた大きめの保冷バッグを担ぎ直す。


「いつもありがとうね、まーくん。私が持ってもいいのに」

「いやいや、作ってくれるだけでありがたいのに、持たせるわけにはいかんでしょ」


 このバッグの中には、のどかと桔梗と俺、3人分の弁当が入っている。

 食べ盛り男子であるところの俺はもちろん、ある事情からのどかの弁当もかなり大きいため、合わせると結構な重量になるのだ。


「そういえば、今日は転校生が来るんだよね」

「そうだね! 男の子かな、女の子かな、それ以外かな~」

「美人で胸が大きいと嬉しいな」

「キッッッッッッッッッッッッッッッッッ」


 桔梗はそれしか言えなくなってしまったのか。

 兄の立場から言うのもアレだが、お前は結構あるじゃないか。誰かと違って。


「まーくん?」


 キミは俺の心読めるの? 怖いよのどかさん。


「うーん、ボクも大きくなれればな~」


 とんでもない。お前はそのままがベスト・オブ・ベストだ葵。

 俺は大きいのが好きだが、なんでも盛ればいいと思っているわけじゃあないんだ。


 いやでも、大きい葵か……。

 蠱惑的な笑みに豊かな胸、それなのについてるし割れてない……いかん、変な扉が開いて左脚とか持っていかれそうだ。


「まあとにかく楽しみだな。ちなみに男だったらどうする?」

「いいお友達になれるよう前向きに善処するかな~」

「ドキドキさせるだけさせてキープくんにしたら面白そうだよね~」


 2人とも小指が立つ方向に行く可能性はその小指の爪の先ほどもなさそうだ。

 シュレディンガーの男子転校生がかわいそうであるが、俺としてはホッとするところである。


「ちなみに桔梗は?」

「いや、私のクラスに来るわけじゃないし」

「仮にだよ仮に」

「うーん……」


 顎に手を当て、そこでなぜかチラリと横目で俺を見る桔梗。

 目線を前に戻すと、不自然なほど真顔で妹は答えた。


「まあ、カッコよくて、イイやつだったら、ちょっと考えないでもない、かな……」

「普通だな」

「誠死ね」

「なぜ!?」


 俺そんな変なこと言ったかなあ!?

 なんか桔梗は俺の方向いてくれなくなったし。うーん思春期って難しい。


「ねえまーくん、妹は幼なじみに入ると思う?」


 突然なんだのどか。


「いやあ、妹と幼なじみはまた違うんじゃないか?」

「でもでも、小さい頃から一緒って意味では同じだよ?」

「たしかにそうだけど……」


『幼なじみ』をどう定義するかによるとは思うが、しかし……


「まあでも……うん、妹は幼なじみに含みません。だと思う」

「そっかぁ」


 話の流れからして桔梗が幼なじみに入るかどうかってことだと思うが、のどかはなぜどこか安心した風なんだ。


「こわいな〜。くわばらくわばら……」


 そして葵は何を恐れていらっしゃる。

 桔梗は顔だけ横向いて歩くのをやめようとしないし。危ないぞ。


 そこで会話が途切れてしまった。

 なんだか置いてきぼりを食らった気分だ。こんらんしている。


 なんか言った方がいいかな。

 昨日いっぱい出た話でもしてみようか。


 とか思っているうちに、俺達一向はとある公園に差し掛かった。

 ちょうどよかった。もうちょっと遅かったらなにか致命的な発言をしてた気がする。


「おーい、新奈にいな〜」


 公園の入り口すぐのベンチに座る背中に向けて、声をかける。

 あちこちくねって跳ねた長い黒髪――どうやってもまっすぐにならないらしい――で変色したモ⚪︎ゾーみたいに見える人物は、弾かれたように振り向くと口をにへっと緩ませた。


「……は……う……ます、……と……ん……」


 うん、声が小さすぎて今日も聞こえない。

 ブラックス⚪︎モ、じゃなくて第三の幼なじみは手元の文庫本を閉じると、立ち上がってとてとて駆け寄ってくる。

 のどかや葵にはない小動物的キュートさだ。


「おはよう新奈。今日もとってもかわいいね」

「ぶへぇっ」


 目の前に来たところで昨日以前、本日、及び明日以降も当然の事実を告げると、新奈は狼狽して本を取り落とした。

 毎日言ってるけど、全然慣れる気配がないなあ。そこがまたかわいいんだけど。


「ぶひゅへ、そ、その、誠くんももぉ、エ、エロいですねぇ……」


 ただ、彼女のこの感受性は小生の理解が及ぶ所にないのが現状であるからにして。

 もっさりした前髪に隠された瞳には俺がどう映っているのだろうか。


「……………………い、行きま、しょか……」

「になちゃん、本落としたままだよ」


 たまらず歩き出した新奈に声をかけてやるのどか。

 慌ててしゃがむ彼女の手は、ブレザーの袖で半ば以上隠れていて、指先しか出ていない。

 遺憾ながら男としては小柄な俺の、さらに胸くらいまでしかないこの娘は、将来性を見込んでいのって大きめサイズの制服を着用している。

 ちなみに卸してから1年経つが、将来性の芽は砂漠に放った蓮の種レベルで姿を現していない。

 あと、着用者がめちゃくちゃ猫背なのも相まって、胸元もすとーんだ。

 ただその点については……


「まーくん、今私に壁って言ったかな?」

「思ってすらないが!?」


 何を受信してるんだこの王道幼なじみは。

 俺の部屋とかに盗聴器仕掛けすぎてなんか混線してるんじゃないか。


「ご、ごめんなさい、のどかちゃん……?」


 とりあえず謝る癖がある新奈ちゃんだ。

 それはいいが、このタイミングは良くなかった気がするんだ。何故なのかは説明できないししちゃいけないと俺の生存本能が囁いている。


「にい姉、みんな、行きましょう」

「そうだね、うん! あんまりのんびりしてると遅刻しちゃうよ! ゴーゴー!」


 ありがとうパープル妹と水色ツインテ(主砲搭載)。


「……………………ごめんね? 変なこと言ったね? 行こうね?」


 こうして何事もなく(強調)、4人パーティを組んだ我々はスクールという名の魔城へ行軍するのであった。






 俺達が通う市立糸力南いとりきみなみ高等学校には、2年生のクラスが6つある。

 白川しらかわ誠御一行は、そのうちE組の教室へと足を踏み入れる。


 なぜ1年生の桔梗もついてきているかと言うと、それはすぐ分かる。

 

 「お姉様ッ!」


 おっと早速来たな。先頭の俺がドアを少し引いた段階だから、のどかの姿は影も形も見えないはずなんだがな。

 現実ではなかなか聞く機会のなさそうな、でも俺達は親の声より聞いたかもしれない二人称で叫んだ人物には、ちゃんとのどかが入室して後ろの3人のために脇へ退くまで待つ分別がある。


「お姉様、おはようございますッッ! 嗚呼お姉様は今日もお美しいッ! 明日もきっとお美しいでしょう! お姉様と無事お会いできた今日は愛美まなみにとって人生最良の日でございますッッッ!」


 1日スパンで最良を更新し続けられるってのは実にいい人生だな。


「嗚呼お姉様、お姉様ったらお姉様! 嗚呼アァーーッ!」

「おはようまなちゃん、今日も肋骨が砕けそうだよ~」


 ニコニコしながらヘシ折れそうになっているのどかを、怪鳥の悲鳴のような絶叫を迸らせながらがっちりホールドする愛美。

 ここまで平日を幸せそうに過ごしている奴もそうはいないだろう。のどかと会えない休日の精神状態が気になるところだ。

 それにしても、今日も教室の中からのどかに抱きつくまでの動きが見えなかったな……。


「おはよう愛美、今日も麗しいね。そして愛が激流だね」

「ん……」


 のどかを抱き潰しそうになっていた愛美は、彼女から離れて姿勢を正し、教科書に載りそうなほど丁寧に一礼してくれる。明るい緑のサイドテールが揺れた。


「おはようございます、誠先輩。本日もお褒めいただきありがとうございます。常に奔流でございます」


 果たしてさっきまでと同一人物なのだろうか。

 この豹変ぶりには毎日驚かされる。


「葵先輩、新奈先輩、それにキョウも、おはようございます」

「まっちゃんおっはー」

「キマシ……おはようございます」

「おはようマナ」


 ほかの3人とも礼儀正しく挨拶を交わす愛美。

 そうこうしているうちに、もう1人、俺達に近づいてくる人物があった。


「みんなおはよっす。そこにたむろってると邪魔んなるぜ」

「おはよう二番煎じ」

「誰が出涸らしだ。ほら、後ろ」


 言われて振り返ると、そこには今年から同じクラスになった……たしか、田辺たなべくんの姿。

 入口付近で立ち止まっている俺らのせいで入りづらそうにしていたようだ。慌てて避けると、手刀を切って入室してきた。


「おっ、悪い。おはよう白川」

「…………っす」


 発声したのか呼吸音が漏れたのか我ながら分からない。

 もう少しなんとか言えるだろ――とまごまごしているうちに、田辺くんは行ってしまった。今朝の自己嫌悪ポイント。


「ほれ、みんなもうちっと中に入ろうぜ。で、緑河みどりかわは保護者が来たから自分てめえんとこ帰んな」

「マナの保護者になったつもりはないけど」

「余計なお世話です、茶山さやま先輩」


 1年ズに塩対応されても苦笑いして肩を竦めるだけで済ますこの茶髪イケメンは、茶山雅春まさはる。幼なじみである。

 なお、もうお気づきだと思うが、俺の交友関係はほぼ幼なじみだけで構成されている。


「まあいいわ。行くわよマナ」

「えっ、お待ちになってキョウ、あと5年くらいお姉様とハグを――」

「アンコウのオスみたいになりそうね。いいから行くわよ」


 未練ドバドバでのどかにしがみつく愛美を桔梗が引き剥がす。

 ちなみに愛美は新奈ほどではないが背が低い。その割に出るところは出ており、そいつを毎朝押し付けられるのどかの心情を推し量ることは俺にはとてもできない。


「……じゃあねまなちゃん」

「ああ~お姉様ぁぁぁ~~~~…………」

「みんな後でね。転校生の話、聞かせて」


 桔梗に廊下を引き摺られていく愛美の叫びが、サイレンのように遠ざかっていく。

 4月になって2人が入学してきて以降、ここまでが毎朝の恒例行事だ。

 

「いやあ今日もすごかったね。流石はのっちゃんと一緒にいたいがために小中高同じにしたガール」

「めっちゃお嬢様なのにな。面構えが違う」

「……げほっ、うう……」

「の、のどかちゃん、大丈夫ですか……?」


 ちゃんと愛美が見えなくなってから苦しみだしたのどかの背を、新奈がさすってやる。


 ……いやホント、一途に愛されるって大変だ。

 しかしアイツの家くらいになると、将来はお見合いとか組まれそうなものだが。そうなったらどうするのだろう。

 そんなことを思っていると、予鈴が鳴った。それぞれそそくさと自席へ向かう。


 俺の席は雅春のすぐ後ろだ。横座りしてこっちを向いた雅春と目が合う。

 なお、のどかは苗字が赤井あかいなので、前の席の葵と和やかに歓談している。黒崎くろさきさんであるところの新奈は、周りと喋ることなく自席で本の続きを読み始めた。


「雅春、今日も朝練お疲れ」

「サンキュ。ま、毎日のことだし慣れたけどな」

「いやあすげえよ。サッカー部の朝練とかめっちゃキツそうだし」

「まあな。キツイはキツイぜ、実際」


 そう、このイケメンで人柄もいい男は、なんとサッカー部所属なのだ。モテる要素しかない。

 なのに、俺の観測史上こいつに彼女がいたことは一度もない。男が好きな素振りもないので、若くして不能となってしまったというのが現在の定説だ。


「哀れな……」

「哀れってこたねえだろ。自分で選んでんだし。それよりよマコ、」


 雅春は腕を組んでニカッと笑う。それがまた様になってるんだ。


「転校生は女子らしいぜ」

「ほう……スリーサイズは?」

「知るわけねえだろ。お前は欲望に忠実過ぎだ」


 なにせ名前が『誠』だからな。存分に名を体で表す人生でありたい。


 しかし、女子か。

 幼なじみ女性陣に粉かけられる可能性が限りなく低下したのは何よりだ。

 あとやっぱ顔とスタイルが気になる。

 まあ仮に絶世の美少女であったところで、俺が幼なじみ以外の女子に話しかけられるわけがないのだが。

 その辺は目の前のザ・ハンサムに任せよう。


「頼んだぞ雅春」

「頼まれるものかよ。初手でスリーサイズ聞くとかセクハラ上司でもやらねえぞ」


 頼みたかったのはそのことではないのだが、まあいいか。


「でだ、これがなんと外人で超美人らしい」

「穴が空くほどねっとり眺めたいですね」

「お前といると、正直が美徳なのかどうか分かんなくなるわ……。そうじゃなくてだな。忘れちまったか?」


 雅春はぐっとこちらに身を寄せてくる。


「いただろ。俺達の幼なじみに」


 ああ、そういうことか。

 脳裏に金の色彩が舞う。

 それと共に、別れた時の悲しさが蘇ってきて――蘇るということは今まで忘れていたんだなあと、寂しさや申しわけなさも同時に去来した。


「でもよう、それなら事前に連絡ありそうじゃないか?」

「……海外からだと連絡しづらかったとか」

「今時そんなことあるかねえ。それに、今日転校だからって昨日日本に来たわけでもないだろ」

「ぐ……。っていうか、お前アイツに戻ってきてほしくねーのかよ」

「そんなわけないだろ」


 ただ、予防線を蜘蛛の巣ばりに張り巡らしてるだけだ。

 違った時のショックを最小限にしたいからな。


「それなら……」


 続く雅春の言葉は、本鈴でかき消された。

 8時30分。始業である。慌てて教室に入る幾人かの生徒に紛れて、担任の進藤しんどう貞男さだお先生(42歳独身)がゆらりと現れた。

 今日もだるそうに教壇に立った先生は、いつ聞いても爽やかさのカケラもない「はいおはよう」を述べると、いつもとは違うセリフを口にする。


「あー、今日はホームルームの前に……知ってるやつも多いと思うが、あー、転校生を紹介する」


 湧き上がるどよめきを手を挙げて制すると、先生は入口の方を向いた。


「あー、入って


 ガラッ! とドアが開く音で先生の声はぶった切られた。

 噂の転校生は随分せっかちらしい。SEが鳴り止まないうちにツカツカと早足で入ってくる。

 その姿を見て――俺は、息が止まった。


 デッッッカッッッッッ!

 身長の話じゃないぞ。いやそっちも結構ありそうなんだが、そうじゃなくてのどかにないモノの話な。


 メロン……いや、スイカ……?

 とにかくこの比喩でお察しいただきたい。

 おおっ、ホントにでけえな! おおっ、ホントにでけえな!


 ボンだけじゃねえ。キュ、ボンも兼ね備えてやがる。

 ブレザー着ててこれなんだぜ? アーマーパージした時のポテンシャルは想像もつかないよ。今のどかの方見ちゃダメだぜ。


「皆さんはじめまして。アリシア・ゴールドマンです。気楽にアリスって呼んでね」


 ……は?

 先生が何か言う前に自己紹介を始める転校生、その名前に俺は再度呼吸を止められた。


 よく見ると――これより先に母性の象徴に目が行ってたのは我ながら本当にどうかと思う――煌びやかな輝きを放つ長い金髪。透き通る晴天のような碧眼。そして何より――髪につけられた、シンプルな赤いリボン。


 周りを見ると、のどか、葵、新奈はそろって口をポカンと開けて目を丸くしている(新奈はわからないけど)。

 目の前の雅春に至っては、立ち上がる寸前まで腰を浮かしていた。


「こう見えても糸力市生まれの糸力市育ちよ。小学校の途中からUSAに引っ越して、今月戻ってきたの」


 俺が幼なじみズにならって鳩が豆鉄砲食らった顔している間に、転校生の自己紹介は進む。

 涼やかな目元を細め、ゆっくりと教室を見渡していく。


「すごく懐かしい顔も、いくつかあるわ……そして、」


 睥睨する瞳は、最後に俺の方をまっすぐ向いて固定された。


「久しぶりね、マコト! ワタシ、帰ってきたわよ!」


 はい回想スタート。





 俺と幼なじみ達との付き合いは――同じ日に同じ産院で生まれて隣に住んでいるのどかという別格を除けば――保育園に遡る。

 中でも存在感を放っていたのが、アリシア・ゴールドマンだ。

 なにぶん幼児達のことで、周りと違う髪と目をした彼女は注目の的だったのだ。一歩間違えばいじめの発生源になりそうな要素だが、幸いにもそんなことはなかったと記憶している。

 むしろアリシアは周りに特別視されることを大いに良しとし、人見知りは母の胎に置いてきたとばかりに園のみんなに絡みまくっていた。俺もそんな中の一人だ。

 今思い出したが、何故だかのどかとはよく喧嘩になっていた気がする。泣きわめく2人の間に立ち尽くす俺という情景がふっと蘇ってきた。


 まあ、なんだかんだで幼なじみグループの一員として、というかリーダー的な存在だったアリシアだったが、そこは子供、親の都合という物理法則並に逆らえない事情により、小学2年生の終わり頃に別れを迎えることとなる。

 湿っぽい雰囲気にしたくなかったのか、最後の日もいつもどおり別れた彼女は、そのまま渡米してしまった。

 お陰で向こうの住所や電話番号も聞けずじまいで、親なら聞いてるかもと気づいたのは数年後のこと。いまさら連絡するのもな……といらん遠慮をして結局コンタクトはとらず、今に至る――というわけだ。





 回想終わりの俺の視界を、金色が埋め尽くした。


「会いたかったわマコト! 元気だった!? ワタシは元気よ!」


 どうやらアリシアに抱きつかれているらしいと気づいたのは、肋骨が粉砕5秒前のアラートを鳴らしてきてからだった。痛てててててて。


「どうしたのマコト? 声を聞かせてよマコト!」


 それはねアリシア、君が俺の肺を尋常でない力で圧迫しているからだよ。

 俺の無言の訴えに気づいたか気づかないでか、アリシアはパッとハグを解き、俺の両肩に手を置いてきた。


 ――改めて見ると、本当に美人だ。

 幼い頃から飛び抜けて綺麗だったが、順当に成長するとここまでになるのか。ハリウッドスターに紛れ込んでも違和感ないんじゃないか?


「あー……久しぶり、アリシア」

「うん!」


 大人びた美貌とは裏腹に、無邪気な喜びを表すアリシア。そのギャップもまた、俺を見惚れさせた。


「あー、おいおい、ゴールドマ「それでねマコト!」


 進藤先生(42歳独身)の声は全く聞こえていないようだ。

 小さい時から元気っ娘ではあったが、ここまでゴーイングマイウェイだったっけ。


「ワタシ、マコトのこと愛してるの! 恋人になってくれるわよね!」


 そうか、愛してくれているのか。それで恋人に――――ゑ?


「ぉう?」


 変な声出たな。いや無理もないでしょ。

 当然、教室中がどよめきに包まれる。何人かの女子が黄色い声をあげる。

 我が幼なじみ達はというと、葵は「ええー!?」とストレートに驚いてスタンディングオベーション。新奈はお手本のようなはわわポーズで固まっていて、雅春は目を剥いている。背景に銀河が広がってそうだ。


 そして、のどかは……あらあらと言いたげな感じで頬に手を当て、一見いつもどおりの微笑みでこっちを見ている。

 だが俺には分かる。のどかから、なんか展開されてる……生まれ持った領域とか、心象風景とか、そんな感じのが。

 うん、怖すぎる。


 え、なに、俺、こんな空気の中で告白の返事しないといけないの? というか告白されたの? クラスメイトの面前で? つい今しがた転校してきた金髪美少女幼なじみに?


 光速を超えて時を遡りそうな急展開に全く理解が追いつかない。

 アリシアはエサを前にして飼い主の許可を待つ子犬みたいな目してるし。

 その顔には『ねえねえ返事はまだ? 当然Yesだと思うけど早く早く!』って書いてある。


 どうするどうする。

 いやでもあれだ、いかに幼なじみとはいえ10年近く離れていた相手だ。いきなり恋人ってのは階段飛ばし過ぎて転げ落ちてしまう。

 まずは友達から……うん、お互いを知る段階が必要だよな。


 お互いを知ろうと言うなら、こちらから質問を投げかけるのが筋というもの。

 だが、こんな状況で聞きたいことなんて浮かばな…………あっ、ひとつあった。


「アリシア」

「うん、うん!」

「ひとつ聞きたいんだけど」

「なんでもいいわよ!」


 なんでもいいか。ありがたい。ちとデリケートな質問だからな。

 後から思い返すと、デリケートな質問であると認識してたのにTPOを考慮できてなかった辺り、相当に混乱していたんだと思う。


「じゃあ聞くけど……」

「うんうんうん!」


「…………スリーサイズは?」

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