愛を見せて。

秋野凛花

愛を見せて。

「はいこれ、今回の分ね」

 私がそう言ってお金を差し出すと、彼は悲しそうに眉をひそめながら、おずおずとそれを受け取った。

「……ねぇ……」

「うん?」

「……やっぱり俺、嫌だよ。俺が好きなのは君なのに、浮気するなんて……」

 その言葉に、私は思わずくすっと笑う。すると彼は怯えたように肩を震わせた。

「一回浮気したのに?」

「ッ……」

 その事実に、彼はあっという間に青ざめる。この話題を出すと彼はすぐに閉口してしまうから、面白くて好き。

 半年ほど前のことだった。どうやら推しの強い女の子圧に負けてしまったようで、彼は一度私以外の女と寝た。彼は罪悪感に耐えきれなかったらしく、すぐに私にその事実を自白したけれど。

 ……あの時の顔は、今でも鮮明に思い出せる。溢れる涙で顔をぐちゃぐちゃにしていて、酷く無様だった。

 その後は二人でどうにかして、その女とは縁を切った。まあ、私の彼氏なんだから、付き纏われたりしたら困るし。

 だから、「彼は私以外の女と寝た」という事実だけが残ったんだけど……。

「大丈夫。ちゃんと念書も書いたでしょ? 私が許可した人となら、貴方が浮気しても私はそれを咎めないって」

「違う、責められるのを心配してるんじゃなくて……」

「私の言う事聞けないなら、別れる?」

 微笑みながら問いかけると、彼はまた肩を震わせて。そしてふるふると首を横に振った。

「ごめんなさい、言う事、聞くから」

「ふふ、そっか、良かった。私も貴方のことが大好きだから、別れたくなんてないよ」

 そう言って抱きしめると、彼は嬉しそうに笑う。しかしこれから自分がするべきことを思い出したのだろう。すぐに顔が曇ってしまった。



 ──だいたい月に一度。私は彼に浮気をさせている。対価として、お金を支払って。


 もちろん彼を危険には巻き込まぬよう、きちんとシステムの整った風俗を使わせている。ただ体だけの関係を持ち、恋愛感情は一切挟ませず。そういう評価の高いところをきちんと私が調べて吟味して、そうして選んだ。

 ああ、そのための代金も、ちゃんと別で私が払っている。彼に破産させたいわけではないから。


 ただ私は、あの時の顔が忘れられないのだ。


 浮気をしたと自白した後の彼の顔。青を通り越して白くなった顔。散々泣いただろうに止まらない涙。その表情は、私に対する罪悪感と私に捨てられるのではないかという不安でぐちゃぐちゃになっていて。

 その時に私は酷く、私は彼に愛されていると実感したのだ。


 あの時の興奮を、もう一度。私への愛を見せて。


 だから私は、今日も彼に浮気をさせる。



【終】

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