◆現実
リサが試合する日が遂にやってきた。俺は両親の離婚から目をそらすように毎日ジムに行って、練習し続けていた。だから、既にプロテストに合格した村木と、まだ、劣勢であるものの、そこそこ形になるスパーリングが出来るくらいには強くなっていた。
そうなると、ボクシングというものが、単なるスポーツや道具ではなく、自分の一部のように思えてきた。もちろん、俺の中の憧れは、若村先輩が引退してしまった今、もう隠すことはないだろうが、ボクシング選手としてのリサだった。人間としてのリサも、物凄く好きだから、その双極性が、不思議な気持ちを齎せていた。
対戦相手の早乙女アスカが入場したとき、既に会場は早乙女アスカを応援する一色に染まってきた。ボクサーとしてはLISAの方が遙かに上なのに、大衆はこう言うのがどうしようもなく好きだ。
リサは早乙女選手のダーティープレイも視野に入れて練習してきたから、結構自信を持って入場して行った。優しくて美しい早乙女選手に立ちはだかる強豪ボクサーって扱いで、完全にヒールになってるけど、リサのマイペースさが、辛うじて彼女のモチベーションを奪わなかった。普通の選手は、こんな差別的待遇をされたらメンタル的に随分削られて、本当に疲れてしまうんじゃないかと思うからだ。
リサの入場にはブーイングが混ざっていたのに、早乙女選手の入場には拍手の嵐だった。確かに綺麗な人だけど、俺はリサの方がタイプだ。
ゴングが鳴ると、その物腰穏やかそうな雰囲気からは到底想像出来ないような攻めが始まった。171cmの長身から振り下ろされる右は、あっという間にLISAの顔面を捉え、一瞬彼女の意識が遠のいたのを客席からでも見とれた。
「リサ! 意識しっかり‼」
俺は客席からそう叫んだし、会長もセコンド席からそう言ってるはずだが、もう遅かった。
早乙女選手が左ボディを打つときの踏み込みを模した
早乙女アスカのコンビネーションが全てクリーンヒットして、リサは立ったまま意識を失った。会長がそれに気が付いてタオルを投げ込んだら、リサは前のめりに倒れて痙攣した。おかしな倒れ方だからスポーツドクターがリングに入って、仰向けに寝かして気道を確保して、彼女を担架で運んでいった。
早乙女ハルナはもうマイクを掴んで、
「皆さん、私の挑戦を、応援しにきてくれてありがとう! 今日は強い相手で、凄く怖かったけど、運良くまた勝つことが出来てとっても感動しています。モデルとしての早乙女ハルナだけじゃなくて、ボクサーとしての早乙女ハルナも応援してくださいね~」
会場の人間は、呑気に「オー!」とか言ってる。
何が「運良く」だよ。狙い澄ました
会長は悔しそうに俯いてる。多分あれは泣いてる。誰よりも努力してきたものの世界を、一瞬で奪い取っていくものが居る。当たり前のことなのに、その存在が、俺にはどうしようもなく悔しかった。
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