◆離婚

 リサの試合が近づいて、彼女といちゃついている場合じゃなくなって、暫く俺もリサと距離を取ろうと考えていた矢先に、親父とお袋が、離婚した。


 おふくろは、自殺者を出した家という世間体に耐えきれずに、とうとうおかしくなって、家ことも何もしなくなって、パートも辞めて、精神科医に通うようになって、遂に親父に見限られた。


 実は言うと、姉貴の心の傷は、俺はちょっとだけ知ってたんだ。姉貴は、母に少し冷たく当たられていた。というか、虐待されてたんだ。姉がテストで百点取れなかったら、爪を剥がしたり、裸にして水かけたり、そりゃもう酷いもんだった。だから姉は百点しか取らなくなったんだけど、百点しか取らなくなった姉にも、虐待は続いた。親父は営業で余りにも忙しかったから、それを咎めることが出来なかった。俺は俺で、母をどやしつけたら、姉への虐待は強烈になるし、姉は「私が耐えればいいだけだから」って言ってたから、結局、何も出来なかったんだ。


 最後の方は、身ぐるみを剥いでほうきの固い棒で殴りながら、写真を撮ってネットでアップしてやろうかしらなんて言ってたっけ。


 うちの母親は正直、狂ってたよ。でもうちの母親がどうしてそんな行動を取ってたかも俺は少し知ってるんだ。うちの母親はそうやって育てられてきたんだ。姉なんかよりもずーっと酷い虐待を受けて、そもそも育ての親にレイプされてるんだ。何で俺がそんなことを知ってるかっていうと、虐待を止めようとした父親と、お袋が大口論になったとき、俺が外出してるものだと思ったんだろうな、そのことを言ってたよ。

「マトモに傷もなく育っていくあの子が許せないの、耐えられないの」

 そう言って、お袋自身も泣いていた。自分の手首を毎日のように切りながらね。要するにお袋は、かなり不幸な人間だから、不幸をまき散らす性質になっていったんだ。なるべくしてそうなったんじゃないかと思う。だから俺は姉を死に追いやったお袋を許せないが、お袋を痛めつけようって思うこともまったくないんだ。


 ただただ、「なんという、悲しみの連鎖なんだ」と思うだけ。俺に出来ることは、そのことを思い出さないようにすることしかない。


 父と母どちらについて行くか、法律上どちらの子になるかってのは、精神病の母が引き取るってことは当然なくて、俺の家は突如として父子家庭になった。母は精神科の入院施設に長期入院することが決まった。きっと薬漬けにされて、ろくに効きもしない認知療法とかを受けさせられて、薬で脳がぼけて、老人のように今後の人生を過ごしていくのだろう。そんな感覚をなんとなく受けた。


 俺は一体何に怒ればいいのか分からなかったし、一体が悪いのかも分からなかった。だってこんなのは、運命とも言えるような不幸なこと故じゃないか。母も幸福に生きて居さえすれば、姉も幸福に生きられたかも知れないから。


 若村先輩が言ってた「他人と見てどうこうではなく、相対的なものではなく、絶対的なものを持つ」ってのが重要だってのは、本当に瞬く間に思い知らされた。


 おふくろは相対の世界に居座り続けたから、嫉妬に狂って人の人生も自分の人生も粗末にした。悪いことは、悪いことを引っ張ってくるんだ。


 俺は運良く、不幸に巻き込まれなかった人間だから、幸福の連鎖を起こしていかなければならないという使命感を持つようになっていた。そうするには、もっと俺自身が強くなきゃならない。最低でも、俺の手が届く範囲の人間ぐらいは、救えるようにならないと。


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