2. 書記
エンキサルの家は東の町にある。内壁の内側、普通民ばかりが暮らしている区画だ。父と長兄がパン屋を経営している。夕方のこの時間は、パン屋の仕事は一段落しており、家の中は静かだ。
今日は書記のナジミットが来ていたようだ。ナジミットは、時々家に来て、帳簿の整理を手伝ってくれている。父とナジミットは幼い頃からの友人だ。
「おや、猫か?」
エンサキルが下げている籠の中の猫を見て、ナジミットが言う。
「慣れているのかな?そうだな、鼠が麦を狙っていることだし、この家にも専用の猫が要るな」
ナジミットは、母から二人分の夕食の包みを受け取ると、薄暗くなった道へ出ていった。帳簿の整理のお礼だ。娘は、機織りの見習いだということだ。後妻はもらわず、娘と二人暮らし。変わり者、と母は言うが、頭がよく、物知りなので、町の人々からはそれなりに尊敬されている。
「むだ飯食いが増えたのかね」
大げさにため息をつきながら、母が手を伸ばすと、猫は牙を見せて威嚇した。どうも、気に入った人間と、気に入らない人間があるらしい。
「あんたも見習いを早く終わって、書記になれるといいのだけれどね」
母は、エンキサルの顔を見て言うと、ちょうど食事の席についた父に言った。
「それで、ナジミットの家に婿入りさせるのはどう?そうしたら、この家の格も上がるし、もう手間賃を払わなくても良くなるかもしれない」
まあな、でもナジミットに認められなければだめだな、相談してみないとな、家柄がいいからな、と父。
エンキサルは、ぼんやりと考える。来年になったら、書記になれるのだろうか?覚えなければいけないことは、まだまだとても多い気がする。でも、婿入りするのはいいな。婿入りして、ナジミットのあとを継ぐことができたら、ニンガルを妾に買うことができるかも知れない。
父とナジミットは正反対だ。幼い頃からの友達としてうまくやっているみたいだが、いつでも父は遠慮してナジミットに接しているようにみえる。
泣き出した赤ん坊をあやしながら、母が言う。
「そういえば、今日は王宮で何かあったみたいね」
東の町には、王宮に勤めている家が集まっている区画があるが、その界隈の人出が今日は多かった、とのこと。あなたも、書記の見習いだったら、書板の魔法で何かわからないかしら?
エンキサルは思う。ナジミットが詳しく知っているのかな?でも、彼は余計なことは何も言わないだろうな。
赤ん坊は母の子。母とエンキサルは血がつながっていない。エンキサルがまだ小さいときにエンキサルの実母は死んで、その妹の母が後妻になった。
多分、王の避暑の準備なんだよ、とエンキサルは答える。
今年は早いんだな、と父が言った。
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