第3話 レベル上げ厨、初レベルアップする


「すみませ~ん、ちょっとお時間よろしいですか~?」


「グギャ? グギャァアアアアアアッ!!」


「不躾に恐縮なのですが~、あなたの経験値をいただいても、よろしいでしょうか~?」


「グギャルァアアアアアアッッ!!!」


「――うるせぇッ!! さっさと経験値寄越せやぁッ!! オラッ! オラオラオラァッ!! 経験値オラァアアアアアッッ!!」



 新宿ダンジョンにやって来てから一時間、俺は順調に探索を進め、モンスターを倒していた。


 この一時間で倒したのはゴブリン3匹にスライム2匹。そして今また、ゴブリン1匹を追加で倒すことに成功した。


 つまり、一時間で計6匹のモンスターを倒したことになるわけだ。


 これがゲームだったら効率が悪いにも程があるだろう。RPGなら序盤の雑魚敵くらい、一時間あれば優に100匹以上は倒すことができるはずだ。


 しかしここは現実。実際には戦えば体力を消耗するし、ゴブリン一匹倒すにも、超低レベル状態では相応に時間が掛かる。それに何より、ぐるぐるとマップ上を回っていれば数秒でモンスターにエンカウントできるわけでもないのだ。


 不人気な新宿ダンジョンとはいえ、モンスターを探すにはそれなりに歩き回らなければいけない。


 実際、人で溢れているダンジョンだと一時間以上歩き回ってもスライム一匹倒せないとか、よくあるらしいからね。


 まあ、とにもかくにも、初心者探索者の平均的なペースと比べれば、十分に順調な滑り出しだった。


 そして――――現在、本日6匹目のモンスターたるゴブリンを倒し、ドロップした魔石を拾おうとしたところで、それは起きた。


「――ん? お? あ!?」


 突如として、体の奥底から湧き上がるパゥワー。疲労に蝕まれつつあった肉体と意識の覚醒感。全身にエネルギーが漲るのが分かった。


 来た。キタコレ!


 直後、そんな俺の予感を裏付けるように、俺の脳内だけに響く無機質な女性の声が、インフォメーションを告げる。



 ――レベルが上がりました。



 瞬間。


 もはや条件反射のように。


 あるいはいつもの「それ」に比べても、遥かに強烈な快感が、俺の脳髄に迸ったのを感じた。




「――んギボチ゛ィイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッッッ!!!!!」




 脳みそが壊れちゃったみたいに、脳汁が溢れて止まらない……っ!!


 俺はその場で海老反りに仰け反り、びくんっびくんっと痙攣する。


 溢れ出る快楽物質から享受する快感を、全身で受け止めていた。


 これが……これが現実でのレベルアップだというのかっ!?


 当然だが、ゲームでのそれとは比較にならない気持ち良さだ……っ!!


 こんなのっ、こんなのっ……頭がおかしくなっちゃうよぉ~っ!!


「……っ! …………っ!!」


 俺はしばらく快楽の余韻に浸り、白目を剥いて口の端から涎を垂らし、ガクガクと震えていたのだが――、


「――ひっ」


「……ぁえ?」


 近くで誰かの声が聞こえた気がして、正気に戻った。


 見ると、ちょっと離れた通路の角に、見知らぬ探索者のお兄さんが立っていた。お兄さんの近くには音もなく飛行するドローンカメラが浮遊している。


 あれはダンジョンから発見されたマジックアイテムに使われていた浮遊技術と、既存の科学技術を組み合わせ、1年ほど前に開発されたドローンで、現在、急速に普及しつつある。


 自分の姿も映せる上に手も塞がらないので、探索者の中でも自身の探索活動を公開しているダンジョンチューバーたち御用達の品物である。


 しかし残念ながら、俺の青春を捧げたバイト代でも買えなかったくらい高い。


 そんな高級ドローンを引き連れたブルジョワお兄さんと、目が合った。


 瞬間、


「ひっ、ひぃいいいいいっ!!」


「…………」


 お兄さんは俺と目が合うや否や、踵を返して駆け出してしまった。


 ……もしかして、見られていたのだろうか?


 お恥ずかしい。はしたないところを見られてしまったな。


 次からは周囲に人がいそうな時は気をつけ――いや、やっぱいいや。レベルアップの快楽を我慢するなど勿体ない!! 俺はこれからも全力で気持ち良くなるぜ!!


「ふぅ……さてと(賢者タイム)」


 想像以上に強烈だったレベルアップの快楽。その余韻が去ったところで、俺はゴブリンの魔石をリュックに収納し、大事な作業に移ることにした。


「ステータス」


 呟くと、瞬時に俺の視界の中に、宙に浮かぶホログラム・ディスプレイのようなものが現れた。


 皆さんご存じ、ステータス画面だ。


 ちなみにこの状態だと、今は俺にしか見えない。しかし、「ステータス・オープン」と口にするか、心の中でそう念じることで、他人にも見えるようになる。


 俺にしか見えないバージョンのステータスは地上でも見ることができるが、「ステータス・オープン」の方は地上では開けないようになっている。どうもステータスを他人に表示する機能も、ダンジョン限定のようだ。


 閑話休題。


 ともかく、レベルの上がった俺のステータスをご覧に入れよう。


――――――――――――――――

【名前】鮫島 武男

【レベル】『1』 次のレベルまで経験値『95』

《HP》25/25

《MP》18/18

《筋力》13

《頑丈》12

《知力》6

《精神》12

《敏捷》11

《器用》10

【STP】『5』

【SP】『1』

【スキル】なし

【称号】なし

――――――――――――――――


 ここでざっとステータスの各項目について説明しておくことにしよう。と言っても、少しでもゲームをやる人なら説明するまでもないだろうが。


 現在レベルが『1』となっているが、ちゃんとレベルは上がっている。ステータスを取得したばかりのレベルは『0』だからだ。


《筋力》はまあ、そのままの意味だ。《頑丈》は体の頑丈さのこと。《知力》は思考速度と魔法系スキルの威力に関係し、《精神》は魔法系スキルに対する耐性。《敏捷》は動きの素早さや認識速度に影響し、《器用》は肉体と魔力(MP)などの精密操作に関係する能力値だ。


《MP》は説明するまでもないだろう。マジックポイント、マホウポイント、好きな方で読んでくれ。


 だが《HP》は少し特殊で、これはいわゆる体力のことではない。《MP》と同様、不思議なエネルギーであり、時にシールドにもなる――とでもいうべきか。


 それぞれ《筋力》と《頑丈》の合計が《HP》になり、《知力》と《精神》の合計が《MP》になる。


《HP》と《MP》を除いた各能力値の平均値は、レベル0かつ成人年齢で、だいたい「10」だと言われている。俺は高校時代に探索者となるためそれなりに鍛えていたから、平均よりは少しだけ高いな。


 おん? 知力? おん???


 ……おかしいな。ステータスがバグっているのかもしれない。運営に連絡して修正してもらわなきゃ。


 ともかく、話は戻るが……人類のトップエンド――つまりスポーツ選手やオリンピックアスリートや軍人などでは、一番高い能力値で、レベル0時で「20」に届く人もいるみたいだ。


 どうもそこくらいの数値が、素の人類の限界なのではないかと言われている。


 続いて――【STP】は「ステータスポイント」のこと。能力値はレベルアップで勝手に上昇することはなく、レベルアップで手に入るステータスポイントを、《HP》と《MP》を除いた各能力値に割り振ることで強化できる。


【SP】は「スキルポイント」のこと。スキルは本人の資質や、それまでに積んでいた経験などに基づいて、獲得できるスキルが異なる。スキルポイントを使ってスキルを取得したり、取得したスキルにポイントを割り振って、最大5レベルまで「スキルレベル」を成長させることが可能。


 ただし、10レベル毎に獲得できるポイントが増えていく【STP】とは違って、【SP】は例え何レベルであっても、レベルアップ毎に『1』ポイントずつしか獲得できない。おまけにスキルのレベルアップ方法は、スキルポイントを振る以外に、例外が一つあるだけだ。基本的にはポイントを振ることでしかレベルアップしない。


 よくある、スキルを使い込んでレベルアップというシステムではないようだ。


 そのため取得可能な全てのスキルを取得し、最大レベルまで上げることはに不可能なので、ポイントの使い道は慎重に考える必要があるだろう。


 最後に【称号】についてだが、まあこれは説明も後回しで良いだろう。


 ダンジョンチューブやヨオチューブ(Yo!tube)などに動画を投稿している配信者系探索者と違って、俺が何かの【称号】を手に入れることはないだろうしな。


 それよりも――、


「まずはスキルから取得しちまうか」


 俺はステータス画面の【スキル】欄をタップした。


 すると、別ウィンドウで「取得可能スキル一覧」が表示される。この中から選んでスキルポイントを振ることで、スキルをアクティベートできるってわけだ。


 以下が、俺が取得可能なスキルになる。


――――――――――――――――

【取得可能スキル一覧】

《水中呼吸》《水抵抗増減》《求道者》《剛力》《俊足》《忍耐》《打撃武器装備時ダメージ上昇》《刀剣類装備時ダメージ上昇》《挑発》

――――――――――――――――


 ……まあ、最初はこんなもんだろ。才能がある人なんかは、この時点で取得可能スキルに魔法系スキルがあったりするらしいが、そんな人は極々一部だ。


 一方、俺の取得可能スキルはどれも珍しくないものばかり。ザ・普通って感じだ。


 ――いや、これでも水泳やってたり、木刀振り回してたり、ランニングや筋トレを真面目にやってたりしたから、平均よりは取得可能スキル数は多いかもしれないのだが。


 ちなみにスキルだが、多くのフィクションでお馴染みの《剣術》や《槍術》なんて類いの技術系スキルは存在しない。ダンジョンやステータス、スキルのことなんかを解説している人気サイト「現代ダンジョン攻略Wiki」によると、鍛練次第で修得できる技術がスキルとして発現することはないみたいなのだ。


 スキルは基本、超能力染みた能力(魔法系スキルや《水中呼吸》など、人には不可能な能力)か、その補助的な能力、あるいはステータスやダメージを上昇させるようなものしかないらしい。


 技術は自分で修得しろってことだね。


「ふむ、どのスキルを取るべきか……って、もう決めてるんだけどな」


 俺は【取得可能スキル一覧】を見て呟いた。



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