レベル上げ厨、現代ダンジョンでレベルを上げる
天然水珈琲
第1話 レベル上げ厨、将来の夢を決める
レベル上げが好きだ。
とにかく好きだ。
俺はゲーム、特にRPGと呼ばれるジャンルで、キャラクターのレベル上げをすることが好きだった。
もちろん、ゲームのストーリーや強敵とのバトルを楽しんでいないわけじゃない。だがそれ以上にレベル上げという、ともすれば苦痛になりがちな単純作業が好きなのだ。
そこに明確な理由を求めることに意味があるとは思えないが、それでも敢えて理由を挙げるとするなら、レベルというシステムが万人に等しく公平だからだろう。
そこには才能による格差など存在せず、必要な経験値を溜めることで必ずレベルが上がり、その分だけ強くなれる、努力が必ず報われるという優しいシステムがあった。
――小学生の頃、俺は水泳でオリンピックに出ることが夢だった。
そのためにスイミングスクールにも通い、努力し、色々な大会にも出た。地域の小さな大会では優勝したこともある。だが、大きな大会に出ると、途端に成績は落ち込んだ。そこには俺よりも速い奴らが大勢いたからだ。
俺が遅生まれで同年代にしては体格が小さかったことを加味しても、なお覆しがたい、厳然とした才能の差ってやつが、そこにはあった。
俺よりも速い彼ら彼女らが努力していないという話ではない。俺と同じくらい、あるいはそれ以上に、彼ら彼女らも努力していたのだろう。それは分かっている。
その上で、才能の差というやつは残酷だ、という話だ。
おそらくは人生で初めての、大きな挫折。
こうして俺は幼稚園の頃から続けていた水泳を、小学六年生の冬、中学に上がる前に辞めることになった――。
――なんて言ったところで、俺が現実の残酷さに打ちのめされ、世の中を理不尽に恨む青少年になった、という話ではない。そもそもそんな深刻な話ではない。
少なからず、この出来事が、俺がレベル上げにハマる要因となった、というだけの話だ。
はっきり言ってしまえば、この出来事さえ、大きな理由ではない。いや、理由など最初からないのかもしれない。
最初はドラ◯エにハマり、ストーリーを楽しみ、倒せないボスが現れてレベル上げをし、過剰なレベルの暴力で倒せなかった強敵を簡単に倒せるようになったことが楽しかったのだと思う。
それはやがてレベルアップそのものに快楽を感じるようになり、大人が煙草や酒やギャンブルで、日々小さな快楽を得るように、俺もレベルアップという行為を何らかの代償行為として嗜むようになった。
レベルアップする。脳が快楽物質を出す。レベルアップする。脳が快楽物質を出す。レベルアップする。脳が快楽物質を出す――。
このようにして、俺、
まあ、RPG好きには広く共感してもらえるだろう、ありふれた症状の一つだ。
ただ、俺はその度合いが、かなり強めではあったらしい。
中学三年の頃、進路に迷い、俺は何とかゲームのレベル上げをしているだけで金が稼げないかと悩んだ。働かずにレベル上げだけして暮らしたい。それが嘘偽りない俺の願望だ。
しかし現実的には難しい。俺が好きなのがレベル上げではなく、ゲーム全般であれば、成れるかどうかは別にして、プロのEスポーツ選手を目指したり、あるいはゲーム攻略の動画配信者を目指してみるという道もあったかもしれない。
だが、俺が好きで好きで堪らないのは、レベル上げだ。
延々とモンスターを倒し、レベル上げだけするゲーム動画……。
どうだろう? 需要……ある?
いや、ない。たとえ億兆が一の確率でバズることがあったとしても、速攻で飽きられることは間違いないのだから、やはりこれで食っていくのは無理だろう。
ということは、やはり将来、俺は入りたくもない会社に就職し、やりたくもない仕事をして、上司のパワハラに耐えながら、死んだ目をして奴隷の如く労働力を安い賃金で搾取される人生を送らなければならないのだ。世に蔓延る多くの社畜リーマンたちのように!(偏見)
嫌だ嫌だ嫌だ! そんなの嫌だぁっ!!
人生に絶望した中学三年の冬、しかし、そんな俺の絶望に神が手を差し伸べてくれたように、転機は訪れた。
それも、全世界規模で。
『えー、番組の途中に失礼いたします』
お馴染みというほどお馴染みではないが、テンプレートのごとき文言と共に、夜のバラエティ番組が臨時ニュースの画面に切り替わる。真面目な顔したアナウンサーの背後では、テレビ局員と思われる人々がバタバタと忙しなく動き回っていた。
最初、それは東京都内複数箇所で同時多発的に起きた、道路、公園、あるいは駅構内の陥没事故として発表された。
それだけならば確かに珍しいが、長々と臨時ニュースを映し続けるほどではない。しかし、僅か数分、十数分と経つごとに、次々と新たな情報が飛び込んできて、世界は混乱することになる。
同時多発的陥没事故は、東京都内だけのことではなかった。
日本全国の都市部で――いや、それどころか全世界各国の都市部で、同じような陥没事故が、ほぼ同時に起きたというニュース。
明らかに単なる事故とは思えないそれ。
いったい何が起こったのか?
まさか全世界同時にテロでも起きたというのか?
誰しもが抱くそんな疑問や不安に、いち早く答えたのは、テレビではなくSNSだった。
発見された「穴」は即座に通報され、駆けつけた警察が周囲を封鎖していたが、陥没による崩落に巻き込まれる形で、「穴」の中に入ってしまった人たちが一定数いたらしい。
そんな人たちの一部が自力で「穴」から這い出し――「穴」の内部で撮影したと思われる写真や動画を、ネット上に次々と投稿し始めたのだ。
国籍も性別も年齢も様々な人々が、一斉にネットへ上げ始めたそれらは、あまりにも衝撃的な内容だった。
穴の内部に広がる広大な洞窟や遺跡。入り口近くにある黒いオベリスクと光る魔法陣。内部には子犬ほどもある動く水饅頭や、小学校低学年ほどの身長の、人型の異形が殺意を満面に湛えて襲いかかってくる動画もあった。
さらに極めつけは、黒いオベリスクに触ったという人々が投稿した写真や動画だ。
そこには空中に浮かぶホログラム・ディスプレイのようなものがあり、ディスプレイには【レベル】や【HP】、【スキル】などという項目が記されていた。
これによるネット上のお祭り騒ぎは相当なものだった。
『何これ? ゲームか何かの広告か?』
『世界中から同じような感じの写真や動画が上がってるね』
『妙にリアルすぎるけど、ゲームの広告ですか?』
『いや、これでマーケティングの一環だったら金がかかりすぎじゃね?』
『っていうか各国のテレビでもこの映像流し始めたみたいだな。ネット上だけならともかく、これだけ大規模だと、さすがにゲームや映画の宣伝ってのはあり得ないだろ』
『ってことはこの写真に動画はマジってこと?』
『おいこれちょっと待ってwww 新宿駅の地下w さすが迷宮w 地下にも迷宮あるとかワロタwww』
『おいマジかよあの背の小さいやつ! 動画見たけどめっちゃビビったわ! 殺意半端ない顔してるってマジで!!』
『あれってスライムにゴブリンってやつかな?』
『俺は完璧に理解した。これはダンジョンってやつだわ。間違いない』
『世界終了のおしらせ』
『いやむしろこれ世界始まっただろ!』
『ダンジョン! レベル! スキル! ファンタジーキタコレ!!w』
『地球はアップデートされました』
『遂に俺が勇者となる時が来てしまったか……。ちょっとダンジョン行ってくるわ』
俺も多くの人々と同じように、SNSで情報収集をしていた。
その結果、次々と上がってくる情報を総合し、全てを理解した。
どうやら地球がファンタジーに侵食されたらしい。
「……行くか」
SNSに上がった「ステータス」の写真や動画を見て、即座に全ての覚悟は決まった。
俺は小学校の修学旅行で購入した木刀を手にすると、自宅二階の部屋を出て一階に降りる。
――と、玄関へ向かう俺の前に、居間から出てきた父が立ち塞がった。
「武男、どこに行くつもりだ?」
一昔前の頑固親父を絵に描いたような姿の、我が父――鮫島
俺は覚悟を決めた武士のような顔つきで答えた。
「親父殿……俺、今からダンジョンに行ってくる」
「ほう……行ってどうする?」
「無論、日本男児として、戦いに候」
「なるほどな」
どうやら納得してくれたようだ。
ならば、出陣じゃあ!!
意気揚々と親父殿の横を通り過ぎようとしたところ、ぽんっと肩に手を置かれて、
「何言ってんだお前ぇっ!!」
「ぐばぁっ!!?」
どこぞの船長みたいな怒声と共に、親父殿にぶっ飛ばされた。
●◯●
世界に次々とダンジョンが出現した日、俺は親父殿によって拘束され、家の外に出ることができなかった。
その時は翌日にでも行けば良いかと軽く考えていたのだが、何と翌日になると、日本に出現した全てのダンジョンは警察どころか自衛隊によって封鎖されてしまった。
さすがに自衛隊の封鎖を突き破ってダンジョンに突入できるはずもなく――俺は次々と判明する「ダンジョン」に関する新事実を逐一調べながら、早くダンジョンが一般に開放されないかと指を加えて待っていることしかできなかった。
だが、そんな俺の期待に反するように、国の方針はダンジョンの完全封鎖へと傾いていく。
というのも、幾つかの深刻な理由があった。
一つ、ダンジョン内では銃火器の威力が、なぜか落ちること。
二つ、ダンジョンは幾つもの階層が連なっており、下に進むほど出現する怪物――モンスターの強さが跳ね上がっていくこと。
三つ、A国やC国などでさえ、ダンジョン下層を目指した軍人たちが為す術もなく敗走したこと。
まあ、要するに、国はダンジョンを危険と判断したわけだな。
しかし、俺のようなダンジョンに心惹かれた人間たちは、そうではなかった。世論(の一部)はダンジョンというフロンティアを開拓するべきだと声高に叫んでいた。その根拠というか、政府への反論となるのが解明された幾つかの事実だった。
一つ、ダンジョンの外にモンスターは出ることができず、力ずくで出したとしても、数十秒で消滅すること。
二つ、ダンジョン内には様々な資源が眠っていること。
三つ、ダンジョン内で手に入れた【レベル】や【スキル】などといった超常的な力は、地上では発揮されないこと。
モンスターは外に出れないのだ。
つまり、ダンジョンは人類にとって危険な存在ではなかった。
それに加えて、各国政府がおそらくは最も懸念していたであろう事柄――【レベル】や【スキル】といった超常の力を手に入れた者たちによる治安の悪化も、地上では能力を発揮できないということで、安全と証明されたわけだ。
しかし、世界各国は急に現れたダンジョンという存在にすぐには適応できず、一部の国家を除いて、慎重な姿勢を崩さなかった。
だが。
そんな各国政府の姿勢をダンジョンという存在が見兼ねたわけではなかろうが、程なくダンジョンから発見された二つの道具――アイテムによって、世論の意見は強力に後押しされることになった。
一つはダンジョン内でモンスターを倒すとモンスターが必ず残す、魔石(通称ではなく正式名称。《鑑定》というスキルで確認された)を使った発電装置。
もう一つは魔力を使った通信装置だった。
この二つは極めて単純な構造で、複製と大量生産が容易だったらしい。そのくせ発電装置は火力発電や原子力発電の効率を大きく上回り、通信装置は地下どころかダンジョン内部と地上でも通信を可能にするという代物だった。
この二つのアイテムの発見により、人類社会での魔石の需要は天井知らずに跳ね上がることになる。
とても各国が抱える軍人だけでは、必要な魔石収集のためのマンパワーが足りないほどに。
そうなると必然、政府は足りないマンパワーを補うために、国民にダンジョンを開放することになる。
世界中にダンジョンが出現してから僅か10ヶ月。
急速に世界中で法整備が進められ、ダンジョンに潜って魔石を筆頭に様々な資源を地上へ持ち帰る者たちは、正式に「
ただし。
さすがに日本では、死の危険のあるダンジョンに未成年を送り込むという判断は出来なかったのか、成人年齢である18歳にならないと、探索者資格の取得はできないようになってしまった。
だが、これで俺の将来は決まった。
リアルで、現実で、夢にまで見た「レベル上げだけして暮らせる職業」が誕生したのだ。それもゲームのキャラクターではなく、自分自身のレベルを上げることができるのだ。こんなの俺じゃなくてもゲーム好きなら興奮しないわけがないよなぁ!?
まあ、正確に言えばダンジョン資源の回収と売却によって利益を得る職業だから、完全にレベル上げだけしていられるわけではないのだが、それもまた面白いというもの。
とにもかくにも、俺がやるべきことは決まった。
俺が18歳になるのは高校を卒業した後(高校の卒業式は3月1日。俺の誕生日は3月17日)。
多少の誤差はあるが、俺は高校卒業とほぼ同時に探索者になることに決めた。
すぐに両親に報告する。
「親父殿、お袋殿」
「……お前が俺たちをそう呼ぶ時は、大抵ろくな話じゃないんだが……何だ?」
「俺、大学には行かない! 高校卒業したら探索者になる!!」
「そうか。だが、却下だ。真面目に大学行け。就職しろ」
親父殿はにべもなく却下しやがった。だが、そんな反応は予想済みだ。この俺の覚悟を舐めてもらっちゃ困る。
「親父――却下されるのを俺は断るッ!!」
「ダニィッ!? どういうつもりだ武男ッ!!」
ダンッ! とテーブルを叩く親父の威嚇にも屈さず、俺はむしろ前のめりになって両親を脅――いや、両親を説得した。
「探索者になれないくらいなら、就職なんて絶対しないからなッ!! 探索者になれなかったら俺はニートになるぞっ!? 一生働かないからな!? 齧るぞ!? 親父たちの脛めっちゃ齧るぞっ!!? 一回齧りついたら死ぬまで離さないからなッ!?」
「き、貴様ぁ……ッ!?」
実の息子に貴様って。
いやまあ、俺が言うのも何だが気持ちは分かる。しかし、だからこそ有効な交渉手段となるはず……!!
「あら、お父さん、嫌よ私。この子の面倒ずっと見るなんて……」
お袋殿の援護(?)。実の息子に向かって何て嫌そうな顔だ……!!
だが、これには親父も一考の余地ありと思ったらしい。
「むぅう……っ!!」
渋面を作る親父殿に、さらに迫った。もはや俺が探索者になるか、さもなければニートになった俺の面倒を一生見るかの二つに一つだと。
そして、さすがに親父殿も我が子がニートになるのは嫌だったのか、
「……分かった。良いだろう。勝手にしろ。ただし、援助は一切せんからな。必要な物があるなら、自分で金貯めて買え」
ついには折れた。
こうして俺は高校を卒業したら探索者になることが決まった。これが高校一年の頃の話である。
それから俺は探索者として必要な諸々を購入するための資金稼ぎのため、高校時代の青春をバイト漬けの日々に捧げた。
そうして瞬く間に月日は過ぎ、高校を卒業し、探索者となる日がやってきた――。
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