伯爵の使者

 翌朝、村の入口に黒馬に跨った男が現れた。


 その男は、上質な黒の外套を纏い、胸にはガルヴィス伯爵の紋章を刻んだ銀の徽章を輝かせていた。村の男たちが警戒しながらも道を開けると、彼はゆっくりと馬を進め、村の中央へと入ってきた。


「これはまた、静かな村だな」


 彼は馬から降りると、無遠慮に辺りを見回した。そして、村の長老の前に立つと、不敵な笑みを浮かべながら言葉を発した。


「初めまして、私はガルヴィス伯爵の使者、カスパル。伯爵より、この村への通達を預かっている」


 村人たちは緊張しながらも、誰一人として口を開かなかった。


「伯爵様は、この村の繁栄を気にかけておられる。お前たちのためにも、我が領の庇護下に置いてやろうとのお言葉だ」


 長老が一歩前に出て、険しい顔でカスパルを見据える。


「我々は伯爵様の庇護など求めてはおらん。この村は、これまで通り独立してやっていくつもりだ」


 カスパルは鼻で笑った。


「ふむ……ならば、伯爵に従う気はないということか?」


「その通りだ」


「なるほど。だが、これまで独立を保とうとしてきた村がどうなったか、ご存知か?」


 村人たちは息を呑んだ。カスパルの言葉には明らかな威圧が込められていた。


「伯爵様は、反抗的な村を見逃すほど甘くはない」


 その言葉に、村人の中には恐怖で震える者もいた。しかし、リリアナは冷静にカスパルを見つめた。


「伯爵が本当にこの村を気にかけているのなら、力づくではなく、まず話し合いの場を設けるべきではないでしょうか?」


 カスパルは、リリアナに視線を向けた。彼女の姿をじっくりと観察し、薄ら笑いを浮かべる。


「なるほど……噂の流れ者とは、お前のことか」


 リリアナの心に警鐘が鳴る。この男は、彼女の存在をすでに把握している。


「フフ、伯爵様も興味を持たれるだろうな。まあ、今日のところは引き上げよう。だが、次は猶予なく決断してもらう」


 カスパルはそう言い残し、馬に乗り、ゆっくりと村を後にした。


 その背中を見送ったリリアナと村人たちの間に、重い沈黙が広がる。

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追放された聖女、平凡な村で暮らすつもりが、実は神に祝福された最強の魔女だった katura @karasu_7

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