サービスが終わるまでに

月代零

サービス終了まで、あと

『サービス終了のお知らせ』


 SNSを眺めていた時、そんな一文が目に飛び込んできた。

 それは、一時期プレイしていたMMORPG『ブルーストラテジー』、通称ブルストがサービスを終了するという、公式アカウントからの告知だった。


 そうかぁと、特に深い感慨もなく思った。俺はとっくにそのゲームにはログインしなくなっていたから、何も影響はない。


 しかし、何とも早いサービス終了だった。

 開発プロジェクトが立ち上がったのが、確か九年ほど前だったはずだ。その後、幾度かのベータテストやリリース日の延期を経て、ようやく正式にサービス開始したのが約一年前。そして今日、サービス終了の告知が流れてきた。

 サービス終了は、半年後。計一年半ほどと、期待されていた割にはあっけない幕引きだった。あれだけ待たされたサービス開始当初は、大勢のユーザーで賑わっていたのに。


(……最後に少し、ログインしてみるかな)


 そう思ったが、仕事や日々の雑事で、なかなか生活の中でゲームの優先度を上げることが叶わず、気が付けばサービス最終日を迎えていた。

 今日こそログインしておこうと、パソコンの前に座り、デスクトップにあるゲームのアイコンをクリックした。何となくアンインストールせず、そのままになっていたのだ。


 あいつもいるだろうか。


 そう思いながらパスワードを入力すると、数秒間ロード画面が表示された後、画面の中に見覚えのある街並みと、自分のキャラの背中が表示された。その周辺には、街を埋め尽くすほどのプレイヤーキャラがいる。


 途端、画面の隅のチャット欄に次々とメッセージが流れていく。「楽しかった」「ありがとう」「またね、大好きだった」「終わらないで」などなど、サービス終了を惜しむ声の数々。直接自分に宛てられたものではない、そのフィールドにいるプレイヤー全員に表示されるオープンチャットだ。たくさんの人が、この世界が終わることを惜しんでいる。


 ふっと、皮肉な笑みが浮かんだ。ここにいる全員が、毎日熱心にプレイして、課金アイテムまで購入していたわけではないだろう。そうであれば、こんなに早くサービス終了を迎えずに済んだはずだ。


 かく言う自分も、楽しみにしてこのゲームをプレイし始めた人間の一人だが、一ヶ月も経つ頃にはほとんどログインしなくなっていた。UIユーザーインターフェースが何だか使い辛かったり、アクションゲームなのに敵を倒す爽快感がなかったり、色々と期待外れで、自然と疎遠になってしまったのだ。そんなプレイヤーは、俺だけではないはずだ。


 まあ思うところはあるが、文句ばかり言っても仕方がない。このゲームは、自分向けではなかったのだ。今の世の中、コンテンツなど溢れ返っている。合わないものに固執する理由はない。


 それでもログインしてみようと思った理由は、一応ある。フレンド欄を開いて、目的の相手を探す。

 いた。やはりあいつもログインしていた。フレンドチャットで話しかけようとした瞬間、相手から先にチャットが届いた。


「よお。最後に来たか」


 向こうも俺が来るのを待っていたようだ。


「おひさ」


 軽く挨拶を交わす。

 相手は、何年か前に別のゲームで知り合って意気投合し、以来つるんでいる。と言っても、連絡先は知らないし、男か女か、何歳でどこで何をしているのかなど、全く知らない。会話から推測できることは多少あるが、お互いリアルのことには触れないようにしていた。


 いくつかオンラインゲームを渡り歩く中で、約束したわけではないが偶然行き会い、その度に一緒に遊んできた。お互い似たようなキャラメイクで、いつも同じ名前でいるから、あいつだとわかる。約束はしていなくても、見つけてほしい、見つけてくれるだろうと願って、そうしてきた。


「最近ブルストやってた?」

「いや、全然。最後にちょっと来てみただけ。そっちは?」

「半年くらいでやめちゃったかなあ」

「そか」


 ブルストに限らず、たくさんのコンテンツが、生み出されては瞬く間に消えていく。その多くは、人々の記憶に残ることすらなく、忘れ去られていくのだろう。一つのことを何年も続けていくというのは、難しいことなのだ。そんなことを思った。


「また何かネトゲやる?」

「どうだろ。最近忙しいし」


 オンラインの世界を渡り歩いていればまた会えるだろうと思っていたけれど、きっといつまでも偶然は続かない。

 この世界が終わるのは、二十二時。あと三分ほどだ。それで、俺たちの繋がりは消える。また出会えるかはわからない。


「じゃ、またどっかで会ったら遊ぼう」


 相手がどこの誰かはわからないけど、このまま繋がりが切れてしまうのは、嫌だと思った。この気持ちが友情なのか恋愛感情なのか、もっと別の何かか、それはわからない。それでも。

 俺はチャット欄に通話アプリのIDを打ち込んで、送信した。ブルストが終わるまで、あと一分。伝えられるだろうか。


「連絡して」

「また遊ぼう」


 焦って、細切れでチャットを打ち込む。

 少しの沈黙の後、返事があった。


「おk」

「またね」


 そして、一つの世界が終わり、画面は暗転した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サービスが終わるまでに 月代零 @ReiTsukishiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ