狂気予報
らがん
1/3 初見
「それでは、本日の狂気予報をお伝えします。全国的に発狂の恐れは少なく、おおむね平穏な一日となるでしょう。ただし、関東南部では午後から局地的に狂気の発生が予想されています。発狂確率は20%程度と見られますが、念のため十分に警戒してください。次に流れるのは、本日発狂される可能性のある方々です。外出の際はご注意ください」
テレビ画面が川を進む船の映像に変わり、その上をいくつかの名前が流れていく。
名前の横のカッコ内には性別と、おそらく年齢の数字が書かれていた。どちらもバラバラで、規則性はないようだった。
「以上、天野京子がお送りしました」
妙に印象の薄い顔立ちをした気象キャスターの女性が最後のあいさつをすると、なにごともなかったかのように通販番組に切り替わった。
それが深夜三時ごろの話だ。
お笑い番組が終わり、まぶたが重たくなるのを感じながらボーッとしていた俺は、はじめこそ「天気予報か」と思っていた。
だが、キャスターの言葉に耳慣れない単語が多いことに気づき、テレビ画面をよく見た結果、その異常性で目が覚めた。
「狂気予報……?」
きっとなにかのドラマの番宣かなにかだろう。最近、こういうタイプの宣伝をする番組があったことは知っている。
その割には番組のタイトルも放送時間も出ていなかったが……。
ネットで「狂気予報」を調べてみたが、該当するものはひとつも出てこなかった。
とっくに消えた煙を掴もうとするかのような気分でSNSを漁ると、同様のものを見たヒトが何人かいるようだった。
恐怖、冗談、疑念。
彼らの反応はさまざまだ。
少なくとも、俺が見たものは夢ではない。その事実を前に、奇妙な安心と、ひどく冷たい不安が胸中で混ざり合っていた。
そして、あれはなんだったんだろうという気にもなってきた。
二日後。
朝のテレビのニュースに、見覚えのある名前が映っていた。
「昨日の午後1時ごろ、東京都〇〇区の飲食店で殺人事件が発生しました。警視庁によりますと、犯人とみられる宮城〇二容疑者(28)が店内で突然暴れ出し、近くにいた会社員の中町〇子さん(31)を刃物で刺し、死亡させました。刃物は厨房にあったものを使用して……」
宮城〇二……記憶が確かならば、狂気予報に載っていた名前だ。
まさか、偶然だろう。いいや、記憶違いかもしれない。
目撃者がカオにモザイクをかけられて、インタビューに答えていた。
「食事をしていたら、いきなり男性が叫びながら暴れ始めたんです。もう何が起きたのかわからなくて、怖くて逃げました」
女性に続いて、店員も同じようなことを話している。
「はい。直前までふつうだったんですよ。まるで憑りつかれたみたいになって、近くにいた女性を持っていたフォークで……」
そして、インタビューは殺人犯の同僚に変わった。
「いえ、(ふたりは)知り合いとかではなかったと思います。ストレスはあったかもしれませんけど、いきなり殺人はしないかも。わかんないですけど」
彼らの話す内容も、記者による調査も、口をそろえて「急に暴れだした」と語っている。
はたして、そんなことがあるのだろうか。
SNSで狂気予報について検索すると、なにやら気になる
「今日逮捕されたのは、二日前に狂気予報とかいう番組で出てきたヒトです。たぶん、今日はここに載っている名前の誰かが発狂します」
アカウント名『バナ子』というヒトの投稿だ。
そしてなんと、同時に件の番組をアップロードしていた。ばっちりと最後まで映っており、画質も鮮明だ。
どうやら俺が見逃しただけで、昨日も放送していたらしい。
「東京都内では、明け方から午前中にかけて、一部の地域で発狂者が確認される可能性があります。特に、新宿・渋谷周辺では断続的な狂気の発生が見込まれますので、通勤・通学の際はご注意ください。
また、大阪市内でも午後から狂気の流れ込みが予想されており、特に御堂筋沿いでは発狂確率がやや高くなる見通しです。できるだけ冷静に対応し、身の安全を確保してください」
動画では、あの覚えにくいカオのキャスターが淡々と話していた。明日――いや、正確には今日か――発狂するというヒトの名前が流れていった。
コメント欄には「やっぱり狂気予報あったんですね!?」と内容に同意するものが書き込まれていた。
反対に「殺人事件で自己顕示欲満たそうとすんなボケ」という辛辣な返信もあった。
作り物と疑うのは当然だが、これは個人が一日で作れるクオリティではないだろう。なんといったって、見た目はほんとうにニュースや天気予報の番組そのままなのだから。
その後、そのポストは大して拡散されず、ひっそりとネットの海にまぎれて消えていった。
次の日。
また、殺人が起きた。
場所は東京の新宿区。予報で注意を呼びかけられた場所だ。
そして、犯人の名前も狂気予報に載っていた人物だった。
いままでニュースで殺人事件を見ても気にも留めなかったが、いまは鳥肌が止まらない。
「あれに名前が載ると、狂うのか……?」
いや、待てよ。
複数人の名前が載っていたのに、実際に殺人をしたのはひとりだけだ。
たった二度、偶然が重なっただけじゃないのか?
SNSでは、またあのアカウントが狂気予報の動画を載せていた。
「間違いないです。この番組で名前を出されたヒトは気が狂います #狂気予報」
バナ子は狂気予報で出てきた名前と、加害者の名前が一致していることを動画で証明していた。
昨晩の内容もいっしょに投稿しており、今度はじわじわと拡散されつつあった。
反応は信じるヒトと、不謹慎だからヤメロというヒトで分かれていた。
当然の反応だろう。後者のヒトたちは狂気予報を実際に見たことがない以上、事件を使って売名をしたい輩にしか見えないはずだ。
その中にある、ひとつのコメントに目が留まった。
「名前を出されると気が狂うんなら、ほかのヤツも事件起こしてニュースにならないとおかしいだろ」
たしかにそうだ。
狂気というのだから殺人に限定する必要はないが、別の問題が起きていてもおかしくない。なのにひとりだけ報道されているのはおかしい。
「おそらく、全員が発狂するわけではないと思います。発狂確率が何パーセントとか言っているので」
名前を呼ばれて、はじめて発狂する可能性が生まれるということだろうか。
と、眺めていると新しい返信コメントがちょうど投稿された。
「見てください、これ。きょう起きた暴行事件の犯人の名前、性別、年齢が今回の狂気予報に載っているものと同じですよ。予知でもなければ、無理でしょ。こんなことをぴったり当てるの」
投稿のリンクをクリックすると、ネットニュースの短い記事が出てきた。女性が急に近くにいた子供をカバンで殴り飛ばしたらしい。
その後、暴れる女性を数人がかりで止めて警察が連行。数時間後、正気に戻った女性は「どうしてあんなことをしたのかわからない」と話している。
信じるヒトが徐々に増えてきた。それでも、なにかの策略だドッキリだと決めつけて攻撃してくるヒトは絶えない。
だんだん腹が立ってきたので、俺はバナ子に加勢することにした。
「これって深夜三時の〇チャンネルですよね? 俺も観ました」
「おおっ、お仲間がいてうれしいです!」
「二日前にテレビを観ていたら急に流れてきて、びっくりしましたよ」
「私も二日前です。そして、ネットに狂気予報の名前が出たのも二日前なんですよ。光栄なことに私たちは初回放送から見てる組ですね」
それは喜んでいいのだろうか……。
ただ、あんな不可解なものを実際に見た同士がいるというのは、少しありがたい。
「偶然かもしれないですし、ストレスが限界のヒトたちを見極めて、未来予知かのように見せかけているだけかもしれません。現状、これを拡散して注意を促すぐらいしかできませんね」
「俺も協力します」
「ありがとうございます!」
バナ子はその後も、番組の切り抜きを投稿しては拡散に尽力していた。
それはほんとうに善意なのか。それともフォロワーを稼ぐ道具を手に入れて、機を見るに敏とばかりに推しているだけなのか。
夜になるころにはネット各所でまとめられて、ネットニュースにもなっていた。
同時に、テレビ局への猛烈な抗議がはじまっていた。
俗に言う、炎上という現象だ。
「そりゃそうなるよな……冗談なら不謹慎すぎるし、乗っ取られたのなら大問題だし」
天野京子なるキャスターの特定も進められていたが……。
結論から言って、現状、彼女の痕跡は一切見つからなかった。
カオ、名前が全世界に公開されておきながら、知っているという人間がひとりもあらわれない。不気味なことに。
日をまたいで、狂気予報を放送していたテレビ局から声明文が発表された。
「このたび、当局の放送枠内で突如として放送された番組「狂気予報」について、多くの視聴者の皆様よりご指摘やご意見をいただいております。本件に関しまして、当局としても現在、詳細な調査を進めている段階です。
まず、当該番組についてですが、当局の編成計画には一切存在しておらず、放送予定もありませんでした。放送が行われた経緯については、技術的な問題や外部からの介入の可能性も含めて、関係各所と連携しながら調査を進めております。
また、本件に関して多くの方から「悪質なデマを広めるな」「不謹慎だ」などの厳しいご意見を頂戴しております。当局といたしましても、視聴者の皆様に不安を与え、混乱を招いたことを重く受け止め、事態の解明と再発防止に努める所存です。
現在、放送データや送信ログの解析を進めておりますが、通常の番組送出システムを通じた放送であったのかどうかも含め、不明な点が多く、関係機関と連携しながら調査を継続しております。詳細が判明次第、改めてご報告申し上げます。
視聴者の皆様には、多大なるご迷惑とご心配をおかけしておりますことを、深くお詫び申し上げます。
〇〇テレビ 放送局長」
つまりは、なにも知らないし分からない、自分たちが関わっているわけではない、ということか。
外部からの乗っ取りしかルートはないから、総務省、警察、通信事業者などなど……といっしょに犯人の特定をしていくことになるだろう。
「うわあ……」
被害にあったテレビ局の株価がガクッと……いや、もう地の底に届きそうなほどに下落していた。
ここからスポンサー離れも加速していくだろう。
まるで地震と台風がともに来たかのような大騒ぎになっても、その日の狂気予報はまったく変わらず同じ時間に放送していた。
テレビ局は苦肉の策として、当該番組が放送される時間帯をカンゼンに休止することにしたようだった。
もし電波ジャックを受けているのならあまり意味はないが……できることといったらそれぐらいだろう。
次の日。
意外なことに、狂気予報は放送されなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます